陰謀、策謀、無鉄砲
「それにしても、またガシュナート、ねぇ。
とうとう、きなくさいどころの騒ぎじゃなくなってきたよ」
一通り情報を聞き出し、男達を縛りなおしたところで、ドミニクが腕組みをしながらぼやく。
レティも、こくり、小さく頷いた。
吐かせたところによれば、彼らはガシュナートの北部方面軍……と最後のあがきとばかりに微妙な嘘をついてきたがあっさりとレティに看破され、中央軍所属の諜報部隊であることを白状している。
目的は、ツェレン王女の誘拐だという。
「誘拐の目的自体は教えられてなかったみたいだけれど……。
ろくな目的じゃないことは確かだよね」
何しろ、ガシュナート国内の締めつけが異様に厳しくなったと先般聞いたばかり。
それと合わせてのこの話だ、どうにも、コルドールの混乱を狙っているようにしか思えない。
「そりゃぁ、一国の王女様を誘拐するような大それたことをしようってんだ、まあろくなもんじゃない。
しかもそいつが、北部方面軍の暴走じゃなく、れっきとした中央からのってんだ。
下手すりゃ王様直々のご命令って可能性すらある」
「そうなってくると、国同士のいざこざが絡んで来る可能性が高い。
正直なところ、巻き込まれるのは……御免蒙りたかったのだけれど」
困ったように眉を寄せながら歯切れ悪くしゃべるレティを、ドミニクは面白そうに見やる。
「ふうん? 御免蒙る、じゃないのかい?」
「……知り合わなければ、御免蒙るところだったのだけれど。
知り合って、挨拶までしてしまったら、ちょっと、ね……」
にやにや、意地悪な笑みを見せるドミニクに、拗ねたような表情を見せながら、ぼそぼそとつぶやくように。
そんな言葉を聞けば、ドミニクは一層嬉しそうに意地悪な笑みを深めて。
「はは、あんたにも可愛いところがあるじゃないか。
いいねぇ、あたしゃそういうの嫌いじゃないよ」
「うん、ドミニクはそうだろうね、きっと……」
呆れたようにそう言うと、レティはため息をついた。
それから思案げな顔になり、改めてドミニクに向き直る。
「でも実際のところ、どうするの? さすがに国同士の話とかになったら、できることなんてたかが知れているのだけれど」
「そう、あたしらじゃぁ、できることなんてたかが知れてるさ。
だったら、もっとちゃんとできることがある人にお願いすりゃぁいい」
対して、余裕たっぷりにドミニクは言い返し、しかし、さらにレティの困惑は深まる。
寄せ過ぎた眉で眉間に皺を刻みながら小首を傾げ。
「もっとちゃんとできる人、って……それは、ツェレン様を助けたから、そこから国王にっていうことは不可能じゃないだろうけれど。
いくらなんでも、そう簡単に信頼してもらえるとも思えないのだけれど」
「まぁねぇ、ツェレン様の御口添えがあっても、即信頼してもらえるかは五分五分か、もうちょい低いかくらいかだろうさ。
そこにもう一押しするネタがあれば、話は違ってくるだろう?」
問いかけのような確認のような答えに、しばし考える。
もし本当にそんなネタがあれば、と仮定して。
一分ほどだろうか、時間をかけて考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「もし、そんなネタがあれば、違ってくるとは思う。
ドミニクだったら、持っていてもおかしくはないとも思ってしまう。
……そして、そのネタは後のお楽しみとか言って隠されそうだとも思う」
「まいったね、こりゃ。
イグレット、あんたまだそんなにも経ってないってのに、随分とあたしのことわかってるじゃないか!」
「ああ、やっぱりそうなんだ……」
驚いたような、喜んでいるようなドミニクと、予想が当たってしまい沈鬱なレティと。
どうにも対照的な表情の二人が並んで立つ姿は、なぜか妙に馴染んでいて。
困りながら、戸惑いながら。それなのに不安はない自分に気づいたレティは、もう一つため息をついた。
すっかり馴染まされてきている、と。
もう一つ困ったとすれば、それが不快でもない自分がいることだ。
それもドミニクの人徳と言えば人徳なのだが、どうにも認めにくい。
「どの道、今さしあたりやらなきゃいけないことは、商隊とツェレン様を王都に送り届けることだ。
そいつは変わらないし、流石に王都まで後一日二日のこの距離で、あちらさんがもう一度仕掛けてくるってことは、そうそうないだろ?」
「まあ、それは、ね……。
幸い、彼らは連絡用に誰かを逃がすということはしていなかったし」
もしあの時、10人がかりでも無理だと指揮官が読み切っていれば、状況は変わっていたが。
実際はともかく、か弱く見えなくもない女二人が相手とあらば、見誤ってしまっても致し方ないかもしれない。
まあ、そのツケは自身の身体でいやというほど払わされてしまったのだが。
「それでも、定時連絡に繋ぎがこないんだから、そこからバレるだろうけどさ。
