食後の戯れ
「……食べ過ぎた……」
あの後エリーの制止を掻い潜り二回おかわりをしたレティは、部屋へと戻ってくるなりベッドへ倒れ込んだ。
ごろりと仰向けに寝がえりを打つと、さすさすとお腹を撫でさすり。
それでも、満足そうな表情で大きく息を吐き出した。
「もう、だから止めたじゃないですか。
でもまあ、あんなに食べるレティさんは初めてだったから、止めきれなかった私も悪いんですけど」
そういうエリーは、あれだけ食べたというのにまるで平気な様子で。
苦笑しながらベッドの側に椅子を引き寄せ、おもむろに画板を取り出した。
紙を挟み、木炭を取り出すのを見て、レティが上半身を起こそうとしながら小首を傾げる。
「絵の練習するの?
まだちょっと、横になっていたいんだけど……」
「あ、いいんですよ、レティさんはそのまま横になっていて。
むしろ、横になってるレティさんを見てたら、これだ、って思ったので、寝転んでるところを描きたいんです」
真剣だった。
にこやかな笑顔で、真剣だった。
「そ、そう……まあ、いい、けど……なんだか、恥ずかしいような、申し訳ないような……」
戸惑いながらも、再びベッドに体を横たえる。
無防備な体勢をさらして、まじまじと見つめられているのがなんとも恥ずかしい。
そういえば。
今更ながら、随分あっさりとこんな無防備な体勢をさらしたものだと、ふと思う。
そして、そう気づいてなお、そのまま平気で横たわっている自分がなんだかおかしくなる。
エリーと出会ってから、随分と変わったものだ、と。
むしろ、なんだか纏わりついてくるような執拗な視線の方が落ち着かない。
思わずもじもじと身を捩らせてしまうと。
「あ、レティさん、動かないでくださいね~、すぐ終わりますからね~」
「う、うん、ごめん……」
謝りながらも、なんだか腑に落ちない。
あの視線に晒されるこちらが被害者なのではないだろうか、などと思ったりしながら。
観念して、見られるがまま、描かれるがままに任せる。
しゃ、しゃ、と軽く何かが削られるような音。
リズミカルに響くその音を聞くのは、どこか心地良くて。
何より、こうしてエリーのやりたいことに付き合えるのは、嬉しくすらあって。
……時折ぎらつくような視線になるのは、少々勘弁して欲しい気もするが。
けれど、自分がこう思うということは。
そう、思い至って。
「ねえ、エリー、描きながらでいいから聞いて欲しいのだけど」
「あ、はい、なんでしょう」
言われてエリーは一瞬顔を上げ、少しだけ考えるとまた手を動かし始めた。
若干、先程よりリズムがゆっくりになっているような気がする。
何となく。察せられているような気が、した。
「……考えたのだけど。
ドミニクに、剣を習ってみようと思う」
「ああ、やっぱり、そうするんじゃないかって思ってました」
あっさりと、苦笑しながらではあったけれどもあっさりと返ってきた答えに、苦笑を返す。
ばればれだったかな、とは自分でも思うが。
だったら、言い出すまで待っていてくれたのかなと思うと、何となく、嬉しい。
「ごめん、いいかな?」
「いいも悪いも、レティさんは私のマスターですよ?
