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【第3章完結】白雷の聖痕者  作者: YY
第3章

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第18話 炎塊石

 フェスティバルはオアシスの町で開催されているイベントだが、そのオアシス自体では何も行われていない。

 そこに連れて行かれた僕は喧騒を遠くに感じつつ、辺りを見渡してみた。

 月の光を水面が反射して輝き、淡い燐光が幻想的な雰囲気を演出している。

 綺麗だ。

 ガレンには腹が立つことも多いが、この光景を見せてくれたことには感謝しても良い。

 すると、前を歩いていたガレンがオアシスに面した岩に座り込み、視線で僕を促して来た。

 素直に従って隣に――ただし離れて――座り、すぐに話すことなく沈黙が落ちる。

 眼前のオアシスを見つめていると、精神的な疲労感が和らぐ感じがした。

 サーシャ姉さんも言っていたが、次にこの町に来れるのはいつかわからないので、記憶に刻み込んでおきたい。

 そうして前方に視線を固定していた僕に向かって、ようやくガレンが口を開いた。


「良いところだろ?」

「あぁ」

「俺たちの生命線であると同時に、癒しでもあるんだよ。 昼間は憩いの場でもあるしな」

「ここに来たときに見たな。 皆、楽しそうだった」

「そうだろ、そうだろ。 楽な暮らしじゃないが、この町の住人は懸命に生きながら、人生を楽しんでるんだ」

「素晴らしいことだと思う」

「くく、お前ももっと楽しんだらどうだ? いろいろとよ」

「……放っておいてくれ」


 いやらしい笑みを見せるガレン。

 真面目な話かと思えば急に下世話になる辺り、この男らしいと言えるだろう。

 不愉快そうにした僕を、ガレンは尚もニヤニヤとした笑みで見ていたが、次いで出て来た言葉は意外なものだった。


「お前と会うのは、今日で最後かもしれねぇな」

「どう言う意味だ?」

「言葉通りだぜ? 次にお前らがここに来る頃には、町はなくなってる可能性が高いからな」

「……随分と弱気だな。 諦めたのか?」

「いいや? けどよ、冷静に分析した結果、次も勝てる見込みは低い。 ヴェルフたちも当てには出来ねぇしな。 だから明日になったら、希望する奴らには移住を勧めようと思ってる。 そうすれば、無駄な血を流す必要はなくなるからな」

「お前はどうするんだ?」

「戦うに決まってんだろ。 ミランダとマーレには逃げて欲しいが……聞かねぇだろうな」


 そう言ったガレンの顔には苦笑が浮かんでおり、困ったと言う気持ちと嬉しさが混ざって見えた。

 彼らの関係を詳しく知っている訳じゃないが、互いに必要だと感じているらしい。

 正直に言って、素敵だと思う。

 だからこそ、残念だ。

 そんな彼らが、ここで終わってしまうのは。

 ほんの僅かな付き合いだが、そう考えた僕は、気付けば言葉を紡いでいた。


「王国軍は、どうしてこの町を狙う? 非公認の村や町は、他にもあるんだろう?」

「勿論、他のとこにも攻め込んでるぜ。 ただ、この町に執着してるのは間違いねぇ。 理由はこのオアシスが貴重な資源になるのと……もう1つある」

「それは何だ?」


 問い掛けた僕にガレンは、珍しく真剣な眼差しを突き付けて来た。

 しかし目を逸らすことはなく、正面から受け止めてみせる。

 すると、小さく息を吐いたガレンが立ち上がり、準備運動しながら言い放った。


「念の為に聞いておくけどよ、泳げるか?」

「問題ない」

「じゃあ、知りたきゃ付いて来い」


 一方的に告げたガレンはオアシスに飛び込み、潜って行った。

 いったい、何があると言うんだ?

