第9話 オアシスの町
魔家を収納して、再びドグ砂漠を歩き始めた僕たち。
それとなく様子を窺ったところ、ルナは完全復活したようだ。
終始機嫌良さそうにしており、時折こちらを見ては蠱惑的な笑みを浮かべている。
彼女が元気になったのは嬉しい限りだが、複雑そうな姫様たちを見て、僕も何とも微妙な気分になった。
それでも旅路自体は順調に消化し、モンスターとの戦闘を繰り返しながら、勾配のある砂地を進み続ける。
今日も今日とて日差しが強く、いかに冷章があろうと暑さは感じた。
戦闘をこなす度にサーシャ姉さんは順応しつつあったが、消耗は誰よりも激しい。
しかし、彼女は一切の泣き言も言わずに付いて来ている。
その心意気は買うとは言え、流石に休憩した方が良いと思った僕は、魔家の使用を提案しようとしたが――
「ん? あれって……」
少し前を歩いていたリルムが、怪訝そうな声を漏らした。
何事かと思った僕が砂山を登って同じ場所に立つと、視界に入ったのは――オアシスの町。
意外に思ったのは僕だけじゃなく、地元民だったルナですら驚いている。
すると、慌ててサレリアで買った地図を広げたアリアが、戸惑ったように言葉を連ねた。
「ち、地図には載ってませんね。 どう言うことでしょうか……」
「……たぶんだけれど、王国非公認の町ではないかしら」
「非公認の町……ですか?」
「そうよ、痴女姫。 熱砂の大陸の村や町は全てフランムの支配下にあるのだけれど、中にはそれに反発する者もいるの。 まぁ、ほとんどが自滅するのだけれど……。 ただ、稀に生き残っているところもあって、そう言った村や町は公式には存在を認められていないのよ」
「それで地図には載ってなかったのね……。 でも、フランムと繋がってないなら、安全なのかしら?」
「そうとは言い切れないわ、淫乱シスター。 独自のルールがありそうだけれど、それがフランムの制度と比べてどうなのかは、行ってみないとわからないから」
ルナの解説を聞いて、僕は思案した。
この大陸に来てから抱いている違和感。
それは、事前情報と随分違うと言うこと。
大陸の特徴に関しては大体合っているが、奴隷の扱いなどがその筆頭。
そのせいで僕には、フランムと言う王国がどう言ったところか、全く見えて来ない。
だからこそここは、情報を集める必要があると判断した。
「どうしますか、姫様? 僕としては、行ってみる価値があると思いますが」
「……そうですね。 ただし、油断はしないで下さい。 少しでも危険を感じたら、直ちに脱出します。 皆さんも良いですか?」
問い掛けた姫様に対して、全員が首を縦に振った。
警戒を解かず、それでいて敵意を示さないように自然体で、オアシスの町に近付いて行く。
距離が縮むにつれてその全容が明らかになって来たが、規模は相当大きい。
雰囲気は明るく、サレリアとはまるで違う。
全体的に活気が良く、子どもたちの楽しそうな声も聞こえて来た。
更に……何故か、涼しく感じる。
冷章の効果かと思ったが、それとは別の力が働いていた。
思った以上に平和なことに姫様たちは戸惑っていたが、僕は毛ほどの油断もせずに辺りを探る。
入口を守る門番のような者もおらず、入るのに何の障害もなかった。
砂利が敷き詰められた通りを挟んで並んだ多くの屋台が、積極的に客引きをしている。
サレリアを見たあとだと、同じフランムに思えないほどで、罠を疑っても致し方ない。
奴隷はそこそこいるようだが……悲壮感は感じられなかった。
むしろ笑顔が多く、充実しているようにすら感じる。
肝心のオアシスでは水着姿の老若男女が水浴びをしており、こちらも非常に和気藹々としていた。
いったい、何がどうなっている……?
