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【第3章完結】白雷の聖痕者  作者: YY
第3章

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第36話 瓦解

 響く絶叫、轟く怒号。

 混沌を極めた門の前。

 前方にはアリア、左右からガレンとラギ。

 王国軍はどちらに行けば良いかもわからず、酷いときは同士討ちに発展しているケースまである。

 そんな中、アリアは自身の小柄な体を活かしていた。


「はッ……!」

「ぐほッ!?」


 装備を解除した彼女による、肘打ちが兵士の鳩尾を捉える。

 王国軍の間を縫うように走りながら、徒手空拳をもって次々に敵を沈めていた。

 神力を抑えて気配を消していることもあり、誰もアリアを認識出来ていない。

 まるで暗殺者のような彼女の動きに、リルムとサーシャは呆れと感心が綯交ぜになった思いを抱いている。


「メイドちゃんったら、普通に戦ったって余裕でしょうに。 ああやって冷徹になれるの、凄いわよね」

「そうかもね。 でも、普段とギャップがあり過ぎて、ビックリしちゃうわ」

「あー、確かに。 けど、そこがあの子の魅力でもあると思うの。 ほら、いつもは気弱な人が、いざと言うときに頼りになったら、格好良く見えるみたいな」

「ふふ、わからなくはないわね。 シオンくんは、いつでも頼もしいけど」

「そうなのよね。 だから、こっちも気を抜けないって言うか……って、シオンのことは良いのよ。 今はあっちでバタバタしてるけど、いつこっちに来るかわかんないんだからね?」

「わかってるわよ。 じゃあ、そろそろ行こうかな」


 緊張感のなさそうな会話をしながら、体を解していたサーシャ。

 リルムが何のつもりか聞く前に、彼女は門の上から入口の前に跳び下りた。

 それを見たリルムは一瞬驚き、すぐに慌てて声を発する。


「ち、ちょっと、何やってんのよ? 敵が来るかもしれないって、言ったばかりじゃない」

「だからこそよ。 リルムちゃんだけに任せる訳には行かないでしょ?」

「大丈夫だって。 今なら散発的にしか来ないでしょうし、あたし1人でも平気だから」

「じゃあ、リルムちゃんが逆の立場なら大人しくしてられる? 仲間に全部任せて、見てるだけなんて嫌じゃない?」

「それは……まぁ……」

「わたしだって同じよ。 皆に比べたらまだまだだけど、戦えるのに戦わないなんて我慢出来ない。 ……リベルタ村の皆に顔向け出来ないしね」


 寂し気な笑みを漏らしたサーシャの本音を聞いて、リルムは反論の言葉を失った。

 その代わりに嘆息した彼女は苦笑を浮かべ、敢えて明るく言い放つ。


「しょうがないわね。 あたしがカバーしてあげるから、遠慮なくぶっ飛ばしちゃいなさい。 その代わり、安全第一だからね?」

「リルムちゃん……。 うん、有難う」


 笑顔で感謝を告げたサーシャは、数瞬瞑目してからロザリオを構えた。

 硬さはあるものの、以前に比べたら格段に様になっている。

 そのことにリルムが微かに安堵していると、パニックに陥った様子の兵士が駆け寄って来た。

 王宮を目指してと言うよりは、どこに行けば良いかわからず溢れ出た感じに近い。

 それでもしっかり武器は装備しており、殺意も持っている。

 むしろ、正常な判断力を失っている分、凶暴性が増しているようにすら見えた。

 あたかも狂戦士と化した王国軍を前にして、サーシャは――


「【浄罪の祈り】」


 スキルを発動する。

 その瞬間、ロザリオが剣のように変形し、光の刃を纏った。

 アリアの大剣ほどではないが、それでも充分に長剣と呼べるサイズ。

 初見のスキルにリルムが驚いているのに構わず、サーシャは慣れない動きで光の剣を振り切った。


「えいッ!」


 可愛らしい掛け声とともに刃が兵士を斬り裂き、地面に倒れ伏す。

 相手が魔蝕教ならともかく、殺さない方針の王国軍をあっさり斬ったことに、リルムは唖然としていたが――


「大丈夫よ、生きてるから」


 苦笑を浮かべてサーシャが告げた事実に、またしても驚くリルム。

 しかし良く見ると、兵士は確かに呼吸しており、彼女が嘘を言っていないと判明した。

 リルムが説明を求めるように視線を向けると、サーシャが苦笑を深くして種明かしする。


「このスキルってシオンくんが提案してくれて、【清魔の祈り】を元に作ったのよね。 だからモンスターとか魔族には効果が強いけど、人間相手だと精々意識を失わせる程度なの」

