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【第3章完結】白雷の聖痕者  作者: YY
第3章

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第19話 謁見

 オアシスの町を発って数日、僕たちはいよいよフランムの地に足を着けた。

 炎塊石の効果が働いているらしく、敷地内は外より明らかに涼しい。

 規模はアリエスと同等ながら、雰囲気は全く違う。

 砂利を敷き詰めた通りに、石を積み上げて造られた建物。

 風が吹けば砂埃が舞い、あちらこちらに物が散乱している。

 活気のある……いや、最早怒号と言えるような声が方々から轟いており、何事かと思えば多くの賭場が開かれていた。

 ガレンが賭博は合法だと言っていたが、真っ昼間から堂々と行われているとは思っていなかったな。

 参加者のほとんどが王国軍で、まともに働いている者など見受けられない。

 一方で奴隷は虐げられており、サレリアと同じかそれ以上に酷い扱いを受けている。

 そのことを許せないと思いつつ、憤怒の心は胸の内に収めた。

 姫様とアリア、サーシャ姉さんも同じ思いのようで、リルムはただただ不機嫌。

 ルナは思うことがあるだろうが、落ち着いているように見える。

 ちなみに彼女たちとは、ガレンからもたらされた情報を共有している。

 反応は様々だったが、オアシスの町を守る方針に反対する者はいない。

 そして余談だが、コンテストの優勝者は同率で5人……ではなく、6人だった。

 敢えて誰とは言わないが、まぁ、そう言うことだ。

 本来なら名誉なことだとしても、僕にとってはいらない称号。

 姫様たちは姫様たちで、何とも言い難い表情をしていた。

 唯一、ガレンだけは大いに喜んでいたな。

 それは過去のこととして、今の状況に話を戻そう。

 兵士たちが不真面目なお陰で、フランムに入るところまではすんなり来たが、問題はここからだ。

 いくら姫様がいるとは言え、ボアレロ国王が要求を受け入れるとは限らない。

 それ以前に、会ってもらえない可能性すらある。

 流石に門前払いにはしないにしろ、何かしら理由を付けて待たされるのは覚悟しなければ。

 オアシスの町を守る為には、早急に話を付ける必要があると考えた僕たちは、真っ直ぐに王宮を目指した。

 砂利を踏み締めながら、ろくに掃除もされていない道を歩く。

 多くの物乞いから縋るような目を向けられたが、何もしなくても目立つ僕たちが、余計に目立つ真似は避けなければならない。

 歯を食い縛って視線を合わせず、路地裏で野垂れ死んで虫にたかられている亡骸を見ても、止まることはなかった。

 姫様たちも必死に気持ちを押し殺しているようで、アリアとサーシャ姉さんなどは涙を浮かべている。

 やがて見えて来たのは、フランムの王宮。

 だが――


「……悪趣味ね」


 吐き捨てるように言い放ったリルムの言葉は、僕らの思いを代弁していたと思う。

 全体が金色に輝いており、過剰なほど飾られた宝石類。

 無駄の極みとでも言うべき様相に、はっきり言って国王に殺意が湧いた。

 こんなことをするくらいなら、少しは国民に還元しろ。

 声を大にして言いたいが、辛うじて堪えた僕は姫様に頼み込んだ。


「お願いします、姫様」

「わかっています」


 内心に激情を宿した様子の姫様が、王宮の門番に近付いて行く。

 流石にここの守りには本腰を入れているようで、すぐさま警戒心を剝き出しにして来た。


「止まれ! ここは炎王国フランムの王宮だぞ!」

「用がないなら、直ちに立ち去れ!」


 かなり高圧的な門番に対して姫様は1歩も退かず、落ち着くように深呼吸してから口を開いた。


「わたしは聖王国グレイセスの姫であり『輝光』でもある、ソフィア=グレイセスです。 本日は、炎王国フランムの国王様に謁見したく参りました」

「ソ、ソフィア=グレイセスだと……!?」

「ほ、本物か!?」

「疑うのなら、これを見て下さい」


 そう言って長槍と大盾を生成した姫様は、力強く構えた。

 門番に対して殺気を放っており、これは彼女なりの意趣返しに思える。

 しかし、証明の手段としては効果的。

 どれだけの言葉を並べるより、『輝光』の武装と、このレベルの殺気を示す方が早いだろう。

 事実として門番たちは完全に腰が引けており、大慌てで口を開いた。


「わ、わかりました! 認めます! す、すぐに確認して来るので、ここでお待ち下さい!」

「わかりました、出来る限り早くお願いします」

「は、はい!」


 転ぶような勢いで走り出す門番たち。

 どうでも良いが、どちらかは残った方が良かったんじゃないか?

