第19話 謁見
オアシスの町を発って数日、僕たちはいよいよフランムの地に足を着けた。
炎塊石の効果が働いているらしく、敷地内は外より明らかに涼しい。
規模はアリエスと同等ながら、雰囲気は全く違う。
砂利を敷き詰めた通りに、石を積み上げて造られた建物。
風が吹けば砂埃が舞い、あちらこちらに物が散乱している。
活気のある……いや、最早怒号と言えるような声が方々から轟いており、何事かと思えば多くの賭場が開かれていた。
ガレンが賭博は合法だと言っていたが、真っ昼間から堂々と行われているとは思っていなかったな。
参加者のほとんどが王国軍で、まともに働いている者など見受けられない。
一方で奴隷は虐げられており、サレリアと同じかそれ以上に酷い扱いを受けている。
そのことを許せないと思いつつ、憤怒の心は胸の内に収めた。
姫様とアリア、サーシャ姉さんも同じ思いのようで、リルムはただただ不機嫌。
ルナは思うことがあるだろうが、落ち着いているように見える。
ちなみに彼女たちとは、ガレンからもたらされた情報を共有している。
反応は様々だったが、オアシスの町を守る方針に反対する者はいない。
そして余談だが、コンテストの優勝者は同率で5人……ではなく、6人だった。
敢えて誰とは言わないが、まぁ、そう言うことだ。
本来なら名誉なことだとしても、僕にとってはいらない称号。
姫様たちは姫様たちで、何とも言い難い表情をしていた。
唯一、ガレンだけは大いに喜んでいたな。
それは過去のこととして、今の状況に話を戻そう。
兵士たちが不真面目なお陰で、フランムに入るところまではすんなり来たが、問題はここからだ。
いくら姫様がいるとは言え、ボアレロ国王が要求を受け入れるとは限らない。
それ以前に、会ってもらえない可能性すらある。
流石に門前払いにはしないにしろ、何かしら理由を付けて待たされるのは覚悟しなければ。
オアシスの町を守る為には、早急に話を付ける必要があると考えた僕たちは、真っ直ぐに王宮を目指した。
砂利を踏み締めながら、ろくに掃除もされていない道を歩く。
多くの物乞いから縋るような目を向けられたが、何もしなくても目立つ僕たちが、余計に目立つ真似は避けなければならない。
歯を食い縛って視線を合わせず、路地裏で野垂れ死んで虫にたかられている亡骸を見ても、止まることはなかった。
姫様たちも必死に気持ちを押し殺しているようで、アリアとサーシャ姉さんなどは涙を浮かべている。
やがて見えて来たのは、フランムの王宮。
だが――
「……悪趣味ね」
吐き捨てるように言い放ったリルムの言葉は、僕らの思いを代弁していたと思う。
全体が金色に輝いており、過剰なほど飾られた宝石類。
無駄の極みとでも言うべき様相に、はっきり言って国王に殺意が湧いた。
こんなことをするくらいなら、少しは国民に還元しろ。
声を大にして言いたいが、辛うじて堪えた僕は姫様に頼み込んだ。
「お願いします、姫様」
「わかっています」
内心に激情を宿した様子の姫様が、王宮の門番に近付いて行く。
流石にここの守りには本腰を入れているようで、すぐさま警戒心を剝き出しにして来た。
「止まれ! ここは炎王国フランムの王宮だぞ!」
「用がないなら、直ちに立ち去れ!」
かなり高圧的な門番に対して姫様は1歩も退かず、落ち着くように深呼吸してから口を開いた。
「わたしは聖王国グレイセスの姫であり『輝光』でもある、ソフィア=グレイセスです。 本日は、炎王国フランムの国王様に謁見したく参りました」
「ソ、ソフィア=グレイセスだと……!?」
「ほ、本物か!?」
「疑うのなら、これを見て下さい」
そう言って長槍と大盾を生成した姫様は、力強く構えた。
門番に対して殺気を放っており、これは彼女なりの意趣返しに思える。
しかし、証明の手段としては効果的。
どれだけの言葉を並べるより、『輝光』の武装と、このレベルの殺気を示す方が早いだろう。
事実として門番たちは完全に腰が引けており、大慌てで口を開いた。
「わ、わかりました! 認めます! す、すぐに確認して来るので、ここでお待ち下さい!」
「わかりました、出来る限り早くお願いします」
「は、はい!」
転ぶような勢いで走り出す門番たち。
どうでも良いが、どちらかは残った方が良かったんじゃないか?
