第20話 美少年魔族襲来
街に出ると、既にパニック状態だった。
賭博にのめり込んでいた王国軍たちも大慌てだが、それは迎撃に備えているんじゃなくて逃げる為。
敵が迫っているのは南にもかかわらず、少しでも離れようと北に向かっている。
魔族が相手となれば恐れを抱いてもおかしくないとは言え、あまりにも無様と言わざるを得ない。
奴隷商らしき人物も自分の命が最優先なのか、奴隷たちを放置して我先にと逃げている。
まぁ、邪魔されるよりはサッサと消えてくれた方がマシか。
そう考えた途端、早速とばかりに問題が起こった。
「どけ、クソガキ!」
「きゃ……!」
「リリー!」
奴隷らしき少女を突き飛ばして逃げる兵士。
それだけでも恥ずべき行為だが、少女が転がった先に馬車が駆け込んだ。
しかし兵士は目もくれず、代わりに一緒にいた少年が助けに入った。
もっとも、子どもに止められるとは思えない。
このままでは、2人とも轢かれてしまうだろう。
そう判断した僕は、すぐさま少女たちを助け出そうとして――
「まったく、手が掛かるわね」
既に動き出していたルナが、2人を抱き抱えてその場から脱した。
何が起きたのかわからないようで、彼女たちは目を丸くしていたが、ルナは気にせず言い放つ。
「力もないのに、無駄なことをしないで。 死体が増えるだけよ」
「な、何だと!?」
「あら、怒った? でも事実よ。 あのままなら、確実に2人とも死んでいたわ。 違うかしら?」
「そ、それは……」
「本当に守りたいものがあるなら、強くなりなさい。 その為には、今の自分の弱さを受け入れることも大事よ」
「……わかったよ」
ルナに説教された少年は、悔しそうに項垂れた。
そんな彼を少女は不安そうに見つめ、袖を掴んでいる。
子ども相手に厳しいと思わなくもないが、ルナが言っていることは間違っていない。
それゆえに姫様たちもフォローし難いようで、気まずい静寂が辺りを包んでいたが――
「まぁ、でも、逃げ惑っている王国軍よりはマシね。 その勇気だけは認めてあげる」
「ほ、本当……?」
「えぇ。 ただし、力が足りていないのは確かよ。 だから背伸びしないで、今の自分に出来ることをしなさい」
「今の俺に……」
「この路地を西に300メトルほど進んでから北に向かえば、比較的安全に逃げられるわ。 その子を守りたいなら、貴方が連れて行ってあげなさい」
「わ、わかった! 有難う、姉ちゃん! 行くぞ、リリー!」
「う、うん! 有難う、お姉ちゃん!」
感謝を告げた2人は、手を繋いで路地裏に入って行った。
【転円神域】で調べたが、確かにルナの言ったルートなら、彼らだけでも無事に逃げられそうだ。
そのことに感心した僕と嬉しそうな姫様、アリア、サーシャ姉さん。
そして――
「あんた……本当に変わったわね」
真面目な顔のリルム。
怪訝そうなルナだが、特に触れることはなく口を開いた。
「別に、大したことではないわ。 それより行くわよ、時間がないのでしょう?」
「そうね、行きましょ。 ……あたしも、少しは変わらないとね」
リルムの呟きは、僕以外には聞こえなかったらしい。
だが、彼女が何かしらの決意をしたことを悟った僕は、南に向かいながら黙って頭を撫でた。
いきなりのことでリルムは驚いていたが、敢えて何も言わずに足を動かし続ける。
そうしてフランムを出ると、誰もいない状態だった。
静かな砂漠が広がっており、人っ子一人すら見当たらない。
予想通りではあったが、本当に王国軍はフランムを守る気がないんだろうか。
呆れと戸惑いが綯い交ぜになった感情を抱いていた僕は、すぐに意識を切り替えて告げる。
「魔族の相手は僕がするので、姫様たちはサンド・ワームを頼みます。 強さは問題じゃないですが、数の多さはそれだけで脅威です。 決して油断しないように」
一方的に指示を出した僕は、すぐさま双剣を生成して魔族の反応を探ったが、少女たちはそれを良しとしなかった。
「待って下さい、シオンさん。 魔族は、わたしたちが倒します」
「姫様……しかし……」
「言っておくけど、あたしは譲らないわよ。 最低1人は任せてもらうから」
「わたしも、いつもお兄……シオン様に守られてばかりじゃいられませんから」
姫様たちの思いを知っても尚、僕は首を縦には触れなかった。
どの程度の力を持った魔族かわからないが、強敵なことに違いはないはず。
だからこそ安全を優先した僕に向かって、ルナが鋭い声を発した。