 などと考えていると、溜息をついた姫様が帰って来た。


「本当に、フランムの王国軍は駄目ですね」

「ソ、ソフィア様、そんなにはっきり言わなくても……」

「あら、破廉恥メイドだって同意見じゃないの?」

「わ、わたしはその……」

「はいはい、アリアちゃんをいじめないの。 ルナちゃんこそ、どう思ってるのよ?」

「別にいじめていないわよ、淫乱シスター。 わたしは、どの王国軍も駄目だと思っているわ。 本気で守る気があるなら、もっと必死に強くなるべきね」

「へぇ。 あんたが王国の心配をするなんて、すっかり優しくなったじゃない」

「……別に心配なんてしていないわよ、痴女レッド。 ただ、見ていてイライラするだけ」

「もう、照れなくたって良いじゃない。 素直に守りたいって言っちゃいなさいよ、ゴスロリ」

「どうやら貴女には、人語を理解することが出来ないようね。 あぁ、痴女行為で頭がいっぱいなのかしら」

「誰がよ!? 人が折角、優しく言ってやってるのに!」

「頼んだ覚えはないわ」

「む~!」


 冷たい眼差しのルナと、頬を膨らませるリルム。

 リルムの言い方が優しかったかどうかは議論の余地があるが、今はそんな場合じゃない。

 アリアとサーシャ姉さんから困った目で見られた僕は、嘆息してから割って入った。


「そこまでにしてくれ。 ここは敵地……とはまだ言えないが、そうなる可能性がある場所だ。 気を引き締めろ」

「……わかっているわ」

「なんか納得出来ない!」


 2人とも不完全燃焼のようだが、取り敢えず矛を収めてくれた。

 アリアとサーシャ姉さんは感心したように小さく拍手しており、姫様は苦笑をこぼしている。

 なんとか場を持ち直すことには成功したものの、まだ何も始まってすらいない。

 それから10分ほど経っても門番が帰って来ることはなく、やはり駄目なのかと思いそうになった、そのとき――


「よう、お前らが『輝光』とその仲間か?」


 姿を現したのは、半裸にフード付きの服を羽織った男性。

 かなりラフな出で立ちだが、感じる力は途轍もなく強い。

 神力を感じるので、聖痕者。

 しかし、何だこの違和感は?