などと考えていると、溜息をついた姫様が帰って来た。
「本当に、フランムの王国軍は駄目ですね」
「ソ、ソフィア様、そんなにはっきり言わなくても……」
「あら、破廉恥メイドだって同意見じゃないの?」
「わ、わたしはその……」
「はいはい、アリアちゃんをいじめないの。 ルナちゃんこそ、どう思ってるのよ?」
「別にいじめていないわよ、淫乱シスター。 わたしは、どの王国軍も駄目だと思っているわ。 本気で守る気があるなら、もっと必死に強くなるべきね」
「へぇ。 あんたが王国の心配をするなんて、すっかり優しくなったじゃない」
「……別に心配なんてしていないわよ、痴女レッド。 ただ、見ていてイライラするだけ」
「もう、照れなくたって良いじゃない。 素直に守りたいって言っちゃいなさいよ、ゴスロリ」
「どうやら貴女には、人語を理解することが出来ないようね。 あぁ、痴女行為で頭がいっぱいなのかしら」
「誰がよ!? 人が折角、優しく言ってやってるのに!」
「頼んだ覚えはないわ」
「む~!」
冷たい眼差しのルナと、頬を膨らませるリルム。
リルムの言い方が優しかったかどうかは議論の余地があるが、今はそんな場合じゃない。
アリアとサーシャ姉さんから困った目で見られた僕は、嘆息してから割って入った。
「そこまでにしてくれ。 ここは敵地……とはまだ言えないが、そうなる可能性がある場所だ。 気を引き締めろ」
「……わかっているわ」
「なんか納得出来ない!」
2人とも不完全燃焼のようだが、取り敢えず矛を収めてくれた。
アリアとサーシャ姉さんは感心したように小さく拍手しており、姫様は苦笑をこぼしている。
なんとか場を持ち直すことには成功したものの、まだ何も始まってすらいない。
それから10分ほど経っても門番が帰って来ることはなく、やはり駄目なのかと思いそうになった、そのとき――
「よう、お前らが『輝光』とその仲間か?」
姿を現したのは、半裸にフード付きの服を羽織った男性。
かなりラフな出で立ちだが、感じる力は途轍もなく強い。
神力を感じるので、聖痕者。
しかし、何だこの違和感は?
今までにない気持ち悪さを感じながら、僕は姫様に視線を移した。
すると彼女は1つ頷き、凛とした面持ちで答えを返す。
「はい、その通りです。 失礼ですが、貴方は?」
「ん? あぁ、俺はボアレロ。 お前らが会いたがってた、フランムの国王だ」
「……失礼致しました。 まさか、国王様が直々に出迎えて下さるとは、考えていなかったもので」
「まぁ、普通はそうかもな。 だが、あいつらに任せてたらチンタラしそうでよ。 自分で会いに来たんだ」
「それでは、わたしたちの話を聞いて頂けるのですか?」
「別に良いぜ、暇だし。 ほら、案内してやるから付いて来いよ」
「……かしこまりました」
踵を返して歩き出す、ボアレロ国王。
これは、僕たちにとって願ってもない展開。
それにもかかわらず、喜ぶ気にはなれなかった。
理由の1つは、ボアレロ国王が決して善人には思えないこと。
そして、もう1つは――
「国王様」
「何だ?」
「ここにいた門番たちは、どうしたんですか?」
僕の問い掛けを受けたボアレロ国王は、足を止めることもなく、肩越しに振り向いて淡々と告げた。
「殺した。 それがどうかしたか?」
「な……!? ど、どうして……」
「どうしてと言われてもな。 なんとなく? 敢えて言うなら、報告してるときの態度が気に入らなかったのかもな」
「そんな理由で……」
「別に良いだろ、そんなこと。 それより行こうぜ。 お前らの話に興味があるからな」
ニヤリと笑ったボアレロ国王は、マイペースに前を歩く。
驚愕したサーシャ姉さんと、信じられない様子のアリアを筆頭に、僕たちは衝撃を受けていた。
これほどまでに、人の命を軽く扱うのかと。
ボアレロ国王から感じた死の残り香。
気のせいであって欲しかったが、間違いなかったらしい。
姫様たちも文句を言いたそうだったものの、なんとか言葉を飲み込んでくれている。
王宮内も装飾過多で、嫌悪感を抱くほどだ。
どこまで無駄遣いするつもりなのかと、怒りを通り越して呆れ始めている。
もっとも、フランム……いや、熱砂の大陸の人々にとっては、それで済ませられる話じゃない。
内心で僕が気を持ち直していると、開けた空間に到着した。
そこには、これまでの贅沢が可愛く思えるほど、金銀財宝が溢れ返っている。
湧き上がりつつあった怒りを鎮めた僕の視線の先で、ボアレロ国王は階段を上って王座に座った。
その左右には2人の人物が立っており、ガレンから聞いた側近だと思われる。
そして、彼らからも神力を感じるので、聖痕者なんだろうが……気持ち悪い。
ボアレロ国王もそうだが、何なんだこの感覚は?