異常に気付いて即座に対応できるくらいの指揮権を持つ奴が仮にコルドールに入ってきてても、間違いなく一日以上はかかる。
そのころには王都の中か、少なくとも近辺にはいるからねぇ、手出しも早々できないだろうよ」
「つまり、ツェレン様への追撃と、商隊が巻き込まれることだけは避けられる、と」
「そういうこった。ついでに、対応を考える時間も稼げる、ってね」
もちろん、定時連絡の時間と場所は聞き出してはいたが。
偽の繋ぎを送るだとかの小細工をする余裕は色々な意味でないし、成功確率は極めて低い。
となれば、ひたすらにツェレンを安全な場所に送り届けるだけだ。
そのことは既に二人の間では了解が取れていた。
「後は、向こうが万が一を考えて二の手三の手を先に打ってないかの警戒、だね……」
「三十人からの集団を送りこむだけでも一苦労なんだ、それ以上の余裕があるとも思えないけどね、ガシュナートとコルドールの関係を考えたら。
だが、向こうのほんとの狙いによっちゃぁ、確かにそれもあり得るやね。やっかいなこったけど」
コルドールとガシュナートは隣接しており、雨の少ない気候の関係で、バランディアやジュラスティンに比べれば豊かと言えるほどの国力、農作物はお互いにない。
ゆえに国境付近のいざこざは絶えず、幾度も小規模な戦争が起こっては和平しての繰り返しだった。
近年は比較的落ち着いてはいたが、きな臭い噂には事欠かないでいる。
「となると、王都に着くまでは最大限の警戒が必要だね……」
「ってこった。すまないがイグレット、しばらく稽古は最低限になっちまうよ」
「……そう、それはとても、残念。
でも、確かに仕方ない」
今日の戦闘で、色々と手ごたえがあった。
その手ごたえを忘れないうちに、という思いもあったが。
状況が状況だ、個人の欲求を優先すべきときではない。
うん、と頷いてみせると、困ったような笑みをドミニクは浮かべた。
「ったく、そんな可愛いこと言うんじゃないよ。
どうやら今日ので何か見えたみたいだね?」
「うん、何か今までと違う自分が見えた気がする」
「だったら、そいつをよく頭の中で何度も繰り返し考えておきな。
自分が思うように動けた、思うより動けた記憶ってのを頭に覚えさせるのは大事なことだからね」
「そういうものなんだ……わかった」
こくり、素直に頷く。
ドミニクが教えてくれたことには、どうやら色々な意味があったらしい、と確かに今日、掴めた。
それが何なのか、もっとはっきりさせたいけれども、時間も余裕もないのだから、せめて。
そう思い、早速頭の中で思い出そうとしていたところに、声がかかった。
「あの、レティさん、ドミニクさん、もう大丈夫ですか?
お話、どうなりました? ツェレン様も気になってらっしゃるみたいで」
「ああ、大体の話は片付いたよ。後は大将に了解を得るだけだね。
イグレットがツェレン様を守っていくんだとさ」
「……レティさんどういうことなんですか?
ちょっとあっちでゆっくりお話ししませんか?」
悪戯心を出したドミニクの言葉に、途端にエリーは凍り付いて。
数秒後、ゆっくり、ゆっくりとレティの方を見やる。感情の消えた瞳で。
「待って、待って、違わないけど間違ってるから……。
……わかった、あっちでゆっくり話そう、それくらいの時間は多分あるから。
……いいよね?」
たじたじとしながらも、そう言い含めて、宥めて。
ついで、恨みがましい目をドミニクに向ける。
愉快気にその視線を受け止めたドミニクは、何度か頷いて見せた。
「ああ、奥様のご機嫌を取っておいで」
「……誰のせいだと……まあ、いいけど……」
もう一度恨みがましく睨むと、エリーの手を引いて近くの木陰へと引っ張っていく。
突然手を握られたエリーは、え、え、と素直に引っ張っていかれ。
人目に付かない木陰で二人、何やらすること30分程だろうか。
それはもうニコニコと満面の笑みで、少し頬を赤らめたエリーと、同じく頬を赤くしながら、何かいけないことをしたような顔のレティが帰ってきた。
それに対して何か言うような無粋な真似を、ドミニクはもちろんしなかった。
……ただ、ニヤニヤと眺めているだけで。
何故にと問われて、笑って返す。
少女の不安も戸惑いも、飲み干しきるのが大人の度量。
膨らんだ腹をぽんと叩けば、意地と矜持の音がする。
次回:大人の貫禄
括った腹が立てる音は、良く響く。
※派生作品始めました!
「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
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1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。
公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!