 今までにない気持ち悪さを感じながら、僕は姫様に視線を移した。

 すると彼女は1つ頷き、凛とした面持ちで答えを返す。


「はい、その通りです。 失礼ですが、貴方は?」

「ん? あぁ、俺はボアレロ。 お前らが会いたがってた、フランムの国王だ」

「……失礼致しました。 まさか、国王様が直々に出迎えて下さるとは、考えていなかったもので」

「まぁ、普通はそうかもな。 だが、あいつらに任せてたらチンタラしそうでよ。 自分で会いに来たんだ」

「それでは、わたしたちの話を聞いて頂けるのですか?」

「別に良いぜ、暇だし。 ほら、案内してやるから付いて来いよ」

「……かしこまりました」


 踵を返して歩き出す、ボアレロ国王。

 これは、僕たちにとって願ってもない展開。

 それにもかかわらず、喜ぶ気にはなれなかった。

 理由の1つは、ボアレロ国王が決して善人には思えないこと。

 そして、もう1つは――


「国王様」

「何だ?」

「ここにいた門番たちは、どうしたんですか?」


 僕の問い掛けを受けたボアレロ国王は、足を止めることもなく、肩越しに振り向いて淡々と告げた。


「殺した。 それがどうかしたか?」

「な……!? ど、どうして……」

「どうしてと言われてもな。 なんとなく? 敢えて言うなら、報告してるときの態度が気に入らなかったのかもな」

「そんな理由で……」

「別に良いだろ、そんなこと。 それより行こうぜ。 お前らの話に興味があるからな」


 ニヤリと笑ったボアレロ国王は、マイペースに前を歩く。

 驚愕したサーシャ姉さんと、信じられない様子のアリアを筆頭に、僕たちは衝撃を受けていた。

 これほどまでに、人の命を軽く扱うのかと。

 ボアレロ国王から感じた死の残り香。

 気のせいであって欲しかったが、間違いなかったらしい。

 姫様たちも文句を言いたそうだったものの、なんとか言葉を飲み込んでくれている。

 王宮内も装飾過多で、嫌悪感を抱くほどだ。

 どこまで無駄遣いするつもりなのかと、怒りを通り越して呆れ始めている。

 もっとも、フランム……いや、熱砂の大陸の人々にとっては、それで済ませられる話じゃない。

 内心で僕が気を持ち直していると、開けた空間に到着した。

 そこには、これまでの贅沢が可愛く思えるほど、金銀財宝が溢れ返っている。

 湧き上がりつつあった怒りを鎮めた僕の視線の先で、ボアレロ国王は階段を上って王座に座った。

 その左右には2人の人物が立っており、ガレンから聞いた側近だと思われる。

 そして、彼らからも神力を感じるので、聖痕者なんだろうが……気持ち悪い。

 ボアレロ国王もそうだが、何なんだこの感覚は?

 表情には出していないとは言え、気分的には最悪。

 姫様たちの顔付きは一様に硬かったが、ボアレロ国王は意に返すこともなく、僕たちを見下ろして口を開いた。


「どうだ、スゲェだろ? 集めるのに苦労したんだぜ?」

「……そうですね」

「何だよ、つまんねぇ反応だな。 まぁ、良いか。 で、俺に話ってのは何だよ?」


 姫様の冷たい態度も大して気にせず、単刀直入に尋ねて来るボアレロ国王。

 いきなりではあるが、こちらとしてもその方が有難い。

 胸に手を当てて小さく息を吐いた姫様は、強い意志を込めた瞳でボアレロ国王を見つめて、言葉を紡いだ。


「国王様に、お願いがあります」

「お願い?」

「はい。 どうか、奴隷たちの扱いを改善して頂けませんか? 奴隷と言う身分そのものを、なくせとは申しません。 ですが、もう少し人間らしく生きられる環境を、作って頂きたいのです。 それともう1つ、オアシスの町への侵攻を止めて頂けませんか? あの町に希望を持っている者は、少なくありません。 何卒、そう言った者たちの声に、耳を傾けて頂きたいのです」


 駆け引きも何もない、真っ向勝負。

 馬鹿正直過ぎる気もするが、これが姫様の持ち味。

 不純物がないがゆえに、相手に響く。

 ボアレロ国王も何やら考え込んでおり、無言の時間が続いた。

 これは、もしかして可能性があるのか……?

 そんな思いを抱いた僕だが――


「どう思う、グレビー?」

「奴隷の扱いの改善と、オアシスへの侵攻を止める……ですか。 どちらも、可能ではあります」

「だな。 奴隷どもに、ちょっとくらい良い暮らしをさせてやるのは簡単だし、炎塊石も必須って訳じゃねぇ。 レイヌは?」

「そうですねぇ。 わたしも、別に問題ないと思いますよぉ」

「では……!」

「だが却下だ、『輝光』」


 儚い幻想だった。

 喜びの声を上げた姫様を、バッサリと切り捨てるボアレロ国王。

 その顔には邪悪な笑みが張り付いており、初めから断るつもりだったと察せられる。

 そのことは姫様にも伝わったようだが、彼女はそれでも諦めない。


「何故ですか?」

「メンドクセェからな。 今の制度を決めるのだって、結構大変だったんだぜ? ゴミどもを生かさず殺さず、ギリギリのところで留めるにはどうすれば良いかってな。 炎塊石も、必須じゃなくても金になる」

「ゴミ……貴方は、国民をそのように思っているのですか? 国民の為に最善を尽くすのが、国王の義務ではないのですか?」

「そいつは見解の相違だな。 俺にとってゴミどもは、搾取する相手だ。 あいつらの為に働くなんざ、まっぴらごめんだぜ」

「貴方と言う人は……!」


 感情を爆発させた姫様が、神力を練り上げる。

 膨大なエネルギーが可視化され、渦を巻いていた。

 今にも戦闘モードに入りそうだったが、寸前のところで止める。


「落ち着いて下さい、姫様」

「……ッ! シオンさん、ですが……」

「気持ちはわかります。 それでも、ここで戦端を開くのは得策とは言えません。 場合によっては、グレイセスとフランムの全面戦争になってしまいます」

「……すみません」

「謝る必要はありません。 むしろ、姫様の気高さを僕は素晴らしく思います」

「あ、有難うございます……」


 しょんぼりとした姫様の頭を撫でると、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 他の少女たちは若干不満そうだったが、この場で文句を言うことはない。

