遭遇戦
それからしばらく、ドミニクの眉唾な昔話だとか四方山話だとか、剣術の技術的な話だとか。
実りがあるんだかないんだかな話をしているうちに、休憩時間が終わった。
まだまだ話し足りなさそうなドミニクを押しやって隊列に戻り、また進み始める。
隊列の配置そのものは先程までと同じ、縦列を組む荷馬車の左にエリー、右にレティ。
周囲を警戒しながら、街道を進んでいく。
後数時間もすれば、今日の目的地である宿場町へとたどり着く、はずだった。
「ドミニクさん、左から集団がこちらに向かってきます!
騎馬5、徒歩10以上、20は多分いません!
騎馬は徒歩を待たずに先行して向かってきています!」
不意に馬を寄せてきたエリーが、隊列中央のドミニクへと報告する。
その声を聞いて、真剣な顔になりながら、頷いた。
「あいよ、わかった!
……ってか、随分とわかりやすい報告だこと」
受けたドミニクは返事を返しながら、感心したように呟く。
軍属として従軍したことがあるとは聞いていたが、一度や二度ではないらしい。
随分と慣れている印象を受ける。
まあ、だからといって、過去を掘り返すつもりは毛頭ないのだが。
「騎馬が食いついてこっちの動きを止めて、それから本体の徒歩連中が来るつもりだ!
多分もうちょいしたら散開してくる、弓持ち、用意!
各個の判断で打ちな!
エリーは射程に入ったらぶちかませ、騎馬に向かってと、徒歩連中が近づいたらもう一発!
イグレット、あの規模でそれはないと思うが、陽動の可能性はゼロじゃない、反対方向に探知魔術、警戒継続!」
「はい、わかりました!」
「おうさ!」
「了解した」
ドミニクの矢継ぎ早の指示に、それぞれに返事をして、準備をする。
弓を持つ戦士が慌ただしく弓を準備し、矢をつがえて。
エリーは馬から降りると杖を構え、魔力を集めていく。念のため、呪文を唱える振りはしながら。
一瞬エリーの方を心配そうに見たレティは、後ろ髪を引かれながらも反対方向への警戒にあたって。
そして、騎馬が散開しようとした瞬間に、エリーの射程に入った。
「いきます! マナ・ブラスター!」
衝撃に備えてもらうために宣言してから、マナ・ブラスターを解き放った。
途端、そちらを見ていた人間の視界が、真っ白に染まる。
もう一つ太陽が出現したかのような、暴力的な光。
耳を震わせる衝撃音、続いて襲ってくる衝撃波。
ゴウッ!と唸りをあげる風に耐えること数秒。
風も収まり、目も視力を取り戻すと。
陥没した地面と、文字通り吹き飛んだ野盗達。
その後ろから来ていた集団は、全員が腰を抜かして立てなくなっていた。
……いや、それは商隊の護衛達もなのだが。
「……いや、確かにぶちかませとは言ったけど、さぁ」
「前よりまた威力があがってるかも知れない。
ドミニク、どうする? あそこの連中、拘束しようか?」
まともに動けるのはドミニクと、慣れているレティと張本人のエリーのみ。
かけられた声に、ドミニクは呆れたような顔を向けながら肩を竦める。
「ああ、適当に拘束しよう。
逃げる奴は無理に追いかける必要はないからね。
……動けるのはあんたとあたし、それにエリーか。んじゃ、三人で行こうか」
「了解、適当に革ひもを持っていく」
そうして、エリーと合流して腰を抜かせた野盗の元へと向かっていく。
逃げ出せるほど回復できた野盗は、一人もいなかった。
「しっかし、エリー。
こう言っちゃ悪いんだが、思ったよりも威力がなかったね」
野盗どもを縛り上げ、荷馬車に積み込む作業をしている時に、不意にドミニクが口を開いた。
その言葉に、周囲が固まる。
「……え?」
「はい? えっと、そう、ですか?
それは、初めて言われた気がします……」
「いやいや、ドミニクさんよ、それはねぇよ。あれ見てなんでそんなこと言えるんだ?」
しばらくの硬直の後、口々に反論が紡がれ、ドミニクはそれに苦笑を返す。
「ああ、確かに単純な威力なら大したもんさ。
むしろ、初めて見る程ではあったんだけど、ね。
練ってた魔力のとんでもない量からしたら、なぁんか違和感があったもんだから。
いやまあ、魔術なんざ使えないあたしが言うのもなんだってのはわかってんだけどさ」
その言葉に、魔力を感知することのできない護衛達はあからさまに「何言ってんだ?」という顔になり。
エリーは、初めて言われた言葉に困惑しきりで。
イグレットは、その言葉に考え込む。
「すまないね、なんでか気になったもんだからさ。
とはいえ、実際にあの威力だし、エリーも疲れた様子はないし。
護衛には十分すぎる威力があるってのも確かなことさね」
奇妙な沈黙が訪れた場を和ませようと、冗談めかした口調でドミニクがしゃべる。
まあ確かに、と周囲は頷き、納得できないながらも、また配置へと戻っていく。
エリーもまた、馬に乗ろうとして。
「エリー、ちょいと待っとくれ。
さっきのマナ・ブラスターだけどね、一直線に撃つしかできないのかい?」
「はい? ええと……それ以外の使い方は、したことないですね」
「ああ、まあ、普通はそう教えるだろうしねぇ。
物は試しなんだけどね、撃ちながらこう、横に払うようにはできないかい?」
実際に横に払う身振りを見せながら、ドミニクが問う。
言われて、発射シークエンスと発射から撃ち終わりまでの時間を考えて。
「確かに、言われてみればできなくもない気がしますね……。
実際にできたら、有用そうではありますし。
ちょっと試す時間をもらってもいいですか?」
「ああ、ほんのちょっとのことだし、構やしないだろ?」
言葉の後半、商隊のリーダーへと声を掛け、苦笑しがら彼も頷く。
「では、試しに、かなり威力を絞ったうえでやってみます」
そう言いながら馬から離れ、杖を構える。
そしてまた、詠唱の振りをして。魔力を、右手に集めて。
「マナ・ブラスター」
威力を絞ったそれは、先程のような轟音と閃光はなかったが。
それでも、地面を横薙ぎに薙ぎ払えば、生えていた草を消滅させ、焼け焦げた地面を広範囲に作り出した。
その光景に、またも護衛達は戦慄を覚える。
「うん、やっぱりこうも使えた方がいいやね。
エリー、次もし野盗が来たら、全力でやらずに、そこそこの威力でこんな風に薙ぎ払いな
でないと、野郎どもが使い物にならないからね」
「え、あ、は、はい。
わかりまし、た……?」
自分でも思っていなかった効果に、やや呆気に取られながら。
ドミニクに言われるままに、頷くしかなかった。
国の際と書いて国際、とはよく言ったもの。
国と国とが接するその端境は、摩擦と軋轢の見本市。
時に逃げ惑い、時に潰され、時に生き延びる。
次回:他国の事情
この命はさて、おいくらで?
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「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
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