十三話 私と結婚しなさいっ!
クラリッサスを解放してから数時間経った。
目の前でわざわざ派手な魔法を使った甲斐があったのか、随分しおらしくなってたな。
庶民の服だろうに、きっちり買った三着持ってったけど。
いや、置いてかれても困るか。
アッシュは宿に帰ったらちゃっかり寝てやがった。
今はサボりの罰として“晩飯を見てるだけ”の刑を執行中だ。
ウケケケ、ザマミロ。
「ぐぬぬ……。」
「俺を裏切ってただで済むと思ったのが間違いだったな、馬鹿め。」
「元からお前が勝手に作った面倒事だろうにぃ……。」
パーティは冒険者がお互いに助け合うことを目的に結成するものですし?
一蓮托生ですとも。
あー、飯ウマ。
と、お馬鹿さんのことはさておき、これからどうするかな。
クラリッサスの話を聞いて、正直参った。
帰して貰えそうな当てはこの世界にはなく、自分でどうにかするしかないと来たもんだ。
ただゲームのお零れで使えるだけの魔法を、自分で生み出す?
無茶だ。考えてると内臓がひっくり返るみたいな気持ち悪さが込み上げてくる。
「なぁ、魔法について知るにはどうしたら良いと思う?」
「? お前は充分魔法を学んでいるじゃないか。それこそ極めたと言っても過言ではないくらいに。違うか?」
「いいから答えろよ。一切れやるぞ?」
「帝国に行くのが一番だろう。あそこは氷で閉ざされた過酷な土地で栄えるために魔術を特に研究していると聞く。さぁ、寄越せ。」
帝国ねぇ? ウルスラのことだとは思うんだが……。
あそこも魔法職のクエストとか多かったし、行って損はない……はず。
不安なのは戦闘なんだよな。魔術の技術が高いくせに、大規模クエストの度に自慢のゴーレムが暴走しやがる。
対魔術をガチガチに固めた魔法職キラーの奴はヤバイ。魔法使いになっても死ぬことあるもん。
「(ミスリルで弱点守ったゴーレムにはやられたわ。魔法使いになって初の死に戻りだったか。)」
ここであんなのと出くわしたら終わりだ。
馬鹿でかい拳に潰されても生き返らずにトマトみたいにぺしゃんことか。
初見殺しと悪名高いゴーレム相手に体張ってたら命が幾つあっても足りん。
けど、ここは設定より遥か昔の時代の筈だから、それほどゴーレムも強くないかも。
その場合は帝国の魔法技術にも期待出来ないのが難だが。
「帝国に行くつもりか?」
「ん? ああ、考えてるけど、しばらくはここに滞在するつもりだ。」
コンコン!
親父か? 宿代は払ったよな?
……まさか、クラリッサスが俺達のこと話して憲兵的なのを差し向けたのか?
最終的に心が折れたと思ったんだが、女は強かな生き物だしなぁ。
アッシュに荷物を回収させ、俺は閂を抜いて扉を少し押した。
同時に大きく飛び退いて扉に杖を向ける。
キィィ、と鳴いて開いた扉の向こうにいたのは、鎧に身を包んだ兵士でも野暮ったい宿の親父でもない。
「……………………。」
「ク、クラリッサス……?」
何でここにいんの?
アッシュに視線をやると、同じく困惑した視線が返ってきた。いや、判らないんだけどね、狼の表情。
部屋に入ってきたクラリッサスは両手に抱えた荷物を差し出していた。
あ、代われと?
「ん。」
「はいよ…………いや、適当なとこおけぶっ!? ぐ……。」
「リーブラ!?」
!? ???
いってぇっ……何? グーパン!?
鼻にモロ入った! いてぇ!!
「いったぁぁぁ……鼻に当たったのに私の手も痛いとはどういうことですかっ……。」
「おぉおぉぉぉぉ……はな゛がづーん゛どする……。」
「あわあわあわわわわわわ。」
「ごほん。では、先ほどのグーパンテロについて聞かせて貰おうか。」
何拗ねてんだ。こっちが拗ねたいわ。鼻血まで出たんだぞ。
治癒魔法があったから良かったものの。
「クビになりました。」
「は? 仕事を?」
「無断欠勤して市井の服飾を買い歩いた咎で罷免されました。責任取って下さい。」
「いやいやいやいやいやいや、秘密にしてくれとは言ったが、誘拐されてたとか言えば良かっただろ!?」
「言いましたよ!!!!
言いましたとも!!!!
洗いざらい全て!!!!