それに、こうして私が絵を描くことも認めてくれているんです、私が反対するなんて、筋が通らないじゃないですか」
筋が通らない、で少し口調を変えたのは、もしかして自分の真似だったんだろうか。
正直なところ、あまり似てはいなかったけれども。
それでも、何だかおかしくて、くすくすと笑ってしまう。
「……ありがとう。
習ってる間はあちこちついてこられるだろうし、あまり二人きりにはなれないかも知れないけど……」
「やっぱりちょっと考えさせてもらっていいですか?」
「え、エリー?」
急に態度を翻したエリーに、思わず動揺した声が漏れてしまう。
そんなレティを見て、くすくすとエリーが笑いだし、冗談です、と手を振る。
「それくらいなら大丈夫ですよ。
宿をちゃんと別の部屋にしてくれたら」
「ああ、それは……向こうも文句は言わないと思うし」
それに。
……自分もそうしようとは思っていた。
少し、言い出しにくかったけれど。
「じゃあ、私は問題ないです。レティさんのしたいことが見つかったのなら、私も応援します」
「ありがとう、エリー」
にこりと笑って見せるエリーに、微笑みを返した。
それから、もうしばらくエリーは絵を描き続け、出来上がったものを見せてくれた。
……安心しきったように寝転がる自分の姿は、想像以上に恥ずかしかった。
「今後はもう、寝転んでるところは描かせない……」
「そんな殺生な! お願いです、ころんってしてるレティさん、めっちゃくちゃ可愛いんですよ!?
本当はもっとポーズ指定したかったくらいなんですから!」
などとじゃれあっているうちに、もういい時間。
どちらからともなく、そろそろ寝るか、という時間になる。
冬の気配がちらつく晩秋の夜は、そろそろ涼しいを通り越し始めていて。
さすがにもう下着姿で寝るのはつらく、レティも寝間着に着替えた。
ちなみに、いつのまにかエリーが用意していた、お揃いのものである。
そうして、ベッドに入った。
二人、同じベッドに。流れるようにごく自然と。
「は~……やっぱりこうも寒いと、こうしてくっついて暖まるのが何よりですよね~」
「否定はしないのだけれど……何だか騙されている気がするのは気のせいかな……」
ぼやきながらも、自分から離れることもしない。
エリーの首の下に腕を差し入れた腕枕の体勢だから、簡単に離れることもできないが。
まあ、そもそもその体勢を受け入れたのは自分なのだけれども。
少し前に、一人用のベッドに二人で寝ると狭い、という話になり、試行錯誤した結果がこの体勢だ。
…それも今思えば、何かだまされたような気がしないでもない。
「だましてなんかいないですよ?
レティさんだって、こうしてるの嫌じゃないでしょ?」
「うん、まあ、嫌、ではないのだけれど。
なんていうか、その……」
何となしに、もじもじと体を捩らせる。
そんなレティに、エリーがしがみつき、身体を押し付けてくる。
「なんていうか、なんですか?」
「……暖かくて、良い匂いがするから、安心しちゃって……意識が途切れるくらい寝ちゃうんだよね……」
困ったようなレティの声に、え? と顔を上げて。
「はい?
普通睡眠って、意識が途切れますよね?」
「そういうもの、なの?
私、いつもは半分意識を残してるから……」
不思議そうにつぶやくレティを、まじまじと見つめてしまう。
しばらく考えた後。
エリーはさらにぎゅっと抱き着き、すりすりと体を擦りつけ始めた。
「ちょ、ちょっとエリー、どうしたの、いきなり」
「いいんです、意識途切れていいんです!
こうしたら眠れるなら、いくらでも暖かくしますから、ね、ほら!
意識ない間は私が索敵してますから!」
自分で安心してくれる喜びと、レティにとっての今までの睡眠の意味を知った憤りのようなものと。
様々なものに突き動かされたエリーが無理やり寝かしつけようと、あれやこれやしてくる。
そんなことをされては、かえって眠れなくなってしまいそうなものだが。
だが、そんなことをされて、くすくすと笑みがこぼれてしまう。
こんなやり取りが、なんとも楽しい。
笑い、じゃれあい、そのうちに、微睡んで。
満ち足りた気分で、意識を手放した。
冬の朝。冷える空気に支配された外へと出るのは、どうしても億劫だ。
ならばいっそ、この暖かい空気の中でいつまでも。
そう思うものではあるけれど。
次回:冬の朝・出立の日
その温もりは、立ち上がる力になるのか。
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