「ふぅん……シオンが提案してくれた、ね」

「あら、羨ましい?」

「別に! あたしは自分で作る方が好きだし!」

「もう、素直じゃないわね」

「本当のことだから! 良いわ、それを証明してあげる!」


 半ば以上ムキになって魔箱を漁ったリルムが取り出したのは、赤い宝石が埋め込まれた指輪。

 ニヤリと笑った彼女はそれを装着し、【火球】を発動したが――


「それそれそれそれそれそれそれそれそれそれ!」


 元々高かった連射能力が、爆発的に強化されていた。

 弾幕と言うよりは、最早豪雨の如き勢いで襲い来る火の玉に、兵士たちがこんがり焦がされて行く。

 今度はサーシャが驚く番で、目を丸くしていた。

 その反応に満足したリルムは鼻を鳴らし、胸を張って語り始める。


「どーよ? これは火精のリングって言う魔道具で、火魔法しか使えなくなる代わりに、火の精霊との意思疎通がより明確になるの。 つまり、単純に威力を上げたりするんじゃなくて、状況に応じて効果を使い分けられるってこと。 今回で言えば1発の威力を下げる代わりに、連射力を上げた感じね。 場合によっては、反対に火力を上げることだって出来るんだから。 勿論、リングを外せば他の属性を使えるようになるわ。 作るのに苦労したけど、その価値はあったわね。 具体的にどこが難しかったかって言うと――」

