時に、よくあること
人の流れから少し外れたところで馬に乗ると、常足で馬を歩かせる。
かぽり、かぽりと穏やかな蹄の音を立てて歩いてはいるが、その実、普段歩く速さよりもよほど早く景色が流れて。
それが馬上の高い視点からともなれば、どこか心もとない程にも思える。
「……なんだか慣れませんね~、この馬での移動」
「まあ、私もそんなに利用はしてないけども。これはこれで、いいんじゃない?」
初めて行く場所でなければ、それこそ一瞬で移動できていた身であるが。
こうして馬首を並べて、自分以外のペースで歩く、というのも悪くはない。
むしろ、何か胸にくすぐったさのようなものも感じていて。
それは以前、バランディア王都へ第三騎士団とともに移動した時には感じなかった感覚だ。
そんなことを思いだした時に、ふと気になってエリーを見る。
「……そういえば、エリーは軍に属して戦争に参加したこともあるって言ってたよね。
移動は、馬じゃなかったの? それとも歩き?」
「ああ、馬はあまり使わなかったんですよ。
馬なしで走る馬車みたいなのが開発されて、長距離移動は専らそれを使ってました。
……今では失われた技術みたいですけども」
古代魔法王国の崩壊は多くの魔術知識、技能やそれらが生み出した道具や機械も失わせた。
少なくとも、遺跡と化したかつての施設から、エリーの言う車が発見されていないのは間違いない。
発見されていれば、間違いなくそれは使われているはずだから。
こうして馬の旅というのも旅情はあるが、やはりあの便利さには抗えないものがある。
「何しろ、馬の襲足よりも速く、ずっと長い時間走れるんですよ。
最初は振動が酷かったですけど、どんどんましになっていきましたし」
「なるほど、それは馬も使わなくなるね……。
今もあったら、凄く便利なんだろうけど」
便利だろうけれども。
それを知らない身からすれば、それはおとぎ話のようにも聞こえて。
今こうして、二人並んで馬で歩いている今の方がよほど充実しているようにも思える。
「遺跡になっちゃった施設からは出てきてないんですか?」
「少なくとも私は聞いたことないね……。
そんなのが出てきたら大騒ぎになると思うから、多分見つかってないんじゃないかな」
もし出てきていたら、ボブじいさんなら知っていそうだけれども。
ふと、そんなことを思う。
ジュラスティンを離れて数か月、元気にしているだろうか。
そんな、懐かしむような気持を感じていたところに、ぴくり、眉が跳ねる。
「レティさん、どうかしました?」
「ん……この先で、何か変な感じが……」
違和感を覚えて、じぃ、と遠くを見つめるレティに何かを感じたのか、エリーの表情も改まる。
エリーの眼にはまだ何も見えていないが、レティの感覚には全幅の信頼を置いている。
「……集団が何か襲ってる、みたい。多分、荷馬車」
「野盗ですかね。この街道、そんなに出ないって聞いてたのに。
どうします?」
状況を把握して、聞いて、互いに淡々と。
先程までの名残は、馬が立てる蹄の音ばかり。
馬は、そのまま進んでいる。
「……このままだと、連中が略奪して、引き上げる前に辿り着いちゃうね。
迂回する道もないし。……後、まあ」
言葉を切って。
こんなことを考えてしまう自分に、自分で戸惑いながら。
「このまま放置、というのも何だか気分が落ち着かない」
「ふふ、いいんじゃないでしょうか。
私は、レティさんの判断に従いますよ」
「ん、ありがとう。じゃあ……行こう」
少し嬉しそうに微笑むエリーに、若干の恥ずかしさのようなものを感じながら。
二人は馬の腹を蹴り、走らせた。
地を蹴る蹄の音が響く。
風が二人の髪をなびかせ、躍らせ。
上下に揺れる視界の中に、その姿を捉える。
「私にも見えました、野盗と思われる人数20人、荷馬車2台の周囲を包囲してます。
荷馬車の護衛と思われる数人と交戦中」
「エリーは左に回ってそちらをお願い。『マナ・ボルト』が使えないんだから、あまり近づき過ぎないように。
後、『マナ・ブラスター』の威力に注意」
「了解しました」
簡単にそう打ち合わせると、さらに接近。
