人生は上々か
「今のでわかったってぇか、確信したんだけどね。
イグレット、あんたにゃまず、デザイン能力が足りないね」
手合わせが終わり、木剣を納めながら、唐突にドミニクがそう言った。
言われたレティは、あまりに意外な言葉に、思わず目をぱちぱちと瞬かせる。
「え、デザイン……?
なぜ、そんなものが問題なの……」
「ええと、設計能力、ということですか?
それが剣術とどう関係が……?」
レティと、そのレティに手ぬぐいを渡しているエリーが、同じように首を傾げた。
いや、それだけでなく周囲のギャラリーも言われた意味がわからず困惑している。
その中で、ドミニクだけが愉快そうに笑っていた。
「そうだね、手順の組み立てって言えばわかりやすいかね?
イグレット、あんたは確かに素早いし、大概の相手は一発で沈められる鋭さもある。
だがね、それだけに単調なんだよ。あるいは、後を考えてないっていうかね。
初太刀を受けられるかもしれないって前提がないだろ?」
「う……それは、否定できない……」
確かにそれはその通りで、ぐうの音も出ない。
今までは、一撃で決めることしか考えておらず、実際、大体の場合はそれで上手くいっていた。
例外は、今まで2件しかない。
その2件こそが、一歩間違えれば致命的だったことも、良くわかってはいるのだが。
「ま、今まではそれでやってこれたんだろうが、ね。
あたしみたいな奴に出会ったら、そいつは致命的ってわけだ」
「それは、良くわかった。
でも、じゃあどうすればいいの?」
「それこそが、あたしの出番ってわけだ。
どうやったらそれを克服できるか、じっくり教えてあげるよ。
ただし。
あんたらにはタダで聞かせてやんないよ、聞きたきゃ授業料払いな、一回大金貨1枚だ!」
レティの問いかけに、不敵に笑って答えると。
今度は周囲の、特に興味津々で聞いている護衛の戦士たちににやにや笑いながら手を突き出して回る。
さすがに高い授業料と思ったのか、戦士達は愛想笑いを浮かべながら、すごすごと引き下がった。
その様子を見ていたレティが、小首を傾げながら、問いかける。
「ねえ、私は授業料を払わなくていいの?」
「ああ、そりゃ、あんたにゃあたしが師匠の押し売りしてんだからさ。
押し売りの代金と授業料で相殺ってわけさね」
「なる、ほど……? 納得したような、できないような……」
快活に笑うドミニクに、微妙な顔で応じる。
確かに裏はなさそうだし、嘘を言っている気配もない。
嘘感知でも使っていればさらにはっきりしただろうけれども。
ともあれ、それだけに一層不可解さが募る。
「でも、あなたに、そこまでするメリットがあるように思えないのだけど……」
「そうですね、私も理解できないというか……」
「はは、あんたらみたいな若い子にはそうかもねぇ。
この年になると、色々考えちまうもんでね。
どれ、込み入った話になるから、ちょいと外そうかい」
そう笑うと、二人を近くの木陰に誘った。
木に寄り掛かるように腰を下ろせば、二人はその向かいに座って。
腰を落ち着かせると、ドミニクが口を開いた。
「さて、あたしにどんなメリットがあるかって話だがね。
前にも言ったが、あたしの剣を誰かに継がせたいのさ。
ま、全部は無理にしても、ね」
「それは前にも聞いたし、わからなくもないけれど……」
そう、わからなくも、ないのだ。
だが、わかる、と共感する程でもない。
それはレティとエリー、二人とも顔に出ていたらしく、ドミニクは苦笑して答える。
「ここからがちょいと込み入った話って奴さね。
まず、見てわかるかもしれないが、あたしは結婚しちゃいない。
こんな商売してんだ、そいつは仕方ないってもんだ。
で、当然子供もいないわけさ。
そのことについて、後悔も未練もないんだがね。
こいつのことだけが気にかかる」
そう言いながら、ぽん、鞘に納まった状態の長剣を軽く叩いた。
長年使いこまれたのであろう長剣は、古びてはいるものの綺麗に手入れされており、大事にされていることが見て取れる。
何より、剣を見つめるドミニクの表情がなんとも柔らかくて、妙に印象に残った。
「これでもまあ、それなりに剣の腕を磨いてきた自負はある。
その剣で、それなりに仕事もしてきた。
少なくとも、剣一本で世の中渡ってきたにしちゃぁ、まっとうに生きてた方さ。
まっさらとも言わないがね」
「そういえば、昨夜は馴染みの宿に泊まるって言ってましたけど、それもお仕事絡みの?」
「よく覚えてるねぇ。そうさ、ちょいと助けたことがあってね。
いまだに恩に感じてくれてんだ、義理堅いもんだよねぇ」
エリーの言葉に、軽く笑って頷く。
口調は軽いのだが。
浮かんだ表情には、何とも言えない穏やかさと温かみがあって。
何があったんだろうか、聞きたくもあり、野暮な気もして、結局追求できない。
「てなわけで、あたしが生きてきた証ってやつは、あたしが歩いてきたあちこちに落ちてる。
そいつは、あたしでもわからないくらいに、薄くなっちまってるのもあるけどさ。
でも、確かにあるんだよ」
「生きてきた証……」
そう語るドミニクの言葉を、完全に理解できたわけではない。
だが、ふとアザールの街で見たものを思い出した。
男泣きに泣くトーマスの姿。彼の奥さんと赤ん坊。
その姿が、妙に思い出される。
「ところが、だ。あたしがいなくなれば、確実にかつ完全に消えちまうもんがある。
それが、あたしのこの大事に育ててきた剣の腕ってわけさ。
ちょいと道場剣術かじった後は一人勝手に育てた無手勝流だがね、そう思っちまうとなんとも惜しい。
で、後はお聞きの通り、継がせたい奴を探すついでに物見遊山ってわけさ」
「……最後、多分わざと軽く言ったよね?
あなたに剣を教わることが、かなり重くなったのだけど……」
困ったように眉を寄せるレティへと、からり、快活に笑って見せる。
それは、底抜けに明るい笑顔だった。
「はは、あんたに見抜かれるようじゃ、あたしもまだまだだねえ。
だがね、やっぱりあたしの眼は確かだったよ。
あんたにゃ、継がせる価値がある。間違いない」
笑いながら向けられる真っ直ぐな視線と言葉に、思わずどきりとしてしまう。
レティは困ったような表情のまま、小首を傾げた。
「私に、そんな価値があるかはわからないけど……」
「何言ってるんですか、あります、あるに決まってます!」
「……エリーは私に対して、贔屓目が過ぎると思うな……」
目の前で言い争い、というには可愛らしい言い合いを始める若い二人を、楽しそうに目を細め、眺める。
どうやら、本当にいい出会いであったらしい。そんな愚にもつかないことを思いながら。
「いやいや、若いってのはいいねぇ」
そんなからかいの言葉を発するのだった。
喧嘩を売る気はないけれど、降りかかる火の粉は払わねば。
そうして振るわれる鉄槌は、時に意図せず全てを薙ぎ払う。
次回:遭遇戦
それはあるいは、悪夢のようで。
※派生作品始めました!
「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
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1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。
公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!