 疑問に思った僕も体を解し、オアシスに足を着けてゆっくりと沈む。

 オアシスそのものが光っているようで、夜にもかかわらず視界は良好。

 先を泳ぐガレンに続くと、彼は横穴のようなところに入った。

 その奥に何があるのか知るべく、僕も侵入。

 しばし泳いで辿り着いたのは、洞窟のような空間。

 既にガレンは地上に上がっており、すぐに僕も浮上して背を向け、Tシャツを着替える。

 そのことにガレンは不思議そうにしていたが、気付かぬふりをして視線を巡らせた。

 そこにあったは――


「こいつが、その理由だ」


 地面から浮いている、巨大な赤い宝石。

 初めて見るが、僕はこれと似た物を知っている。

 それは、永流石。

 アリエスの生命線だったあの魔道具と、同質に感じた。

 そんな感想を抱いていた僕に、追加で与えられる情報。


「こいつは、余分な熱を吸収してくれる効果を持ってるんだ。 町に入ったとき、何か感じなかったか?」

「そう言えば、涼しくなった気がしたな。 これのお陰だったのか」

「あぁ。 熱砂の大陸の暑さは半端じゃねぇからな。 こいつがあるだけで、かなり助かってる。 それともう1つ、過度な冷気を遠ざける力もある。 じゃねぇと、夜の砂漠で祭りなんざ寒くて出来ねぇだろ? ちなみに名前は、炎塊石だ」

「言われてみれば……。 じゃあフランムの目的は、この炎塊石を奪うことなんだな?」

「そうなんだけどよ、厳密に言うとちょっと違うな」

「違う?」

「あいつらからすれば、奪うんじゃなくて取り戻すって感覚だろうよ」

「……お前が奪ったのか?」

「おいおい、早まんなって。 こいつは、間違いなくもらった物だぜ。 まぁ、譲ってくれたのは先代の国王だけどな」

「先代の……。 まさか、熱砂の大陸が前情報と違うのは……」

「そう、国王が代わったからだ。 それを境に奴隷たちの扱いも酷くなったし、制度も大幅に変わったみたいだぜ。 それが1年くらい前だな。 まぁ、他の大陸には知らせてないみたいだけどよ」

「なるほど……。 それで、本格的な侵略が始まったのか」

「ご名答。 ちなみに言うと、それ以前の小競り合いで死人が出たことはねぇぜ。 あれは何つーか、力試しみたいなもんだったんだろうな。 こいつを与えるに相応しい力を持てって、口酸っぱく言われてたしよ」

「1種の訓練みたいなものか。 それにしても、どうして先代の国王はお前に炎塊石を与えたんだ? どちらかと言えば、非公認の村や町は攻め落とす対象のはずだが。 それに炎塊石を渡すことで、フランムの環境を悪くして大丈夫だったのか?」

「フランムは大丈夫だ、こいつより高性能な炎塊石があるからな。 なんで俺に譲ったかは……良くわかんねぇ。 ただ、1回やり合ったときに、気に入られたみてぇだな。 その代わり、ちょくちょくちょっかいを掛けられてた訳だけどよ。 あのオヤジ、国王のくせに毎度最前線に出て来やがって。 何度死ぬ思いをしたか、わからねぇぜ」


 苦笑を漏らしながら肩をすくめるガレン。

 態度に反して、先代の国王のことを悪く思っていないことが伝わって来た。

 しかし、ある程度の事情はわかったが、この炎塊石にそこまで執着する必要があるかと聞かれれば、正直なところ疑問が残る。

 フランムに更に高性能な炎塊石があるのなら、こちらは放置しても構わないのでは?

 そんな僕の思いを悟ったのか、ニヤリと笑ったガレンが短剣を取り出して――炎塊石を削った。

 驚きに目を見張る僕に構わずガレンは欠片を手に持ち、笑みを湛えたまま得意げに語る。


「炎塊石の良いところは、こうして削って分けられることだ。 サイズが小さいと効果が弱くなるし、いずれ破損するが、それでも結構な恩恵を受けられる。 本体はコアさえ残っていれば、そのうち元に戻るしな」