「言ったでしょう、シオン。 与えてばかりではいけないのよ。 ときには、自分たちで達成させることも大事なの」
「ルナ……。 わかりました、姫様。 リルムとアリアも、くれぐれも気を付けてくれ。 ただし、少しでも危険を感じたら手を出すぞ。 姫様も、それで良いですね?」
「わかりました。 リルムさん、アリア、よろしくお願いします」
「オッケーよ」
「頑張ります……!」
闘志を滾らせる姫様たちに対して僕は不安を捨て切れなかったが、サーシャ姉さんに頭を撫でられて振り向いた。
すると彼女は、苦笑を浮かべながら口を開く。
「大丈夫よ、シオンくん。 ソフィア姫たちは、きっと無事に帰って来るから」
「……そうだな」
「もう、疑ってるわね? そりゃ、わたしは戦闘の素人だけど、あの子たちがシオンくんを悲しませないことはわかるわ。 だから、シオンくんは自分のことに集中して?」
「……わかった。 サーシャ姉さんのことは僕が守るから、スキルでの援護を期待する」
「えぇ、任せて。 絶対、役に立ってみせるから」
勇気付けてくれたサーシャ姉さんと、微笑を交換する。
僕の状態が問題ないと思ったのか、姫様たちもホッとしていた。
そのとき――
「やれやれ、まさかこのタイミングで『輝光』どもがフランムにいるとはな」
「ホント、ついてねぇなぁ。 でも、やるしかないっしょ!」
「お前はお気楽で良いな、スール……。 だが、やるしかないことには同意する」
3人の魔族が姿を現した。
全員美少年と言って差し支えないが、そんなことは関係ない。
問題は、それぞれからレリウスに近い実力を感じること。
奴ほどじゃないが、それでも充分に手強い相手。
今からでも姫様たちと交代したいところだが、彼女たちが退くことはなかった。
「その言い方だと、わたしたちを狙って来た訳ではないように聞こえますね。 貴方たちの目的は、フランムを落とすことですか?」
「そうだ……と言っておけば満足か、『輝光』? ちなみに、わたしの名前はノイムだ」
「ふん、ご丁寧にどーも。 何にせよ、ろくでもないことを考えてんでしょ?」
「決め付けは良くねぇぞ、『攻魔士』ー? 俺たちだって、いろいろ考えてるんだからな? あ、俺はスールってんだ、よろしくな!」
「魔族の間では、敵に自己紹介するのが普通なのかしら? 名前なんかより、その考えとやらを聞かせて欲しいのだけれど?」
「それは無理な相談だ、『殺影』。 ただ、僕たちが敵に名乗るのは、自分を殺す相手の名前を知らないのは不憫だと考えているからだ。 そして、僕の名前はクロト。 短い間だろうが、覚えておけ」
「ノイム、スール、クロト……覚えました。 ですがそれは、あくまでも情報としてです。 わたしたちは負けません」
「ほほう。 小っちゃいくせに言ってくれるじゃん、『剣技士』。 そんじゃ、そろそろ始めっか!」
「そうだな、スール。 ここで時間を掛ける訳には行かない。 クロトも、準備は良いな?」
「当然だ、ノイム。 ……行くぞ」
瞬間、3人の魔族から爆発的な魔力が溢れ出す。
ノイムは優雅な所作で、スールは勝気な笑みで、クロトは木の杖を構えて。
それを見た姫様とリルム、アリアも目配せし、同時に神力を練り上げた。
全員、単純な力だけなら互角……いや、姫様だけは抜きん出ている。
それでも相手の能力次第では、覆されてしまいかねない。
再び不安感に襲われそうになった僕だが、そんな時間は与えられなかった。
「キシャァァァ!!!」
ノイムたちの背後から津波のような勢いで、サンド・ワームが押し寄せて来た。
怖気が走りそうな光景だが、僕は表情1つ変えずに直剣を突き付け、平坦な声で魔法を唱える。
「【閃雷】」
直線状のサンド・ワームが貫かれて塵となり――
「【固】」
雷剣によって、広範囲の敵が斬り払われた。
一瞬だけサンド・ワームの波が途切れたが、すぐに後続が穴を埋める。
あわよくばとノイムたちも狙ったが、あっさりと逃げられてしまった。
これは、消耗戦になるかもしれない。
そう考えながらも焦りはなく、背後のサーシャ姉さんに声を掛けた。
「1体も通さないと約束する。 だからサーシャ姉さんは、全力でスキルを使ってくれ」
「わ、わかったわ」
僅かに硬くなっていたサーシャ姉さんだが、深呼吸をして落ち着きを取り戻したらしく、スムーズに神力を溜め始める。
その一方で姫様たちやルナも戦闘を開始しており、一気に砂漠がヒートアップした。
タフな戦いになりそうだが、信じるしかない。
彼女たちが、強敵を打破することを。