表情には出していないとは言え、気分的には最悪。
姫様たちの顔付きは一様に硬かったが、ボアレロ国王は意に返すこともなく、僕たちを見下ろして口を開いた。
「どうだ、スゲェだろ? 集めるのに苦労したんだぜ?」
「……そうですね」
「何だよ、つまんねぇ反応だな。 まぁ、良いか。 で、俺に話ってのは何だよ?」
姫様の冷たい態度も大して気にせず、単刀直入に尋ねて来るボアレロ国王。
いきなりではあるが、こちらとしてもその方が有難い。
胸に手を当てて小さく息を吐いた姫様は、強い意志を込めた瞳でボアレロ国王を見つめて、言葉を紡いだ。
「国王様に、お願いがあります」
「お願い?」
「はい。 どうか、奴隷たちの扱いを改善して頂けませんか? 奴隷と言う身分そのものを、なくせとは申しません。 ですが、もう少し人間らしく生きられる環境を、作って頂きたいのです。 それともう1つ、オアシスの町への侵攻を止めて頂けませんか? あの町に希望を持っている者は、少なくありません。 何卒、そう言った者たちの声に、耳を傾けて頂きたいのです」
駆け引きも何もない、真っ向勝負。
馬鹿正直過ぎる気もするが、これが姫様の持ち味。
不純物がないがゆえに、相手に響く。
ボアレロ国王も何やら考え込んでおり、無言の時間が続いた。
これは、もしかして可能性があるのか……?
そんな思いを抱いた僕だが――
「どう思う、グレビー?」
「奴隷の扱いの改善と、オアシスへの侵攻を止める……ですか。 どちらも、可能ではあります」
「だな。 奴隷どもに、ちょっとくらい良い暮らしをさせてやるのは簡単だし、炎塊石も必須って訳じゃねぇ。 レイヌは?」
「そうですねぇ。 わたしも、別に問題ないと思いますよぉ」
「では……!」
「だが却下だ、『輝光』」
儚い幻想だった。
喜びの声を上げた姫様を、バッサリと切り捨てるボアレロ国王。
その顔には邪悪な笑みが張り付いており、初めから断るつもりだったと察せられる。
そのことは姫様にも伝わったようだが、彼女はそれでも諦めない。
「何故ですか?」
「メンドクセェからな。 今の制度を決めるのだって、結構大変だったんだぜ? ゴミどもを生かさず殺さず、ギリギリのところで留めるにはどうすれば良いかってな。 炎塊石も、必須じゃなくても金になる」
「ゴミ……貴方は、国民をそのように思っているのですか? 国民の為に最善を尽くすのが、国王の義務ではないのですか?」
「そいつは見解の相違だな。 俺にとってゴミどもは、搾取する相手だ。 あいつらの為に働くなんざ、まっぴらごめんだぜ」
「貴方と言う人は……!」
感情を爆発させた姫様が、神力を練り上げる。
膨大なエネルギーが可視化され、渦を巻いていた。
今にも戦闘モードに入りそうだったが、寸前のところで止める。
「落ち着いて下さい、姫様」
「……ッ! シオンさん、ですが……」
「気持ちはわかります。 それでも、ここで戦端を開くのは得策とは言えません。 場合によっては、グレイセスとフランムの全面戦争になってしまいます」
「……すみません」
「謝る必要はありません。 むしろ、姫様の気高さを僕は素晴らしく思います」
「あ、有難うございます……」
しょんぼりとした姫様の頭を撫でると、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
他の少女たちは若干不満そうだったが、この場で文句を言うことはない。
そんな僕たちを、ボアレロ国王は見下すように笑っていたかと思えば、楽し気に言い放つ。
「まぁ、お前たちの考えはわかった。 俺とは相容れねぇが、条件次第で聞いてやっても良いぜ」