「……もしかして、お前たちの主な収入源はこれか?」

「そう言うこった。 熱砂の大陸の連中にとっては、是が非でも欲しい物だからな。 言っておくが、法外な値段は取ってねぇぜ?」

「そうなると、フランムは何としてでも確保したいだろう。 今までお前から買っていた者たちに高値で売り付けることで、莫大な収益を得られるからな。 そしてそれは、そう言った者たちにとって死活問題になる」

「その通りだ。 だからこそ、こいつはなんとかして守らなきゃならないんだが……」


 そう言ってガレンは、硬い顔で黙り込んだ。

 口にはしなかったが、それが難しいことをわかっているはず。

 この場を静寂が支配しそうになったが、その前に僕が声を発する。


「いつだ?」

「あん?」

「次に王国軍が攻めて来るのは、いつ頃かと聞いている」

「正確なことはわからねぇが……これまで通りなら、3週間から1か月後ってところか」

「わかった」

「……手を貸してくれんのか?」

「元々僕たちは、フランムの国王に奴隷の待遇改善を要求するつもりだった。 そのついでだ」

「そうかよ。 なら、礼はいらねぇな」

「あぁ、必要ない。 その代わり、お前はオアシスの町を全力で守れ」

「……言われるまでもねぇよ」


 その言葉を最後に、今度こそ無言の時間が訪れる――かに思われたが――


「シオン、気を付けろよ」


 いつになく真剣な声音のガレンが、忠告して来た。

 思わず視線を向けると、極めて険しい表情の彼がこちらを見ている。

 それを受けた僕に黙って先を促され、ガレンは重々しく言葉を連ねた。


「国王が代わったと言ったが、理由はわかるか?」

「……いや、わからない。 だが、その口ぶりから察すると、ろくな理由じゃないんだろうな」

「そうだな。 こいつは俺も確実な情報として掴んでる訳じゃねぇが……殺されたらしい。 あのオヤジが正面から戦って、簡単にやられるとは思えねぇがな……。 だからって、病気でくたばったとも考え難い」


 悔しさと怒りを滲ませるガレン。

 それでも冷静さは失っておらず、あくまでも情報として僕に引き渡そうとしている。


「オヤジのあとに国王になった奴だが、こいつの素性も不明だ。 少なくとも、以前からフランムの中枢にいた奴じゃねぇ。 何なら、そう言った連中はそいつに処刑された」

「かなりの独裁に聞こえるが、反発されることはなかったのか?」

「当然あったようだぜ。 だが、無駄だった」

「無駄? どうしてだ?」

「簡単なことだ。 そいつが強過ぎたんだよ。 逆らう奴は、全員殺された。 残ってるのはそいつの側近2人と、怯えて屈した奴らだけだ」

「なるほどな……。 名前は?」

「国王はボアレロ。 側近はグレビーとレイヌだ。 グレビーとレイヌに関しても、ボアレロと同時期に現れたってこと以外は何もわからねぇ」


 忌々しそうに舌打ちするガレン。

 彼がここまで感情を昂らせるのは珍しい気がするが、それほど腹に据えかねているのだろう。

 その気持ちを情報とともに受け取った僕は、強く言い切った。


「安心しろ、僕は誰にも負けない。 仮に国王と戦うことになったとしても、勝ってみせる。 無論、話し合いで解決するなら、それに越したことはないが」

「……あぁ、任せたぜ。 無事に再会出来たら、そのときは1杯奢らせてくれよ」

「お前が僕に奢るだなんて、毒でも仕込むつもりじゃないだろうな?」

「うるせぇ」


 自分でも柄じゃないと思ったのか、ガレンがそっぽを向く。

 この男にも、恥ずかしいと言う感情があったんだな。

 そのことに苦笑した僕は拳を彼に向けて突き出し、言い放つ。


「今度は皆で、オアシスを見よう」

「……悪くねぇな」


 そう言ったガレンも苦笑しながら、僕の拳にコツンと拳を合わせた。

 彼とは友人でも何でもないが、ある種の絆が生まれた瞬間だったかもしれない。

 こうして新たな目的を得た僕は、翌朝フランムに旅立つのだった。

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