更に困惑した様子の姫様たちと、疑問を大きくした僕。
町を見て回った後に、ひとまず意見交換をしようとしたのだが――
「よう、この町はどうだった?」
いきなり声を掛けられて、咄嗟に戦闘態勢を取る。
向かい合うのは、多数の装飾品を身に付けた軽薄そうな男性。
外見年齢は20代前半から半ばほど。
長い灰色髪と色黒の肌が特徴で、鍛えられた肉体と高身長なことが、ゲイツさんを思い出させた。
違う点を挙げるなら、この男性はどちらかと言うと細身で、力強さとしなやかさを併せ持っている。
漂って来る神力から察するに、かなり強力な使い手。
2人の女性を侍らせているのだが……こちらも中々やりそうだ。
内心で警戒している僕に気付いたのか、男性は両手を挙げて苦笑を浮かべながら口を開く。
「まぁ、落ち着けって。 俺にお前らと敵対するつもりなんか、ねぇんだからな」
「なら、どう言うつもりがあるんですか?」
「おっと、敬語はやめてくれよ、イレギュラー。 お前とは対等に話してぇんだ。 そんで、自己紹介しておくぜ。 俺はガレン、この町のリーダーみたいなもんだ」
「……わかった」
「あんがとよ。 で、そっちの女どもは『グレイセスの至宝』、『紅蓮の魔女』、『剣の妖精』、『月夜の守護者』、『救国の修道女』。 いやはや、改めて見るととんでもない顔ぶれだな」
「シオンのこともそうだけれど、どうしてわたしたちを知っているのかしら?」
「くく、怖い顔すんなよ、『月夜の守護者』。 俺たちにとって、情報は武器だからな。 お前と『救国の修道女』が、特殊階位ってことも知ってるぜ? 具体的な能力に関しては、そこまでわかってねぇけどな」
ガレンと名乗った男の言葉を聞いて、ルナの目が鋭く研ぎ澄まされ、サーシャ姉さんは怯えている。
こちらとしても完全に秘匿している訳じゃないが、それにしても情報が武器と言うだけはあるな。
そんなことを考えていると、ガレンはお構いなしに言葉を続ける。
「サレリアの話を聞いて、すぐにピンと来たぜ。 お前らがアリエスを救ったお陰で、あいつらに水を高く売り付ける計画がなくなっちまったしな」
瞬間、僕たちの間に緊迫した空気が流れる。
こちらのことを知られていた事実はともかく、アリエスを食い物にする気だったと思ったからだ。
ところがガレンは、堂々と言ってのける。
「別に、悪いことじゃねぇだろ? 水に限らず、物を安く仕入れて高く売るのは、商売の基本だ。 チャンスがあるのに稼ごうとしないのは、ただの馬鹿だぜ」
「貴方の言っていることは、間違っていないかもしれません。 攻め込もうとせずに物資を売ろうとしていただけ、良心的とさえ言えます。 ただ、事情を知って助けようとしなかったのは、何故ですか?」
「それは無茶な相談だぜ、お姫さん。 俺たちは慈善事業じゃねぇんだし、ましてや相手は他の大陸の奴らだ。 あんたも言ってたように、敵対しなかっただけでも有難く思って欲しいもんだぜ。 それに、もし助けに行ってたとしても、着く頃には全部終わってたろうよ」
「アリエスのことに関しては、もう良い。 それで? 結局、用件は何なんだ?」
「睨むなよ、イレギュラー。 別に、これと言って用はねぇぜ? ただ余所者から見て、この町はどうか聞きたかっただけだ」
ニヤニヤと笑うガレン。
どう見ても何かを企んでいそうだが、詳細は判然としない。
それは姫様たちも同じようで、どうするべきか決めかねている。
そこで僕は、どうせわからないなら情報を集める方に舵を切った。
「ここは、非公認の町なのか?」
「あぁ、そうだ。 だが、フランムの後ろ盾を得られない代わりに、自由に運営することが出来る」
「そうは言っても、1つの町でやって行くには限界があるでしょ? その辺りはどうなってんのよ?」
「確かにその通りだ、『紅蓮の魔女』。 でもな、俺たちにはオアシスがある。 水さえ確保出来れば、あとはなんとかなるんだよ」
「そ、そうだとしても、食料や生活用品は必要なはずです。 ほ、他の町から仕入れるにしろ、お、お金はどうしてるんですか?」
僕の背後に隠れているサーシャ姉さん。
忘れていたが、彼女は男性恐怖症だったな……。
「それは秘密だ。 うちの根幹に関わるからな。 でも、まぁ、副収入的なもんなら教えてやるぜ?」
