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とある王女との奇妙なつながり

作者: あお乃林檎

 貴族の令嬢であるならば、学園に通っている間に縁談がまとまり、卒業後には間もなく輿入れするのがお決まりの道筋であった。だけど何事にも例外が存在するもので。

 私の場合、年齢が一桁の頃にまとまった縁談が、卒業間近で破談になってしまった。悪役令嬢にされたわけでもなく、相手に浮気されたわけでもない。

 わが国の王女が私の婚約者を欲しがったせいであった。

 美しく愛らしい王女は、叶わぬ想いから自殺未遂を演じた。その為娘が可愛い王に、王命で私達の婚約破棄を決められてしまったのだ。

 元婚約者は広大な領地を所有する侯爵家の嫡男、私は辺境伯の次女。この横槍には、一時期内紛の気配が国中を駆け巡った。しかし直ぐにはそうはならなかった。

 元婚約者は王女とのお見合いを兼ねた、狐狩りの催しに嫌々参加していたそうだ。そこではしゃぐ王女が馬を興奮させ、暴れ出した馬から王女を庇った元婚約者が、頭から落馬し呆気なく亡くなってしまったのだ。

 突然の永別の知らせに呆然とする私。幼馴染としてであっても、それなりに愛情を抱いていたのだ。もう彼には二度と会うことは出来ない。彼のうれしそうに笑う顔が見れない。


 王都の大聖堂での葬儀中、王女は大泣きの演技に酔いしれていた。それは王以外には誰の目にも明らかな嘘臭さがあった。

 裾が派手に広がる黒の喪服を身に纏い、悲しみに暮れる私やご家族の前で、彼とは来世で結ばれるのだと健気に誓う。それを聞かされたご家族達のこめかみには怒りの為か、血管が数本浮き出ていた。私は後追いはされないのですかの言葉を、奥歯を噛み締め懸命にのみ込んだ。


 葬儀では悲しむ姿を見せていた王女。だけど喪が明ける前には、とある伯爵家の三男を追いかけ回すようになっていた。

 それはまさかの私の一つ年下の弟。弟は若年にもかかわらず、魔獣退治で各国に名を轟かせている猛者だ。

 弟は王女を蛇蝎のごとく嫌い、その感情を態度に見せ続ける。そして学園を卒業すると、直ぐに恋仲である隣国の王女と、婿入りする形で結婚をした。

 弟に振られた王女は父王に涙ながらに切々と訴える。王は弟や我家を厳罰に処すると宣言した。しかし王は、弟の婚姻先の王家から戦を仄めかす圧力を受ける。高位貴族達からの強い突き上げにも屈し、弟や我家を咎めることは出来なかった。

 それどころか王太子にせっつかれて、王女の政略結婚を決めた。近隣国の、年老いてなお好色な王の側室の一人の立場で。

 それは内紛も辞さない覚悟の、私の家や元婚約者の家族、臣下達の意を汲くんだ王太子の英断であったと語られている。

 泣いて暴れて嫌がる王女を、王太子が馬車の中へ放り投げる姿は、後々までの語り草になっていた。

 側近であり親友であった私の元婚約者を失った王太子は、私以上に失望し悲しみ、我儘な妹王女への憎しみを滾らせていたのであった。その矛先は当然父王にも向けられる。 


 あれから数年、今の私は王宮で働いている。今更嫁ぎ先など見つからないので、王家に責任を取ってもらうことにしたのだ。

 魔導研究科に所属して、日夜新魔法と魔道具の研究に勤しんでいる。

 それなりに新魔法の開発は進んでいて、私の発表した、傷んだ作物を復活させる魔法や、平民でも安く購入できる小型の懐中時計作りと、それに魔法が付与出来る新しい装置は、国中に広がり出していた。

 世は新しい王の時代。私はこの功績が認められ女子爵の称号を得た。

 平和だ。今日も騒動が起きぬまま一日を終えることが出来た。


 それから私は職場の同僚と結婚をした。夫は伯爵位を持つ魔法使いで、私は伯爵夫人となった。魔法研究所を伯爵領内の離宮に用意され、王宮にいた頃の様に互いの意見をぶつけ合い、切磋琢磨を続けていた。



 嫁ぎ先の老王が亡くなり、王妹がわが国へ返されてきた。王妹の悪い評判はわが国にまで届き続けていて、老王の崩御と共に遂に追い出されたのだ

 王は王妹が国へ到着するやいなや、半ば幽閉されている先王のいる離島へ送られた。脱走はほぼ不可能に近い、灘の中のかび臭い要塞のような建物。

 王妹に使えていた侍女の告白から、かつて王妹が、王太子の婚約者だった頃の王妃に、酷い嫌がらせをしていた事が世に知られた。猛り狂う怒りを歯軋りをしながら抑えた王は、王妃にしていた事の何倍も膨らませて刑罰のようにし、離島にいる王妹に施し続けているのだという。

 そんな噂話も王太子誕生の慶事にかき消されていく。やがて誰もが王女について、話題に乗せることは無くなっていった。



 私の夫が大規模な魔石を使った結界魔法を生み出すことに成功した。それにより各国の魔獣の被害が軽減していく。その褒賞として爵位が侯爵へと叙爵した。

 夫が面倒くさいと顔に出している。クスクス笑って両手を広げると、私に抱きつき抱きしめられた。

 子どもにも恵まれ笑顔が絶えない暮らし。幸せを感じる毎日。


 ある日夫の書斎にいると、何かを魔法で燃焼した気配を感じとった。夫は領内の視察で留守中。それでつい好奇心に負けて、ほんの僅か残っていた魔法の痕跡を慎重に辿っていった。

 見付けた。燃やされたのは手紙のようだ。再生魔法で紙を蘇らせると、何とそれは王妹からの手紙だった。それには夫への愛と私の冤罪が長々と綴られていた。何ともまあ、ぶれない人だこと。

 日付は半年程前、王妹が亡くなる十日前だ。文章の様子から見て、これまでにも何通も送ってきていて、宙に浮かせているこれは、最後に送られてきた手紙のようだ。

 それにしてもいったいどうやって灘の離島からここへ送られてきたのか。厳しい監視の目を掻い潜ろうなんて、何て無謀な事をしていたのでしょう。きっと王には知られていた筈。

 夫の私への態度は変わらない。変わらずの深い愛情を私に見せ付けてくれている。夫は私への害意に敏感であり、私の知らぬうちに事が収まっていた事もしばしばだった。今回もそうしたのだろうか。

 私は紙を消して魔法の痕跡を消した。夫に気付かれたら、その時にこそ詳しく聞けばいいのだと扉を閉めた。


 何とも奇妙なあの女性との因縁も漸くこれで終わり。直接話した事はない人だった。だけど私の人生にことごとく関わり、その都度あの女性は痛い目にあっていた。それはあの人の上辺だけの魅力に惑わされなかった人達の、理性と努力と忍耐の結果なのだと思う。

 王女という権威は甚大な災害にもなりうる。

 苦難を乗り越えた現王に、溺愛されているのは小さな王女。あの方が人災にはならないと願うばかりだ。


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― 新着の感想 ―
淡々と感情を抑え語られる、モノトーンの描写の中で、生々しい欲望のまま振る舞う王女だけが、染みのようでした。 ………現実で染みにならないように、気をつけよう。
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