第18話 炎塊石
フェスティバルはオアシスの町で開催されているイベントだが、そのオアシス自体では何も行われていない。
そこに連れて行かれた僕は喧騒を遠くに感じつつ、辺りを見渡してみた。
月の光を水面が反射して輝き、淡い燐光が幻想的な雰囲気を演出している。
綺麗だ。
ガレンには腹が立つことも多いが、この光景を見せてくれたことには感謝しても良い。
すると、前を歩いていたガレンがオアシスに面した岩に座り込み、視線で僕を促して来た。
素直に従って隣に――ただし離れて――座り、すぐに話すことなく沈黙が落ちる。
眼前のオアシスを見つめていると、精神的な疲労感が和らぐ感じがした。
サーシャ姉さんも言っていたが、次にこの町に来れるのはいつかわからないので、記憶に刻み込んでおきたい。
そうして前方に視線を固定していた僕に向かって、ようやくガレンが口を開いた。
「良いところだろ?」
「あぁ」
「俺たちの生命線であると同時に、癒しでもあるんだよ。 昼間は憩いの場でもあるしな」
「ここに来たときに見たな。 皆、楽しそうだった」
「そうだろ、そうだろ。 楽な暮らしじゃないが、この町の住人は懸命に生きながら、人生を楽しんでるんだ」
「素晴らしいことだと思う」
「くく、お前ももっと楽しんだらどうだ? いろいろとよ」
「……放っておいてくれ」
いやらしい笑みを見せるガレン。
真面目な話かと思えば急に下世話になる辺り、この男らしいと言えるだろう。
不愉快そうにした僕を、ガレンは尚もニヤニヤとした笑みで見ていたが、次いで出て来た言葉は意外なものだった。
「お前と会うのは、今日で最後かもしれねぇな」
「どう言う意味だ?」
「言葉通りだぜ? 次にお前らがここに来る頃には、町はなくなってる可能性が高いからな」
「……随分と弱気だな。 諦めたのか?」
「いいや? けどよ、冷静に分析した結果、次も勝てる見込みは低い。 ヴェルフたちも当てには出来ねぇしな。 だから明日になったら、希望する奴らには移住を勧めようと思ってる。 そうすれば、無駄な血を流す必要はなくなるからな」
「お前はどうするんだ?」
「戦うに決まってんだろ。 ミランダとマーレには逃げて欲しいが……聞かねぇだろうな」
そう言ったガレンの顔には苦笑が浮かんでおり、困ったと言う気持ちと嬉しさが混ざって見えた。
彼らの関係を詳しく知っている訳じゃないが、互いに必要だと感じているらしい。
正直に言って、素敵だと思う。
だからこそ、残念だ。
そんな彼らが、ここで終わってしまうのは。
ほんの僅かな付き合いだが、そう考えた僕は、気付けば言葉を紡いでいた。
「王国軍は、どうしてこの町を狙う? 非公認の村や町は、他にもあるんだろう?」
「勿論、他のとこにも攻め込んでるぜ。 ただ、この町に執着してるのは間違いねぇ。 理由はこのオアシスが貴重な資源になるのと……もう1つある」
「それは何だ?」
問い掛けた僕にガレンは、珍しく真剣な眼差しを突き付けて来た。
しかし目を逸らすことはなく、正面から受け止めてみせる。
すると、小さく息を吐いたガレンが立ち上がり、準備運動しながら言い放った。
「念の為に聞いておくけどよ、泳げるか?」
「問題ない」
「じゃあ、知りたきゃ付いて来い」
一方的に告げたガレンはオアシスに飛び込み、潜って行った。
いったい、何があると言うんだ?