駆け寄ってくる蹄の音に気付いたのか、包囲していた野盗の数人がこちらを振り返る。
弓を持っているものも数人いるようだ。
「じゃ、いってくる」
そう告げると、馬から飛び降りて更に地面を蹴る。
エリーは馬の速度を落とし、レティの若干後ろの位置を取りながらしばらく並走、そこから左に馬首を向けた。
「あん? なんだお前ら、死にてぇのか!」
駆け寄ってくるレティ達に向かって剣を向けた野盗が一人、脅すように剣を軽く揺らす。
それに応えずレティは小剣を抜き。
「マナ・ブラスター」
その斜め後ろから迸った光の奔流が、馬車の後方に位置していた男たちを数人吹き飛ばす。
「は?」
生き残った男が、目の前で突然起こったことが理解できず茫然と立ち尽くしているところに、レティが肉薄した。
慌てて剣を向けるも、その刃にレティの小剣が巻き付くように絡んで、弾き飛ばして。
がら空きになった男の首筋に、小剣の刃が吸い込まれ、走る。
吹き出す赤い噴水を避けるように横に飛び退ると、そこにはもう一人。
慌てて剣を振りかぶるも、時すでに遅く。
脇の下から切り上げられて剣を取り落としたと思えば、返された刃が首筋に落とされ、そのまま振り抜かれた。
「なんだあの女は! くそっ、あっちからやれ!」
異常に気付いた野盗が二人レティに弓を向け、三人ほどが駆け寄ってくる。
応じるように向かい、寄ってくる男たちとの距離を測りながら弓に意識を向ける。
あまり上手くはないようだ、が、面倒は面倒だ。
となれば、と少し左斜めへと走る向きを変え、向かってくる男達を射線の間に挟むように位置取りし、急加速。
「なっ、こいつ、速っ」
慌てて突き出された剣の腹を小剣で撫で、逸らして……そのまま無防備な手首を切り落とす。
痛みと出血に慌てる男の右横へと抜けると、残り二人が左右に分かれて同時に襲い掛かってきた。
左の男が上から、右の男は横なぎに切りつけてくるのを、左に飛んで回避。
着地と同時に、剣を振り下ろした直後の男の右肘に小剣で切りつければ、男が悲鳴を上げながら剣を取り落とす。
「ぐあっ、あ、うわぁ!?」
「うわっ、邪魔だおい! あがっ!」
痛みにうろたえる男の横腹を思い切り蹴り飛ばせば、右の男にもつれるようにぶつかって。
直後、男の眉間に投げナイフが突き刺さった。
息を吐く暇もなく、二人の弓持ちの方へ。
慌てているのか、碌に狙いを付けられていない矢が、避けるまでもない場所に飛んでいく。
「ちくしょう、来るな、こっちに来るなぁ!」
「これでもくらえ、この野郎!」
口々に罵りながら、震える手で矢をつがえ直している間に、距離はさらに縮まる。
そして。
馬車を挟んだ向こうで、轟音と閃光が走った。
「なんだよ、なんなんだよ!?」
何が起こっているかわからずうろたえる男たちと、何が起こっているかわかっているレティ。
「……向こうも終わるかな?」
小さくつぶやくと、大きく横に跳び退って矢の照準を外し、慌てて構えなおした男の喉元に投げナイフをお見舞いして。
もう一人の男が放った矢を、小剣で叩き落とす。
「う、うそだろ……あっ……がぁっ……」
あまりの出来事に茫然としている間に距離を詰められた男は、抵抗もできず首筋を切り裂かれ、そのまま意識を手放した。
その返り血を避けるように距離を取ると、レティは小剣を一振りして血を払い落とす。
残りは、と見れば5人ほどが、敵わぬと見たか逃げ出し始めていた。
周囲を確認して、抵抗する力が残っている人間がいないことを確認して、ふぅ、と息を吐く。
「追いますか?」
反対側を片付けたエリーがやってきて、声をかけてきた。
「いや、それは必要ないと思う……ん?」
追い払えれば十分、と逃げていく男たちを見やれば、そのさらに向こうに人影。
小柄な旅人が一人、こちらへと向かって歩いてくるところだった。
「いけない、巻き込まれるかも」
そうつぶやくと、男達を追うように走り出した。
それは、五月雨を集めて走る川のごとく清冽に。
岩を穿つ雨だれよりも精緻に。
突如眼前に現れた瀑布よりも鮮烈で。
次回:立て板に水を流すごとく
長引く雨のように鬱陶しくもあり。