「あー、もうわかったから。 凄い凄い。 リルムちゃん天才」

「なんか心がこもってない気がするけど……まぁ、良いわ。 てことで、続けるわよ!」

「張り切り過ぎて、無駄に敵を引き付けないでね?」

「わ、わかってるわよ!」


 本当にわかっているのか怪しいが、働きとしては文句の付けようがない。

 間断なく降り注ぐ【火球】に王国軍はなす術なく、たまに掻い潜ったかと思えばサーシャにやられる。

 門の前はまさに鉄壁の布陣と言える強度だが、混戦の中心地も激しかった。


「にしても、まさかテメェが来るとは思ってなかったぜ、ガレン」

「たまたま、近くを通り掛かっただけだ。 そしたら面白そうなことをやってたからよ、ちょっと混ぜてもらおうと思ってな」

「嘘つけ! そんな偶然がある訳ねぇだろ! どうせテメェのことだから、反乱の情報をどっかから聞き付けたんだろ?」

「くく……さぁ、どうだったかな」


 左右から王国軍を突っ切ったガレンとラギは合流し、背を預ける形で暴れ回っていた。

 彼らの迫力に兵士たちは完全に飲まれ、攻めることも退くことも出来ない。

 だからと言ってガレンたちが容赦することはなく、問答無用で王国軍を打倒している。

 何なら、これ幸いにと鬱憤を晴らしていた。

 とは言え、彼らも決して浮かれている訳ではない。

 暫くしてガレンが、手を止めないまま口を開く。


「そう言えば、ヴェルフやシオンたちはどうした?」

「ん? あぁ、あいつらなら今頃、ボアレロとやり合ってるはずだ」

「……そうか」

「何だ、心配か?」

「うるせぇ、そんなんじゃねぇよ」

「照れるなって。 まぁ、実際どうなってんのかわかんねぇが、あいつらなら大丈夫だろ」

「ふん、最初から俺は心配してねぇっての。 それよりラギ、腕が鈍ったんじゃねぇか?」

「あ? まだウォーミングアップしてただけだっつの。 本番はこれからだぜ! 【トライ・シュート】ッ!」


 神力を練り上げたラギが右脚で回し蹴りを放ち――分裂。

 いや、本当に脚が増えた訳ではないが、そう見えるほどの速さ。

 下段と中段、上段を同時に蹴り抜かれた兵士は、凄まじい速度で吹き飛び、多くの王国軍を巻き添えに失神した。

 久しぶりにラギのスキルを見たガレンは、愉快そうに笑声を上げる。


「くく、相変わらず足癖が悪いな」

「ふん、足だけじゃねぇぜ? 【チャリオット・ラッシュ】ッ!」


 今度は左右の拳が、無数に分裂したかのように繰り出される。

 全身を滅多打ちにされた兵士はピクピクと痙攣し、その場に崩れ落ちた。

 その様を見たガレンは苦笑をこぼし、呆れたように言ってのける。


「お前のスキルは、単体特化過ぎんだよ。 こう言う場面で使ってどうすんだ。 普通にぶちのめした方が速いだろうが」

「う、うるせぇな! そう言うテメェこそ、大人しいんじゃねぇか?」

「ぬかせ。 俺もやっと、体が温まって来たとこだっての。 ミランダ、マーレ! 追加で頼むぜ!」

「は~い、ガレン様~。 彼の者に疾風の加護を与えよ~――【敏捷増幅】~」

「存分にお使い下さい。 彼の者に無尽の加護を与えよ――【体力増幅】」


 安全地帯で戦況を窺っていたミランダとマーレから、更なる加護がガレンにもたらされる。

 そのことを確認した彼は獰猛な笑みを浮かべ――消えた。

 そう思うほどの速度で駆け出したガレンが、これまでと比べ物にならない暴力を撒き散らす。

 王国軍からすれば悪夢でしかなく、同じ人間とは思えないだろう。

 【攻撃増幅】と【防御増幅】によって強大な力を手に入れていたところに、【敏捷増幅】と【体力増幅】で途轍もないスピードと底なしのスタミナも追加された。

 腑抜けた兵士たちに止められる要素はなく、秒単位で意識を断ち切られている。

 思わず立ち止まって眺めていたラギは、心底嫌そうに呟いた。


「今のテメェとは、絶対やり合いたくねぇな……」

「こっちはいつでも相手になってやるぜ?」

「馬鹿野郎! 3対1は卑怯だろーがッ!」

「くく、俺たちは3人で1つなんだよ。 なぁ、ミランダ、マーレ?」

「その通りです~」

「わたしたちは、常にともにあります」

「だってよ。 わかったか?」

「くッ……! 独り身の俺に対する当て付けか!? そうなんだな!?」

「うるせぇな。 悔しかったらお前も女の1人や2人、作れば良いじゃねぇか」

「出来るならとっくに作ってるってのッ!」


 ガレンの言葉に涙目のラギ。

 2人の個人としての実力は拮抗しているが、ビジュアル的には大差がある。

 そのことを自覚しているラギは尚も喚こうとしていたが、そこに冷たい声が割り込んだ。


「お2人とも、ふざけていないで戦って下さい。 敵はまだ残っています」

「お、おう。 すまねぇ」

「くく……まるで別人じゃねぇか、『剣の妖精』」


 アリアに窘められたラギは素直に謝り、ガレンは興味深そうに笑っている。

