それは流れる水のように
「さて、まあエリーに教える教えないはイグレットの稽古が終わってからだ。
そんじゃ具体的に始めるよ」
「わ、わかった。ほら、エリー、後でね」
自分で焚き付けておきながら、知らん顔で仕切り直すドミニクを、じろりと恨めし気に睨む。
もっとも、そんなことで動じるドミニクではないし、それもわかっているから、睨むのは数秒だけにして。
食いつき気味だったエリーも引いたので、改めて姿勢を正し、立ち直した。
「さて、と。改めて歩法なんだがね。さっき言った立ち方をして、その次の話。
イメージとしては水面を滑るように地面を歩く、だ。
ああ、これは後で具体的な技術を教えるからね。まずはそういうイメージってことさ」
え、と小首を傾げたレティを見て、笑いながらドミニクは軽く手を振った。
なるほど、例え話だったか、と納得したようにうなずくと、改めて聞く姿勢に戻る。
「で、滑るイメージは、相手に付かず離れず、止まらず淀まず流れるように、だ。
あんたもあたしも、足を止めて打ち合いなんざしようものなら、簡単に飛ばされちまう。
もちろん剣で受け流すことはできるだろうけど、足を止めた時点で限界ができるからね。
相手に対して優位な位置取りを心がける。
背後だけじゃなく、相手の側面だって十分優位なのは言うまでもないし、意外とね、それ以外での打ち込んできにくい場所ってのはあるもんさ。
そこを探るって意味もあるね」
止まらず淀まず流れるようにしゃべるドミニクを、感心したように眺める。
よくこんなにしゃべれるものだ、というのもあるが。
考えがあっての技術だと、感心もする。
「なるほど、言いたいところ、やりたいことはわかった、気がする。
相手の嫌な位置取りを考える、その余裕を持つには、そもそも考えずに歩けないとだめだ、ということでいいのかな」
「うん、そうなんだけどね?
理解が早すぎると、あたしもこう……いや、いいんだけど、さ」
質問、と言うよりは確認するような声に、ドミニクの方が呆れたような声を出す。
最初の印象では、自分で考えるのはあまり得意ではないような印象があったのだが。
まあ、それも嬉しい誤算、というものだろう。
「で、具体的なやり方なんだけどね。
普通、方向転換をする時は一度止まって、それから向かう方向へ向かって地面を蹴る。
けどそれじゃ、どうしても一瞬動きが止まるからね。
じゃあどうするかってぇとだね、こうするんだ」
そう言うと、ドミニクが前へと踏み込んだ。
あっさりと、淡泊に。
予備動作も何もなく、瞬きをするよりも力みなく自然に。
横で見ていたエリーが、動き出したことに一瞬気が付かなかった。
さすがにレティはそれに近い動き出しができるだけに、反応できた、が。
次の瞬間。
止まることなく。それこそ流れるように、ドミニクが左へと動く。
間近で見ているレティには、一瞬消えるようにも見えた。
ぎりぎり、なんとか目で追えてはいたが。
そちらに目を向けるともう、左にさらに流れ始めていた。
一瞬だけ見えた、にやりとしたドミニクの余裕の笑みがなんとも憎たらしい。
それを、さらに追いかけようとすると、今度は右へと。
慌てて視線を戻すと、嘲笑うかのようにまた左。
なんとかもうしばらくは食いつけたが、完全に振り切られて。背後を取られた時点で、まいった、と両手を挙げた。
「降参。これは、今の私にはできないし、おいつけない」
「……あの、え、え??
何が起こったんですか、今の。
なんだか、私の頭が、理解することを拒んでるんですけど」
若干悔しそうなレティと、完全に理解できずに混乱しているエリーを見て、ドミニクは得意そうに笑う。
「ま、これくらいをできるようになって欲しいってことさね。
で、どうやって、だけど、イグレット、何かつかめたかい?」
突然話を振られて、レティは面食らったように動きを止め、それから考え始めた。
先程の動き、今までのドミニクの言葉。
それらをつなぎ合わせていけば、一つの推論に辿り着いた。
「地面を蹴らない方向転換。
足に重心を置かず、浮かせるようなイメージ。
体軸をぶれさせずに回転させて、それで方向転換してた。
……だけど、どうやって、かはわからない」
「え、あの一瞬でそんなことわかったんですか!?」
淡々と述べるレティに、エリーが驚いて声を上げた。
だがそれを聞いたドミニクは、実に愉快そうに笑って。
「あんだけヒントを出したとはいえ、大したもんだ。
で、じゃあどうやったか、だがね。種を明かせば簡単なものさ」
そう言いながら、今度はレティから離れて、足元から何から見えるような距離に立った。
先程と同じように、流れるような踏み込み、からの急激な方向転換。
それを見ていたレティが、ぽん、と手を打った。
「なるほど、踏み込む足を捻ってた。
今右に避けたけど、踏み込んだ足を左に90度捻りながら踏み込んでた」
そうして身体を反時計周りに90度回転させつつ左足を引きつければ、身体をレティに向けたまま右に避けることができる。
その仕組み自体は、簡単なことだった。仕組みは。
「正解。たったこれだけのことなんだけどね」
「いやいや、普通あのスピードでそんなことしたら、足捻挫しますからね?」
けらけらと簡単そうに笑いながらいうドミニクに、エリーがジト目でツッコミを入れる。
解説を受けたレティは、しばし沈黙して考え込んでいたが、ややあって口を開いた。
「捻挫、もそうなのだけど……踏み込む時に、もう曲がる方向を決めてるってことだよね?
ということは……先読みというか、そういうのが必要なんじゃないの?」
「おやおや、そこまでわかられると、解説のし甲斐がないじゃないか。
そういうこと。で、まさにそれがあんたに不足してる部分でもある。
だから最終的には、先読みだとか、こう崩すっていう組み立てだったりの話になるんだけどね。
それもこれも、意識せずに、動こうと思ったら動いているくらいのとこまでいってからの話だ。
ってことで、これが自在にできるようになるまでが第一段階」
「こ、これで第一段階、って……え、どこまでいくんですか、一体」
すでに、それができるだけでも剣術素人のエリーからすれば神業に見えるのだが。
それがただの前段階に過ぎないと知って何か恐ろしいものでも見るような目でドミニクを見る。
「そうさねえ、まあ、大体の奴の裏を取れるまで、かね。
なんせ使えるようになったら、こんなこともできるからさ」
そういうと、またレティへと向かって踏み込んだと思えば。
するり。
一瞬にして横をすり抜けて、後ろを取っていた。
「……はい?」
「なるほど、180度捻って踏み込む……そういうのもあり、か。
だけど、十分な練習と柔軟性が必要、だよね」
「そういうこった。てことで、しばらくはみっちりと歩き方の練習だ、いいね?」
「うん、望むところ」
油断していたわけでもないのにあっさりと、確かに自分の背後を取ったドミニクに。
やれるか? と挑発するような彼女に向かって。
こくり、挑みかかるような目でレティは頷いた。
剣を合わせる。相手の動きに合わせて動かし、逸らし、突き。
返し返されるそれは、どこか会話にも似て。
それは、淀みなく流れるように続いていく。
次回:剣の声を聴くように
傍目には奇異に見えるほどに。
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