どうする?と目で尋ねて来たガレン。
対する僕たちは顔を見合わせ、ひとまず話を聞くことにした。
笑みを深めたガレンは女性たちを引き連れて歩き出し、それに付いて行く。
すると間もなくして、1つの建物に入った。
そこには――
「どうだ、中々のもんだろ? 他の町や大陸から買いに来る奴もいるんだぜ?」
色とりどりの水着。
ほとんどが女性用だが、男性用も扱っている。
港町であるカスールやセレナでも水着は売っていたが、ここまでの品揃えじゃなかった。
品質もかなり高く、素人の僕でも違いがわかるほど。
なるほど、1種の特産品か。
とは言え副収入だとしても、これだけでは足りないように感じる。
僕の思いが伝わったのか、ガレンは強気な笑みで言い放った。
「慌てんなって。 これを見ろよ」
そう言って彼が指差したところには、大きなポスターが貼られていた。
すぐに内容を確認したが、僕は呆れと感心が半々。
「『オアシスの女神は誰だ!? 水着フェスティバル開幕!』……?」
唖然とした様子のアリアが、律儀にも読み上げてくれた。
それを聞いたガレンは大仰に手を広げ、興奮した様子で声を上げる。
「そうだ! 毎月やってんだけどよ、これがかなり盛り上がるんだよ。 参加条件が水着の着用だから売り上げにも繋がるし、かなりの人数が集まるんだぜ? メインイベントは水着コンテストで、これの入場料がまたデカいんだ!」
「人が集まる……それは危険じゃないのか? 質の悪い連中が紛れ込んだらどうする」
「心配すんな、その辺りは厳重にチェックしてるからよ。 まぁ、ちょっとくらいヤンチャな奴はいるかもしれねぇが、基本的には俺らと親交の深い村や町の住人ばかりが来るからな」
「完全に納得は出来ないが……僕が口出しすることじゃない」
「くく、とにかくこの水着とイベントの収入が、馬鹿に出来ねぇってことだ。 いやぁ、今回はどれくらい稼げるだろうな」
笑いが止まらない様子のガレンを、僕は冷めた目で眺めた。
この人は、本当に金儲けが好きらしい。
今度こそ呆れ果てた僕だが、その反面で認めざるを得ない部分があるのも事実。
王国の援助もなしに町を運営するには、様々な努力が必要なのだろう。
光浄の大陸や清豊の大陸と違って、この厳しい環境でそれを継続するのは、かなり大変なはずだ。
そう言う意味では、この男性は有能なのかもしれない。
それはともかくとして、ここで僕はずっと抱いていた疑問を投げ掛けてみた。
「ところで、この町の奴隷たちが元気なのは何故だ? サレリアは、目も当てられない状態だったが」
奴隷と言うワードを出したときに一瞬だけルナの様子を窺ったが、彼女は微笑を浮かべている。
どうやら、本当にもう過去を乗り越えたらしい。
そのことに安堵した僕がガレンに意識を戻すと、彼は当然の如く言い切った。
「まぁ、奴隷にもそれなりの報酬は払ってるからな。 当然、働き具合にもよるけどよ」
「え? 奴隷に報酬を……?」
「何かおかしいか、お姫さん? 労働には対価を。 当たり前のことだぜ。 こいつらも奴隷だしな」
「は~い。 奴隷のミランダで~す」
「奴隷のマーレよ」
ガレンが侍らせていた女性たちも、奴隷だったとは。
高そうな服を着て化粧までしていたから、とてもそうだとは思えない。
ちなみにミランダさんは深い赤のロングヘア―で、マーレさんは濃い紫のショートカット。
ミランダさんがセクシーなら、マーレさんはクールと言ったところか。
2人とも褐色肌なのが特徴的で、恐らく20歳は越えている。
ガレンは彼女たちを両側から抱き寄せつつ胸を揉みしだいているが、2人が嫌がっている素振りは微塵もない。
つまりは、そう言う関係なんだろう。
姫様たちは顔を赤らめつつこちらを見ているが……誤解されそうなのでやめて欲しい。
実際、ガレンはいやらしい笑みを向けて来ており、無性に腹が立った。
何とも気まずい空気が店内に充満していたが、最初に立ち直ったリルムが口を開く。
「ふーん。 そう言う当たり前が通用しないのが、奴隷って扱いだと思ってたわ」
「その認識も間違ってねぇぜ。 フランムの体制はそうだしな。 でもよ、ここでは違う。 奴隷だろうが何だろうが、きちんと働いた奴は金を稼げるんだ」
