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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
4章:暗殺少女の目指すもの
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立て板に水を流すごとく

 逃げ出した野盗達は、一番遠い場所にいて。

 人間の限界に近い敏捷性を持つレティであっても、野盗達が旅人に接触するまでに追い付くのは、土台無理があった。

 それでも、せめてもと、追いかける。


 ふと、旅人と目が合った。


「避けて!」


 間に合うか、声が届くかわからないが、そう呼びかけて。

 だが、それを聞いた旅人はなんとも落ち着いた眼差しで。


 年のころは60過ぎと思われる老女。一つに縛った真っ白な長髪を揺らしながら、そのまま歩いてくる。

 足取りは、老齢と思えぬほどに滑らかで、淀みなく。

 凛と伸びた背筋、それでいて柔らかさを感じさせるたたずまい。


 そう、この騒動に直面して、あまりに自然体だった。


「やれやれ、騒がしいことだねぇ。何事だい、まったく」


 そうぼやきながら、まるで動じた様子もなく、避ける様子もなく。

 そこに、死に物狂いの男たちが殺到する。


「うるせぇババァ、どけぇ!」

「うん?」


 ぴくん、と老女の眉が片方跳ねた。

 纏う空気が変わった気がして、思わずレティが足を緩める。

 次の瞬間。


 すぅ……と、滑るように老女が前へ。


 そして。

 そのまま、男たちの間を、すり抜けた。


「なっ……」


 声を漏らし、レティが足を止める。

 途端、目の前でバタバタと野盗達が倒れた。


「あぎぃぃ!? な、なんだよ、なんだよこれ!?」

「足が、俺の足がっ!?」


 全員が足を斬られ、地面を転がっている。

 その張本人は、いつの間にか抜いていた長剣を軽く振るいながら、ふん、と軽く鼻を鳴らした。


「まったく、誰がババァだってんだい。

 レディに向かって失礼なこと言うんじゃないよ」


 レディと自称するに足る優雅さで剣を鞘に納めながら。

 レディを自称するにはどうかと思う酷薄な笑みで。


 やれやれ、と肩を竦める老女を、呆気に取られたようにレティが見つめていた。


「……あなた、一体何者?」


 ようやっと、そんな声を絞り出す。


 先程の一瞬。

 目には、見えていた。

 彼女が剣を抜く動作も、進む足取りも、どう剣を振るったかも。

 だが、それに反応できたかと言われると、自信がない。


 剣を抜くところからもう、始まっていた。

 そこに視線を引きつけながら、狙いは見せないで。

 流れるような足さばき、くるりくるりとかわしながら振るわれる刃。

 意識の裏をつくように繰り出されるそれは、無抵抗と言えるほどにあっさりと男たちの足へと吸いこまれていった。


 その技量の凄まじさに、ふるり、背筋が震える。


「何者ったぁご挨拶だね、お嬢ちゃん。

 あたしゃ、ただのしがない旅人さ。

 そういうあんたこそ……まあ、あいつらの仲間じゃないみたいだがね」


 カラカラと軽く笑ってみせる姿に、なお警戒が募る。

 こうして自分に向かって笑って見せながら、その実……全くと言っていい程、隙が無い。

 おまけに、背後で倒れている男たちへも意識を向けている。

 

 恐らく、この場で彼女の不意を討てるものはいないだろう。

 そう思わせる程に、この場を掌握してしまっている。


「まあ……むしろ、そいつらを追い払った側なのだけれど。

 ……そちらに追いやる形になってしまって、申し訳ない」

「ああ、そういうことかい。

 だったら気にしなさんな、お互い無事だったんだからさ」


 納得したのか、こちらへの警戒が少し緩んだのを感じる。

 それでもまだ、不用意に踏み込んではいけない何かもにじませてはいるが。


「そう言ってもらえるとありがたい。

 ……私は、イグレット。あなたは?」

「あたしかい?

 名乗る程のもんでもないが、先に名乗られたんじゃ仕方ない。

 あたしゃ、ドミニクってもんだ。さっきも言ったが、しがない旅人、さ」


 そう言って気取った仕草の挨拶を見せる彼女を、胡散臭げに眺めながら。


「さすがに、今のを見せられてそれは、無理があると思うのだけど……」


 そう、ぼやくように呟いた。


「ははっ、まあまあそう言いなさんなって。

 そういうあんただって、人のこと言えたもんじゃないと思うけどねぇ?」


 そう言いながら、意味ありげに視線を向ける。

 先程、レティが斬り倒した男達が転がる先を。


「……否定はしないけれども。

 わかっても、いる、よね?」


 困ったように眉を寄せ、表情を曇らせる。

 恐らく、自分は彼女に勝てない。

 奥の手を使えばあるいは、だが、正面からのまっとうな勝負では。

 

 そう言われたドミニクは、ふぅん、と感心したような声を漏らす。


「その若さでその腕なのに、随分と謙虚だねぇ。

 いや、だから、なのかね」


 くつくつ、喉を鳴らすような笑い声は、楽し気で。

 じろじろ、レティを見る目は無遠慮で。


 その視線に、なんだか落ち着かない。


 しばし、そうしてレティを眺めた後、にんまりとした笑みを見せて。


「よぉし、決めた。

 どうだいお嬢ちゃん。あたしの剣を習わないかい?」

「……え?」


 唐突すぎる申し出に、間の抜けた声を出してしまう。

 そんなレティの困惑をよそに、ドミニクは嬉々とした声でさらに言いつのる。


「いやぁ、あたしもそろそろ楽隠居ってやつをしたくなってね?

 けど、この剣をそのまま埋もれさせるのももったいないってもんじゃないのさ。

 あんたもそれは良くわかるだろ? いや、あんたなら良くわかるだろ?」

「え、あの、ちょっと」


 すらすらと、先程の剣のように淀みなく。……下手をすれば、それ以上。

 奔流のような言葉に、流されてしまいそうになる。


「それで見込みのありそうな奴を探しててね。

 コルドールの剣術大会を目指す奴にならいるかと思ったんだが、これが中々……。

 そんなところにあんたさ。見たところ基礎はできてる、経験もある。

 おまけに目も肥えてるし、判断力もあるときた。

 こりゃぁ、あんたに決めたってもんさ。

 どうだい、損はさせないよ?」

「ちょ、ちょっと、ちょっと、待って?」


 その押しにたじたじとなりながら。

 これは、もしかして、押し売り?

 そう、心の中でぼやかずにはいられなかった。

袖振りあうも他生の縁、と人は言う。

人と人とが行きかいすれ違う街道は縁が交差する場所。

そこで刃を振りあったのであれば、より縁は深いのかも知れず。


次回:セールストーク


その深さは、軽妙さに流される。



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