それを……それをっ……それなのにっ……。」
それから、クラリッサスは気炎を噴き上げて怒りの丈を数時間かけて吐き出した。
王宮側が警備体制の不備を信じないために誘拐が嘘とされたこと。
魔法使いだったと行ったらお子様扱いされて嘲われたこと。
家に帰ったら王宮で家名に泥を塗ったとして地下牢に入れられそうだったこと。
姉のように美しい金髪じゃなかったために家で蔑ろにされたこと。
姉のイジメに耐えるために気を張っている内に目付きが鋭くなって更にモテなくなったこと。
勉学を頑張る内に視力が落ちて眼鏡をかけたら余計にキツい女に見られるようになったこと。
エトセトラ。
敢えて言わせて貰おう。
知らんがな。
「だから!! 全ての責任を取って!! 私と結婚しなさい!!」
「待て!! おかしい!! 今謎の過程を経て狂気の結論が出た!!」
「やはりこんなガリ勉女じゃ嫌なんだっ!! うあぁぁぁぁぁっ!!」
「もうやだ! 助けて、アーッシュ!?」
「アオォォォーーーン!!」
「貴ッ様アアァァァァ!! 今さら狼の真似で逃げられると思うなよぉぉぉっ!!」
「ハァ、ハァ、ハァァ……分かった。こうしよう……。俺達が旅をする間にお前の結婚相手も探す。それでも見つからなかったら俺が責任を取る。
これでどうだ……?」
「ちゃんとした人を探して下さいね。貴方だって伝説の魔法使いで人柄も悪くないから選んだのです。同じくらい良い相手じゃないと納得できません。」
「あ、ああ……分かった。」
とんでもない厄介事が転がり込んできやがった。
金策、帰る方法、治療屋、結婚相談所。
リア充どころじゃねぇ。リアルがパンクしちまうぜ。
あー………………あー…………。
うー………………………………。
……………………………………。
この時、ここまでで俺の思考は止まった。次に思い出せるのは治療屋に行く直前に飛ぶ。
後でアッシュに聞いたところ、日が沈む頃から真夜中までクラリッサスを侍らせたまま、石像のように固まっていたらしい。
何かエネルギーが俺の中で尽きたのだろう。
ふっ、と感覚がはっきりし、肉球で俺の顔を軽く叩いているアッシュが視界に入った。
ぼんやり壁を見ていたような、何か記憶を思い浮かべていたような……。
不思議と何をしていたか思い出せないが、肉球を押し退けようと左手を動かそうとして出来なかった。
右手で防ぎながら見てみると、クラリッサスが左手を握ったまま寝ている。
「…………とりあえず、やめろ。お前の肉球は外走ってるせいで硬いんだよ。ザラザラだし、いてぇ。」
「おぉ、生き返ったか。」
「死んでねぇよ。うわ、離れない……。」
「ん、んん……?」
ああ、起こしちゃった。
しかし、いつの間にこんな状況に。
あれ、外暗くなってる。今は何時くらいなんだ?
「今どれくらい?」
「もう治療屋に行く時間だ。」
「は? そんな?」
「治療屋とは何のことですか? ふわぁ……あぁ、失礼。はしたないことを。」
やべぇ。回らないといけない方のこと何も考えてない。
どうしたもんかな。
行ってから考えるか。
「よっ、こいしょ……。」
「乗れ、リーブラ。」
「ま、待ちなさい! 私も行きます!」
「……二人乗せて平気か?」
「問題ない。」
四足になったアッシュの背中に跨ると、クラリッサスが後ろに横座りで乗った。
いや、落ちるって……。
まったく……仕方ないな。
最近精度がメキメキ上がってる《グレイプニル》で三人を縛り付ける。
よし、行くか。
「フンッ!!」
体にかかるGが増大して鎖が体に食い込んだから少し痛い。
後ろでクラリッサスがキャーキャー言ってるが、気にはしていられない。
この間はセンチメンタルになっていて誤魔化せてたが、アッシュのジャンプは高い。
二人も背負ってるくせに何メートル跳べてるんだ?
足が震えよるわ。
「(し、死ぬっ……。)」
「キャー! 高っ、高い!? でも気持ち良いーっ!!」
「(やかましい……。)」
硬い魔物にすら傷を負わせる爪で壁面に取り付いたりして変態機動をされると晩飯が昇ってくる。
間に合わせるためにショートカットしてるんだろうけど、勘弁して欲しい。
大人しく街道走れや。
あー、吐きそう。
声出したら吐く。
絶対吐く。
リーブラ所持金7520G
アッシュ所持金90G
クラリス所持金100000G
パーティ所持金680G