疑問に思った僕も体を解し、オアシスに足を着けてゆっくりと沈む。
オアシスそのものが光っているようで、夜にもかかわらず視界は良好。
先を泳ぐガレンに続くと、彼は横穴のようなところに入った。
その奥に何があるのか知るべく、僕も侵入。
しばし泳いで辿り着いたのは、洞窟のような空間。
既にガレンは地上に上がっており、すぐに僕も浮上して背を向け、Tシャツを着替える。
そのことにガレンは不思議そうにしていたが、気付かぬふりをして視線を巡らせた。
そこにあったは――
「こいつが、その理由だ」
地面から浮いている、巨大な赤い宝石。
初めて見るが、僕はこれと似た物を知っている。
それは、永流石。
アリエスの生命線だったあの魔道具と、同質に感じた。
そんな感想を抱いていた僕に、追加で与えられる情報。
「こいつは、余分な熱を吸収してくれる効果を持ってるんだ。 町に入ったとき、何か感じなかったか?」
「そう言えば、涼しくなった気がしたな。 これのお陰だったのか」
「あぁ。 熱砂の大陸の暑さは半端じゃねぇからな。 こいつがあるだけで、かなり助かってる。 それともう1つ、過度な冷気を遠ざける力もある。 じゃねぇと、夜の砂漠で祭りなんざ寒くて出来ねぇだろ? ちなみに名前は、炎塊石だ」
「言われてみれば……。 じゃあフランムの目的は、この炎塊石を奪うことなんだな?」
「そうなんだけどよ、厳密に言うとちょっと違うな」
「違う?」
「あいつらからすれば、奪うんじゃなくて取り戻すって感覚だろうよ」
「……お前が奪ったのか?」
「おいおい、早まんなって。 こいつは、間違いなくもらった物だぜ。 まぁ、譲ってくれたのは先代の国王だけどな」
「先代の……。 まさか、熱砂の大陸が前情報と違うのは……」
「そう、国王が代わったからだ。 それを境に奴隷たちの扱いも酷くなったし、制度も大幅に変わったみたいだぜ。 それが1年くらい前だな。 まぁ、他の大陸には知らせてないみたいだけどよ」
「なるほど……。 それで、本格的な侵略が始まったのか」
「ご名答。 ちなみに言うと、それ以前の小競り合いで死人が出たことはねぇぜ。 あれは何つーか、力試しみたいなもんだったんだろうな。 こいつを与えるに相応しい力を持てって、口酸っぱく言われてたしよ」
「1種の訓練みたいなものか。 それにしても、どうして先代の国王はお前に炎塊石を与えたんだ? どちらかと言えば、非公認の村や町は攻め落とす対象のはずだが。 それに炎塊石を渡すことで、フランムの環境を悪くして大丈夫だったのか?」
「フランムは大丈夫だ、こいつより高性能な炎塊石があるからな。 なんで俺に譲ったかは……良くわかんねぇ。 ただ、1回やり合ったときに、気に入られたみてぇだな。 その代わり、ちょくちょくちょっかいを掛けられてた訳だけどよ。 あのオヤジ、国王のくせに毎度最前線に出て来やがって。 何度死ぬ思いをしたか、わからねぇぜ」
苦笑を漏らしながら肩をすくめるガレン。
態度に反して、先代の国王のことを悪く思っていないことが伝わって来た。
しかし、ある程度の事情はわかったが、この炎塊石にそこまで執着する必要があるかと聞かれれば、正直なところ疑問が残る。
フランムに更に高性能な炎塊石があるのなら、こちらは放置しても構わないのでは?
