ヒリつくような尋問
ツェレンとエリーが盛り上がっている間も、護衛達の手で襲撃者達は荷馬車の中に詰め込まれていた。
指揮官と思しき男と、後数人を残して。
「さて、話を聞かせてもらいたいところなんだが……こりゃまた、簡単には口を割らなさそうだねぇ」
そして残された男達の前に立ち、その表情を見たドミニクが、苦笑を漏らした。
打ちのめされ、拘束され、自尊心など地に落ちているであろうに、全くそれを感じさせない面構えと眼光。
やはり見立ての通り、それなりの訓練を受けた正規兵、中でも対尋問訓練まで受けた者なのだろう。
となれば、どういう立場なのかは想像もつくが、簡単に確証をくれるとも思えない。
「イグレット、どうするね?」
「ん……基本通り、かな」
そう言うと、何の躊躇いもなく小剣を走らせた。
途端、指揮官の肩から腕から、血が飛沫を上げる。
いつもの、太い動脈を傷つけることなく皮一枚を斬るやり方。
だが。
「……ふんっ、何かしたか? かゆいくらいだぞ」
男は眉一つ動かさず、顔色一つ変えず太々しく笑っていた。
その表情を見て、やはりか、とドミニクは納得する。
レティは、ふむ、と一つ頷いていた。横目で、部下たちの様子を見ていて。
「そう。じゃあ、これは?」
唐突に。指揮官ではなく、部下の一人に斬りつけた。
「ぐっ!?」
意表をついたこともあるのだろうが、痛みに声が漏れた。
指揮官に比べれば、若干ではあるが訓練が甘かったようだ。
それを見た指揮官は、しかし全く顔色を変えずに平坦な口調で告げる。
「……だから、なんだ?」
そう言いながらも、僅かに視線が行き来し、目で会話をしていた。
彼の発言が本意ではないことは、部下達も十分理解している。
そして、もう一人、理解している者がいた。
「うん、それは嘘。動揺してるね。
やっぱり部下は可愛いのかな」
淡々と、レティが告げる。
その言葉に、ぎくり、一瞬だけ男は反応を示した。
もちろんそれを見逃すレティではなく。すぅ、と目を細める。
「どうやらそうみたいだね。……あなた達も、可愛がられていた自覚はあるみたいだし」
ゆっくり、視線を動かしていく。指揮官を心配そうに見つめる部下達の方へ。
その視線に、身を竦める者が数人。
狙い目はここか、とその傍に歩み寄る。
「あなたも、そうなんでしょう?」
「はっ、馬鹿を言え、そんなことがあるか!」
「うん、それも嘘。
もうちょっと、上手く隠す訓練をしていればよかったね」
冷たく、淡々と。言いながら、手首を翻した。
途端に飛び散る紅。
刻まれた傷に、しかし今度は口をつぐみ、耐える。
「……やっぱり、そういうタイプか……ドミニク、それ取って」
「へ? これかい? って、まさか」
「うん、そのまさか」
言われるがままにそれを渡すドミニクの顔には、えげつない、と書いてあった。
それを無視して、受け取り。
男の傷口に、おもむろに擦り込んだ。
塩を。
「ぐぅぅぅっ!?」
さすがに耐えがたかったのか、苦悶の声を漏らす。
見ていた指揮官が、呆れたような声を出した。
「おいおい、そいつは何も知らないってのに、随分無駄なことをするなぁ」
声の震えもない、完璧な呆れ声。
この状況で良くもまあここまでの演技ができるものだと、感心すらしてしまう。
「それも嘘だね。彼も何か知ってはいるみたい。
随分と部下思いなんだね、自分に矛先を向けさせようだなんて」
「……なんのことだ? 俺はただ呆れてるだけだ」
にやり、笑って見せる指揮官に、部下達が向ける視線は信頼の籠ったもの。
これだけでも、彼らの信頼関係の厚さがわかろうというものだ。
「そう、じゃあ、あなたに聞こうかな」
そう言うと、指揮官の傷口に塩を擦り込んだ。
だが、一瞬眉が歪むも、すぐに平気な顔を取り繕う。
「なんだい、傷口を消毒でもしてくれるってのか、ありがたいこったねぇ」
「……うん、大したものだね。じゃあ、そろそろ本番といこうかな」
あっさりと手を緩められ、怪訝な顔をする指揮官。
だが、ほんの数瞬後に、自身の身に降りかかる悲劇に身悶えすることになる。
そう。
おもむろにレティが取り出した、羽箒によって。
「ぎゃははははは!! ひぃっ、ひぃっ!! やめっ、やめろっ!
わはっ、あははははっ!!」
男の悲鳴にも似た笑い声が響く。
絶妙な力加減で全身を羽箒でくすぐられ、そのくすぐったさに身悶えし、抵抗することもできず。
のたうち回り、だらしない顔をさらしてしまうのを堪えきれない。
それはもう、30分以上は続けられていて。
そんな指揮官を見せられて、部下達は悲痛な顔にならざるを得ない。
こんな姿、見たくなかった。
はっきりと全員の顔に書かれている。
そんな中レティは淡々と冷静に男の反応を見極め、くすぐり倒して。
不意に、手を止めた。
途端に指揮官は崩れ落ち、はひ、はひ、と絶え絶えになっている息を抑えることもできない。
その様子を観察していたレティが、ゆっくりと部下達を振り返る。
「……多分、後少しくすぐったら、失禁したり色々とえらいことになると思うのだけれど。
あなた達がしゃべるなら、やめてあげるよ?」
そう。
揺さぶっていたのは、指揮官ではなく部下達を、だった。
わざと互いの信頼関係を高めるような状況に追い込み、指揮官への尊敬を煽ったところで、彼の尊厳を踏みにじる直前まで落とす。
見たくない。しかし自分たちではコントロールできない。
そこに、救いの手が差し伸べられたのだ。それは悪魔の手ではあるのだが。
「わ、わかった、しゃべる、しゃべるから、もうやめてくれ!」
「ちなみに、私に嘘は通じないからね?」
嘘が通じないことは、今までのやりとりで既にわかっている。
最早男たちには、素直にしゃべることしかできなかった。
一通り洗いざらいしゃべらせた後。
感心した様子でそれまでの様子を見ていたドミニクが、不思議そうにレティに声をかけた。
「なあ、イグレット。あんた尋問があまり得意じゃないって言ってたが、これで、かい?」
「え、あ、うん。だって、私のこれは尋問ではなく、拷問だもの。
知り合いに、こんな手段を使わず言葉だけで洗いざらい吐かせる名手がいるのだけれど、それには遠く及ばないから」
そう言いながら、少し悔しそうな表情を浮かべる。
あの、普段は快活で人懐っこいのに、いざとなれば様々な表情を使い分け相手の言葉を引き出す彼女には遠く及ばない。
心の中でこっそり、姉貴分と思っている彼女には。
「……比べる相手が悪すぎないかい、それは」
実際にその彼女に会ったことはないけれど。
さすがのドミニクも、そう苦笑するしかなかった。
張り巡らされた策謀、その一旦を垣間見れば、迷い、悩むが常。
だが、知ったことかと踏み潰す。
こちとら鋼の淑女、散らせるものなら散らしてみよと。
次回:陰謀、策謀、無鉄砲
淑女である。取り扱いにはご用心。
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