 そんな僕たちを、ボアレロ国王は見下すように笑っていたかと思えば、楽し気に言い放つ。


「まぁ、お前たちの考えはわかった。 俺とは相容れねぇが、条件次第で聞いてやっても良いぜ」

「……その条件とは、何ですか?」


 ボアレロ国王の言葉に姫様は警戒を露にし、僕やリルムたちもそれは同じ。

 とは言え、千載一遇のチャンスなのも確か。

 少々の無茶なら受け入れるつもりでいた、そのとき――


「ボ、ボアレロ様、大変です!」


 血相を変えた兵士が、転がり込むように走って来た。

 何事かと思った僕たちが振り向く一方で、ボアレロ国王は怠そうに聞き返す。


「何だよ、良いところに。 つまんねぇことだったら、殺すからな?」

「ひ!? も、申し訳ありません! ですが、一大事でして……」

「わかったから、早く言えよ。 ホントに殺すぞ?」

「か、かしこまりました! 報告します! フランム南方より、サンド・ワームの大群が接近中です! 更に、魔族の姿も確認しました! 数は3人です!」

「……で?」

「は……?」

「だから何だってんだ?」

「で、ですから、撃退する為の指揮を――」


 瞬間、兵士を黒い炎が包み込む。

 それを見たリルムは、鋭く目を細めた。

 恐らく『攻魔士』として、ボアレロ国王の実力の高さを悟ったのだろう。

 それに対して姫様やアリア、サーシャ姉さんは唖然としており、ルナはいつでも戦えるように備えていた。

 だが、ボアレロ国王にこちらと敵対する意思はないようで、何事もなかったかのように口を開く。


「悪い、邪魔が入った。 そんで条件だが……」

「ま、待って下さい! い、今はそれでころじゃないのでは!? モンスターと魔族が、攻めて来てるんですよね!?」


 必死に訴えるサーシャ姉さん。

 しかし、ボアレロ国王は揺るがない。


「放っておけよ。 ゴミどもが、適当に相手するだろ」

「魔族を舐めてるの? そんな適当で、勝てる相手じゃないわ」

「別に勝とうなんて思ってないぜ? ゴミどもが何人犠牲になろうが、最終的に帰ってくれりゃ良いんだよ」

「そ、そんな……酷いです……」

「何が酷いんだ? お前らは国王が国民の為に働けとか言うけどな、それなら国民は国の為に働けってなるじゃねぇか」


 怒りを隠そうともしないリルムと悲し気なアリアを見ても、ボアレロ国王はボアレロ国王のままだ。

 ここで問答をしても仕方がないと思った僕は、この場を辞そうとして――先にルナが動く。

 そのことに姫様たちは驚いていたが、彼女は平然と言い放った。


「何をしているの。 モタモタしていたら手遅れになるわよ、痴女姫」

「ルナさん……。 そうですね、行きましょう」

「ホント、素直じゃないわよね」

「リルム様も、似たようなものだと思いますけど……」

「あ、あたしはスーパー素直よ、メイドちゃん!」

「スーパー素直って何よ。 でも、わたしも頑張らないとね」

「サーシャさんは、サポートに徹して下さい。 はっきり言って、今の貴女に魔族は荷が重いです」

「悔しいですが、その通りですね……。 わかりましたソフィア姫、わたしに出来ることを精一杯します」

「有難うございます、頼りにしていますよ」


 やる気を滾らせた少女たちを見て、僕は微笑を浮かべた。

 フランムに対して良い印象を持っていないはずだが、それでも戦うことに迷いがない。

 リルムは魔族に対する憎悪が強いとしても、それだけじゃないと思う。

 彼女たちを順に見渡した僕はボアレロ国王に目を移し、決然と宣言した。


「僕たちは迎撃に当たります。 条件とやらは、後ほど聞かせて下さい」

「別に良いぜ。 まぁ、お前らが生きて帰って来れるか知らねぇけどな」

「帰って来ます。 必ず」

「そうかよ、精々頑張るんだな」


 最後まで薄ら笑いを止めなかったボアレロ国王から視線を切って、僕たちは王宮をあとにする。

 背中に不気味な視線を感じたが、振り返ることはしなかった。

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