 それに対してアリアは答えず、すぐに戦場に戻った。

 打撃、蹴撃、投げ技、絞め技、ときには下着を見せ付ける色仕掛け。

 使えるものは何でも使う。

 ガレンの言うように、通常時とはまるで別人。

 もっとも、戦いになれば冷酷に見えるアリアだが、二重人格などではない。

 要するに、彼女の優しい心と気弱な性格はそのままだと言うこと。

 それでもアリアは、自分の大事な人たちの為に戦い続ける。

 人を殺すことも、躊躇わない。

 普通の人間なら心が壊れそうな負担を抱えながら、決して信条を曲げない強さ。

 アリアの本当に凄いところは、それかもしれない。


「ふッ……!」

「が……!?」


 背後から首筋に振り下ろされる、鋭い手刀。

 何が起きたかもわからず気を失った兵士を捨て置き、アリアは次なるターゲットに向かう。

 冷たい表情の下で、心を痛めながら敵を仕留め続ける彼女は、シオンとの訓練を思い出していた。

 教わった体術や戦法を駆使していると、彼に守られているように感じる。

 シオンへの想いと仲間たちを守る決意を胸に、自身を奮い立たせるアリア。

 新魔道具の力と己の魔法の実力を、存分に披露するリルム。

 【浄罪の祈り】を用いて、精神のみを斬り裂くサーシャ。

 ハイレベルな体術で、敵を寄せ付けないラギ。

 ミランダとマーレの援護を受けて、手の付けられないガレン。

 彼女たちによって、遂に――


「駄目だ! もうやってられっかッ!」

「お、おい! ボアレロ様に殺されるぞ!?」

「知るか! 俺は前から嫌だったんだ!」

「そんなこと言ったら、俺だって!」

「くそ! こうなったら、逃げられるだけ逃げてやるッ!」


 無限と思われた王国軍が、瓦解する。

 リルムたちが、ボアレロへの恐怖心すら上回った瞬間だ。

 蜘蛛の子を散らすように撤退する兵士たち。

 それを見届けたリルムたちは、一呼吸置いてから門の入口に集まった。

 結果的には完勝と言って差し支えないが、ガレンたちとラギが来なかったらどうなっていたかわからない。

 そのことはリルムもわかっていながら、素直に感謝を伝えることはしなかった。


「まったく、来るのが遅いのよ」

「リルムちゃん、助けてもらってそれはないんじゃない? え、えぇと……有難うございました……」

「サーシャ様、まだ男性が怖いんですね……。 わたしも得意じゃないですけど……」

「ははは! まぁ、何にせよ無事に終わって良かったぜ。 なぁ、ガレン?」

「まぁな。 ミランダとマーレも、ご苦労だった。 今日は特に疲れただろ?」

「いいえ~。 ガレン様の為なら~、へっちゃらです~」

「ミランダの言う通りです。 わたしたちは、ガレン様の為に存在するのですから」

「それでこそ、俺の女たちだ。 今夜は思い切り愛してやるぜ」

「わ~、楽しみです~」

「ミランダ、あとで順番を決めましょう」


 ミランダとマーレを抱き寄せて、それぞれの頬に口付けするガレン。

 その姿をラギは羨ましそうに見ていたが、1つ咳払いして話を変えた。


「それで、これからどうする? ボアレロのところに行くか、反乱軍のフォローに回るか」

「王国軍が撤退したからな、街の方が混乱するかもしれねぇ。 取り敢えずそっちじゃねぇか?」

「じゃあ、オジサンたちはそっちをお願いね。 あたしはシオンを手伝いに行くから」

「あ、リルムちゃんズルい。 それなら、わたしだって行くわ」

「サ、サーシャ様も抜け駆けしないで下さい。 勿論、わたしもご一緒します」

「くく、相変わらずシオンも愛されてんな。 良いぜ、こっちは任せろよ。 良いだろ、ラギ?」

「ちッ! どいつもこいつも、モテやがって。 少しは俺にも分けろってんだ」

「あたしはオジサン、悪い人じゃないと思うわよ。 あとは、その見た目をなんとかしたら大丈夫じゃない? 怖いし」

「うるせぇッ! サッサと行け、小娘ども!」

「ひ……!? で、では、お言葉に甘えます……。 い、行きましょう、2人とも」

「サーシャ様、必死ですね……。 ガレン様、ラギ様、失礼します」

「じゃーね。 生きてたら、また会いましょ」


 リルムに慰めるように背中をポンポンとされたラギは、振り解きながら怒鳴った。

 尚、目尻には光るものが浮かんでいる。

 怯えたサーシャに促されたアリアとリルムも続き、少女たちは王宮に入って行った。

 それを見送ったガレンは項垂れるラギの肩を抱き、ニヤリを笑って告げる。


「俺もお前は悪い奴じゃねぇと思うぜ?」

「うっせぇッ! 行くぞ馬鹿野郎!」


 腕で涙をゴシゴシと拭いながら、大股で歩み出すラギ。

 それを見て苦笑を浮かべたガレンは肩をすくめ、ミランダとマーレを引き連れて付いて行く。

 このあと反乱軍に加勢した2人は大活躍し、特にラギは憂さ晴らしをするように兵士たちを叩きのめした。

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