「……その条件とは、何ですか?」
ボアレロ国王の言葉に姫様は警戒を露にし、僕やリルムたちもそれは同じ。
とは言え、千載一遇のチャンスなのも確か。
少々の無茶なら受け入れるつもりでいた、そのとき――
「ボ、ボアレロ様、大変です!」
血相を変えた兵士が、転がり込むように走って来た。
何事かと思った僕たちが振り向く一方で、ボアレロ国王は怠そうに聞き返す。
「何だよ、良いところに。 つまんねぇことだったら、殺すからな?」
「ひ!? も、申し訳ありません! ですが、一大事でして……」
「わかったから、早く言えよ。 ホントに殺すぞ?」
「か、かしこまりました! 報告します! フランム南方より、サンド・ワームの大群が接近中です! 更に、魔族の姿も確認しました! 数は3人です!」
「……で?」
「は……?」
「だから何だってんだ?」
「で、ですから、撃退する為の指揮を――」
瞬間、兵士を黒い炎が包み込む。
それを見たリルムは、鋭く目を細めた。
恐らく『攻魔士』として、ボアレロ国王の実力の高さを悟ったのだろう。
それに対して姫様やアリア、サーシャ姉さんは唖然としており、ルナはいつでも戦えるように備えていた。
だが、ボアレロ国王にこちらと敵対する意思はないようで、何事もなかったかのように口を開く。
「悪い、邪魔が入った。 そんで条件だが……」
「ま、待って下さい! い、今はそれでころじゃないのでは!? モンスターと魔族が、攻めて来てるんですよね!?」
必死に訴えるサーシャ姉さん。
しかし、ボアレロ国王は揺るがない。
「放っておけよ。 ゴミどもが、適当に相手するだろ」
「魔族を舐めてるの? そんな適当で、勝てる相手じゃないわ」
「別に勝とうなんて思ってないぜ? ゴミどもが何人犠牲になろうが、最終的に帰ってくれりゃ良いんだよ」
「そ、そんな……酷いです……」
「何が酷いんだ? お前らは国王が国民の為に働けとか言うけどな、それなら国民は国の為に働けってなるじゃねぇか」
怒りを隠そうともしないリルムと悲し気なアリアを見ても、ボアレロ国王はボアレロ国王のままだ。
ここで問答をしても仕方がないと思った僕は、この場を辞そうとして――先にルナが動く。
そのことに姫様たちは驚いていたが、彼女は平然と言い放った。
「何をしているの。 モタモタしていたら手遅れになるわよ、痴女姫」
「ルナさん……。 そうですね、行きましょう」
「ホント、素直じゃないわよね」
「リルム様も、似たようなものだと思いますけど……」
「あ、あたしはスーパー素直よ、メイドちゃん!」
「スーパー素直って何よ。 でも、わたしも頑張らないとね」
「サーシャさんは、サポートに徹して下さい。 はっきり言って、今の貴女に魔族は荷が重いです」
「悔しいですが、その通りですね……。 わかりましたソフィア姫、わたしに出来ることを精一杯します」
「有難うございます、頼りにしていますよ」
やる気を滾らせた少女たちを見て、僕は微笑を浮かべた。
フランムに対して良い印象を持っていないはずだが、それでも戦うことに迷いがない。
リルムは魔族に対する憎悪が強いとしても、それだけじゃないと思う。
彼女たちを順に見渡した僕はボアレロ国王に目を移し、決然と宣言した。
「僕たちは迎撃に当たります。 条件とやらは、後ほど聞かせて下さい」
「別に良いぜ。 まぁ、お前らが生きて帰って来れるか知らねぇけどな」
「帰って来ます。 必ず」
「そうかよ、精々頑張るんだな」
最後まで薄ら笑いを止めなかったボアレロ国王から視線を切って、僕たちは王宮をあとにする。
背中に不気味な視線を感じたが、振り返ることはしなかった。