そんな僕の思いを悟ったのか、ニヤリと笑ったガレンが短剣を取り出して――炎塊石を削った。
驚きに目を見張る僕に構わずガレンは欠片を手に持ち、笑みを湛えたまま得意げに語る。
「炎塊石の良いところは、こうして削って分けられることだ。 サイズが小さいと効果が弱くなるし、いずれ破損するが、それでも結構な恩恵を受けられる。 本体はコアさえ残っていれば、そのうち元に戻るしな」
「……もしかして、お前たちの主な収入源はこれか?」
「そう言うこった。 熱砂の大陸の連中にとっては、是が非でも欲しい物だからな。 言っておくが、法外な値段は取ってねぇぜ?」
「そうなると、フランムは何としてでも確保したいだろう。 今までお前から買っていた者たちに高値で売り付けることで、莫大な収益を得られるからな。 そしてそれは、そう言った者たちにとって死活問題になる」
「その通りだ。 だからこそ、こいつはなんとかして守らなきゃならないんだが……」
そう言ってガレンは、硬い顔で黙り込んだ。
口にはしなかったが、それが難しいことをわかっているはず。
この場を静寂が支配しそうになったが、その前に僕が声を発する。
「いつだ?」
「あん?」
「次に王国軍が攻めて来るのは、いつ頃かと聞いている」
「正確なことはわからねぇが……これまで通りなら、3週間から1か月後ってところか」
「わかった」
「……手を貸してくれんのか?」
「元々僕たちは、フランムの国王に奴隷の待遇改善を要求するつもりだった。 そのついでだ」
「そうかよ。 なら、礼はいらねぇな」
「あぁ、必要ない。 その代わり、お前はオアシスの町を全力で守れ」
「……言われるまでもねぇよ」
その言葉を最後に、今度こそ無言の時間が訪れる――かに思われたが――
「シオン、気を付けろよ」
いつになく真剣な声音のガレンが、忠告して来た。
思わず視線を向けると、極めて険しい表情の彼がこちらを見ている。
それを受けた僕に黙って先を促され、ガレンは重々しく言葉を連ねた。
「国王が代わったと言ったが、理由はわかるか?」
「……いや、わからない。 だが、その口ぶりから察すると、ろくな理由じゃないんだろうな」
「そうだな。 こいつは俺も確実な情報として掴んでる訳じゃねぇが……殺されたらしい。 あのオヤジが正面から戦って、簡単にやられるとは思えねぇがな……。 だからって、病気でくたばったとも考え難い」
悔しさと怒りを滲ませるガレン。
それでも冷静さは失っておらず、あくまでも情報として僕に引き渡そうとしている。
「オヤジのあとに国王になった奴だが、こいつの素性も不明だ。 少なくとも、以前からフランムの中枢にいた奴じゃねぇ。 何なら、そう言った連中はそいつに処刑された」
「かなりの独裁に聞こえるが、反発されることはなかったのか?」
「当然あったようだぜ。 だが、無駄だった」
「無駄? どうしてだ?」
「簡単なことだ。 そいつが強過ぎたんだよ。 逆らう奴は、全員殺された。 残ってるのはそいつの側近2人と、怯えて屈した奴らだけだ」
「なるほどな……。 名前は?」
「国王はボアレロ。 側近はグレビーとレイヌだ。 グレビーとレイヌに関しても、ボアレロと同時期に現れたってこと以外は何もわからねぇ」
忌々しそうに舌打ちするガレン。
彼がここまで感情を昂らせるのは珍しい気がするが、それほど腹に据えかねているのだろう。
その気持ちを情報とともに受け取った僕は、強く言い切った。
「安心しろ、僕は誰にも負けない。 仮に国王と戦うことになったとしても、勝ってみせる。 無論、話し合いで解決するなら、それに越したことはないが」
「……あぁ、任せたぜ。 無事に再会出来たら、そのときは1杯奢らせてくれよ」
「お前が僕に奢るだなんて、毒でも仕込むつもりじゃないだろうな?」
「うるせぇ」
自分でも柄じゃないと思ったのか、ガレンがそっぽを向く。
この男にも、恥ずかしいと言う感情があったんだな。
そのことに苦笑した僕は拳を彼に向けて突き出し、言い放つ。
「今度は皆で、オアシスを見よう」
「……悪くねぇな」
そう言ったガレンも苦笑しながら、僕の拳にコツンと拳を合わせた。
彼とは友人でも何でもないが、ある種の絆が生まれた瞬間だったかもしれない。
こうして新たな目的を得た僕は、翌朝フランムに旅立つのだった。




