コルドールの草原藤
※「草原藤」は実在の植物ではありません。(多分)
「くさふじ」「フロミス チューベローサ」といった花をイメージした創作上の植物です。
とても愛らしい花ですので、ご興味ございましたら、一度検索されてみるのもよいかと思います。
「お~い、こっちも無事かい?
荷車引っ張って、力自慢何人かついておいで。連中をとっ掴まえたから、運んでくよ」
先程苛烈な剣技を見せたとは思えない程呑気な様子で、ドミニクが戻ってきた。
どうやらレティはその場に残って、逃げ出さないように見張っているらしい。
「あ、はい、大丈夫です。
ええと、レティさんは一人で向こうに?」
「ああ、動ける奴は一人もいないと思うが、念のためにね」
「あの、じゃあ、私も念のために、先にあっちに行っていいですか?」
どこか必死さも感じられる様子に、ドミニクは、おや、と軽く眉を上げて。
それから、にんまりと意地の悪い笑みを浮かべ。
「ん? ああ、そうだね、構やしないよ、行っといで」
「ありがとうございます!」
聞くや否や食い気味に返答して、エリーは駆け出していった。
その後姿を見ながら、ドミニクは愉快そうに笑う。
「やれやれ、奥様は心配性だねぇ。
旦那様をどうこうできる奴なんざ、そうはいないだろうに」
「はは、ちげぇねぇ」
ドミニクの元に集まってきた力自慢の男たちが、頷きながら無遠慮に笑う。
この数日の間で、すっかり二人の関係を受け入れてしまっているらしい。
と、そこに不思議そうな声がかかった。
「あの、旦那様、ですか?
でも、先程あちらに行かれた方は女性だったように見えたのですが……」
おや、とそちらへ振り返る。
そこに居たのは、コルドール風の動きやすさを重視した衣服に身を包んだ女性。
年のころは十代後半、レティと同じか少し下くらいだろうか。
長く艶やかな黒髪はさらさらと流れて、その理知的で意志の強さを宿す顔を縁どり。
やや日に焼けた肌は、少し吊り上がった瞳とともに活動的な印象も与えた。
「まあ、あの仲良し二人の仮称みたいなもんだがね。
あっちの駆けてった方が世話焼きで焼餅焼きな女房。
向こうであたしと暴れてた愛想の悪いお転婆娘が旦那様って寸法さ。
ま、実際にどこまで進んでるのかは知らないがね」
「そうでしたか……やはりあちらの方々は、色々と進んでらっしゃるのですね……」
「や、進んでるかどうかはわからないけどね?」
そう軽く応じながら、少女を観察する。
確かに、着ているものは上等だ。
動きやすさを重視していながら生地は上等だし、縫製も腕の良い職人によるしっかりしたもの。
何よりも、その襟や袖口に刺繍された紋様は。
「あ、あの、やはりツェレン様ではございませんか!?」
馬車の中に避難していた商人が、悲鳴にも似た声でそう呼びかけてきた。
その声に、たおやかな微笑みを向けながら、少女は答えた。
「あ、はい、ツェレン・バトバヤル・コルドールでございます。
お見知りおきいただき、ありがとうございます」
「め、滅相もない! 私こそ、お目にかかれて光栄にございます!」
少女の答えに、商人が慌てて膝をつく。
何事かとうろたえる護衛達に、若干苦笑気味にドミニクが声を掛けた。
「つまり、コルドールのお姫様ってことさね。
てぇことで、者ども頭が高い、控えおろう!」
なんてね、と小さく付け足しながら、ドミニクも膝を付く。
慌てて護衛達も膝をつき、頭を垂れた。
「あ、いえ、皆さま、顔を上げてください、どうかお立ちください。
皆さまは私の命の恩人なのです、どうぞ楽に。
バランディアの方には馴染まないかも知れませんが、それがコルドールの流儀なのです」
その声に、当惑したように顔を見合わせる護衛達の中、商人とドミニクが姿勢を正しながらも立ち上がる。
「ではツェレン様、お言葉に甘えまして。
この度は御身の危機をお救いできまして、光栄にございます」
そう言いながら、商人が恭しく頭をさげた。……コルドール流の仕草で。
このあたり、やはりあの会頭の子飼いなのだと感心する。
「いえいえそんな、私の方こそ、本当にありがとうございます。
おかげ様で、九死に一生を得ました」
にこりと微笑み返しながらの答えに、商人が、護衛達が、覿面に赤くなった。
これがカリスマってやつかねぇ、などと冷静に評価することができているのはドミニクくらいのものだった。
なるほど、「コルドールの草原藤」と言われるだけのことはある。
清楚でたおやかでありながら、地に根を下ろした力強さを感じさせる少女だ。
「そのお言葉、もしよろしければ、あちらに行ってる二人にもかけてやってください。
最大の功労者の二人なので」
などと軽くドミニクは言う。
貴人、それも王族に言葉を要求するなど、バランディアやジュラスティンではとんでもないこと。
大丈夫なのか!? と護衛達は顔色を変えるが、当のツェレンは気にした風もなく。
「はい、恩人にお礼を言うのは当然のことですから、是非に。
それから……功労者、というのならば、貴女様もですよね?
本当に、心から感謝いたします。……素晴らしい、芸術のような剣捌きでございました……」
うっとりとした、夢見るような声に、おや? と内心で首を傾げる。
自分を見つめてくる、この瞳の輝きには見覚えがある。
「いやはや、恐れ多いことでございます。
それから、ツェレン殿下、先程は知らぬこととは言え、無遠慮な発言、失礼いたしました。
何卒お許しいただければと思います」
さすがに王族相手ともなれば、いかなドミニクと言えど、言葉遣いには気を付ける。
内心の、まさか、という思いを完全に隠しきる辺りは、年の功というべきか。
しかし、そんなドミニクの労苦は水泡に帰することになる。
「そんな、他人行儀なことおっしゃらないでください。
どうか、殿下などつけずに、ツェレンと呼んでくださいませ。
あの、よろしければ、お名前を伺っても?」
そう聞いてくるツェレンの声に、こりゃまいったね、と内心でつぶやいたりしつつ。
だが、この問いに答えないわけにもいかず、口を開く。
「ドミニクと申します。平民ゆえ、名字の類はございません」
「まあ、ドミニク様……素敵なお名前ですね」
素敵、などと言われたのは生まれて初めてのこと。
これもまた、コルドールという異文化圏だから、だろうか?
「そいつはどうも、ツェレン様?」
なんともこれは、面白そうなことになった。
そう思えば、ドミニクの唇は楽し気に歪んだ。
「……ねえ、エリー」
「はい」
「後から、他の人も来るはずだよね?」
「ええ、ドミニクさんはそう言ってたんですけど……どうしたんでしょう」
一方そのころ、レティとエリーが、地面に転がる男たちと共に待ちぼうけを食らっていた。
慎ましやかに、それでも凛と、咲き誇る。
そんな草原藤が語らう言葉はどうにも華やかで軽やかで。
取り残されたものは戸惑い、乗ったものは楽し気に。
次回:花咲くような語らい
藤の花言葉の一つは、「恋に酔う」
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