「意外ね。 でも、それほど待遇が良ければ、この町に奴隷が押し掛けて来るのではないかしら? 少なくとも、わたしが奴隷になるならこの町を選ぶわ」
ルナの疑問は至極当然であり、僕も同じことを思っていた。
本当に奴隷と言う身分がただの飾りになって、真っ当に生きられるならこの町で暮らしたい。
しかし、現実にはそれほど人が飽和している様子はなく、むしろ多少の空き家があったくらいだ。
その疑問を込めてガレンを見つめると、彼はニヤリとした笑みで告げる。
「それに関しては、そろそろわかると思うぜ」
「え……? それはいったい……」
「ガレンの兄貴! 奴らが来ました!」
不審そうなアリアの呟きは、店に入って来た男の叫びに搔き消された。
それを受けたガレンは獰猛な笑みを浮かべ、してやったりと言った風に言い放つ。
「噂をすればってやつだな」
「な、何の話、ですか……?」
「さっき、奴隷が押し掛けて来ない理由がわかるって言っただろ? その理由が来たって訳だ、『救国の修道女』」
「……もしかして、王国軍か?」
「お、察しが良いなイレギュラー。 ま、そう言うこった。 あいつらがそろそろ攻めて来るって情報があったからよ、ちょっと手伝ってもらおうと思ってな」
「待ちなさい。 どうしてわたしたちが、貴方たちの為に戦わないといけないのかしら?」
「別に強要するつもりはねぇぜ、『月夜の守護者』。 でもよ、お前らが手を貸してくれなかったら、少なからず被害は出るだろうな。 奴隷の何人かは連れて行かれるかもしれねぇ。 最悪、殺されるだろうよ」
「……随分と卑劣な真似をしますね」
「悪いな、お姫さん。 使えるものは何でも使えってのが、俺の信条なんだよ。 それで、どうする? 犠牲が出ると知ってて見捨てるか、俺たちに協力するか」
挑発するように笑うガレン。
ここに来て、彼がのんびりと様々な説明をしていた訳を知った。
要するに、王国軍が来るまで僕らを引き止めたかったのだろう。
まんまと策にはまってしまったが、時は戻らない。
そして、僕たちのパーティの性質上、見捨てると言う選択肢はないも同然。
そこまで見抜かれていたようだが、僕としてもやられっ放しは性に合わない。
「手伝ってやっても良いが、条件がある」
「ほう、言ってみろ」
「まず、僕たちは王国軍を殺さない。 今のところ、明確に敵対するつもりはないからな」
「無力化してくれるなら、それで構わねぇよ。 俺らも殺し合いがしたいんじゃなく、どっちかと言えば追い返すのが目的だ」
「それを聞いて安心した。 もう1つは、僕たちの身元がわからないように、変装用の服を貸して欲しい」
「あぁ、それなら心配すんな。 もう用意してるぜ」
「根回しが良いな。 最後の条件は――」
面白がるように聞かれた僕は、オマケの要求を突き付けた。
それを聞いた姫様たちは目を丸くし、ガレンは――
「くくく……はっはっは! 可愛い見た目の割に良い男じゃねぇか、イレギュラー。 気に入ったぜ。 その条件、飲んでやるよ」
「交渉成立だな。 姫様たちも、構いませんか?」
「は、はい」
「が、頑張ります……」
「オッケーよ!」
「うふふ……楽しくなって来たわね」
「わ、わたしに何か出来るかしら……?」
はにかむ姫様と、モジモジしたアリア。
ニッと笑ってサムズアップしたリルム。
妖艶な微笑を湛えたルナ。
必死に頭を悩ませているサーシャ姉さん。
少女たちの反応に僕は苦笑し、次いで真剣な眼差しをガレンに向ける。
「そうと決まれば、着替えを貸してくれ」
「おう、案内するぜ。 心配しなくても、お前たちだけに任せたりしねぇよ」
「お前も戦うのか?」
「当たり前だろうが。 町を運営するには、それなりの信用ってもんが必要なんだよ。 それを勝ち取る為には、ここぞってときに体を張らねぇとな」
「だったら最初から、僕たちに頼らなければ良いだろう」
「それはそれ、これはこれだ。 さっきも言っただろ? 俺は、使えるものは何でも使うんだよ」
「まったく……仕方のない人だ」
ガレンに対して僕は、決して良い感情を持っていない。
だが、それと同時に、心から憎くも思えなかった。
町を守ると言う目的を達成するべく、打てる手を全て打つ。
その執念自体は、称賛に値するからな。
何にせよ、やると決めたからには全力を尽くす。
ただし、可能な範囲でだが。




