第7話 ドグ砂漠
魔蝕教の代表、ローレンは基本的に独りだ。
1日を誰とも話さず過ごすことも多く、ただひたすらに同じ書物を読み続ける。
まるで機械のようだが、彼は確かに生きていた。
むしろ誰よりも、人生を全うしようとしているかもしれない。
そんな彼にも人語を介する相手はいる。
相手は魔族のこともあるが、大抵は魔蝕教の中心人物。
「……お前か。 何かあったか?」
ユーノから与えられた、遠話石を越える性能の連絡手段。
設置された鏡から発せられた声に、ローレンが少し遅れて返事した。
対する声の主は、若干言い淀んでから問い掛ける。
それを聞いたローレンは、書物を捲る手をピタリと止めて、平坦な声で告げた。
「あぁ、ナミルは死んだ。 『輝光』たちは熱砂の大陸に渡ったようだ」
ローレンの答えに、声の主は無念そうにしていた。
しかし次の瞬間には奮い立ち、必ず『輝光』……ソフィアを殺すと誓う。
その思いを受け取りつつ、ローレンはあくまでも冷静だった。
「お前にとって、ナミルは妹のような存在だったろうからな、気持ちはわかる。 だが、忘れるな。 我らの目的は悲願の達成のみだ。 感情に任せた行動は慎め」
ローレンに釘を刺された声の主は、なんとか意識を切り替えたらしい。
そして礼を告げると、改めて悲願の為に生きると口にした。
内心で満足したローレンは、その上で指示を出す。
「どちらにせよ、お前に任せることになるだろう。 そのときは、死力を尽くせ。 期待している」
代表からのエールに、声の主は静かに、それでいて熱く闘志を滾らせた。
こうして次なる戦場は、徐々に熱砂の大陸に移って行く。
サレリアを発った僕たちは、到着したときとは別の衝撃を受けていた。
街道らしきものは一応あったが、魔蝕教の襲撃を避ける為に別のルートを通っている。
だが、どちらにせよ大して変わらなかったかもしれない。
「砂しかないわね……」
敢えて誰も言わなかったが、ウンザリとしたリルムの呟きは、全員の思いを代弁していそうだ。
僕たちのいるドグ砂漠は、熱砂の大陸の半分以上を占める。
他には火山地帯などもあるが、何にせよ暑い大陸と言うことに違いはない。
冷章があるから良いものの、それでも汗ばむほど。
そう言う意味では、サーシャ姉さんと女王様には感謝しなければ。
砂漠の夜は冷えるとは言え、僕たちには魔家がある。
普通に使えば目立って仕方ないだろうが、認識阻害の魔道具も併用すればなんとかなるはずだ。
本当に、魔道具の力は素晴らしい。
今更ながらそんなことを思っていると、足元に異変を感じた。
それは僕だけじゃなく、サーシャ姉さん以外の全員。
目配せしている僕たちを不思議そうに見ているサーシャ姉さんに構わず、戦闘態勢を取り――砂漠が爆発する。
それも、何箇所も一斉に。
地中から現れたのは、イモムシ型のモンスター、サンド・ワームが多数。
熱砂の大陸のモンスターは全体的に強力だが、このサンド・ワームも例に漏れない。
サーシャ姉さんは瞠目していたが、即座に状況を把握して神力を練り上げる。
瞬間、彼女の両手に握られたのは、巨大な銀のロザリオ。
これこそが、『救導』としての武器。
ただし、サーシャ姉さんの近接戦闘能力は、現時点では高いとは言えない。
それゆえに彼女には、別の役目を頼むことにした。
「サーシャ姉さん、あれを頼む」
「わかったわ。 ただ、無防備になっちゃうから……」
「安心しろ、僕が守る」
「うん、信じてるわ」
微笑を交換し合う僕たち。
姫様たちはどことなく面白くなさそうだが、文句を言うことはなかった。
そうして戦端が開かれ、大量のサンド・ワームが襲い掛かって来る。
その動き自体も中々速いが、何より厄介なのは地上と地中を行き来すること。
これだと的が絞れず、奇襲にも気を付けなければならない――と言うのが、一般的なパーティ。
「【護り防ぐ光】」
全周囲から跳び掛かって来たサンド・ワームたちを、スキルで受け止める姫様。
間髪入れずに長槍を引き絞り、凄まじい速さで何度も突き出した。
次々に串刺しにされたサンド・ワームたちは塵となり、大きめの魔石を落とす。
スキルが強力なのは勿論だが、槍術の練度もかなり上達しているな。
ナミルのことがあって暫くは動きに精彩を欠いていたが、もう心配なさそうだ。
「こんだけ砂が多かったら、地魔法を使わない訳には行かないでしょ!」
リルムが叫ぶと、彼女を取り囲んでいたサンド・ワームが、地面から突き出した土の槍に貫かれて絶命する。
地属性の初級魔法、【地槍】。
発動が悟られ難く汎用性の高い魔法でもあるが、ここまで速いのは彼女ならでは。
更に、何重展開したんだと言う手数の多さ。
今回もリルムが天才だと再認識したが、天才はもう1人いる。
「【サークル・スラッシュ】……!」
姫様のときと同じように全周囲から攻めて来たサンド・ワームを、カウンターのスキルで一掃するアリア。
やっていることは単純明快だが、それを実行出来るのは彼女だからこそ。
全周囲から攻撃して来ると言っても、多少のばらつきがある。
それゆえ、スキルを発動するタイミングを間違えると仕留め切れず、ダメージを受けていたかもしれない。
この集中力は見事。
「【隠れん坊しましょう】」
全周囲攻撃だけでは足りないと思ったのか、足元からも攻撃して来たサンド・ワームに対して、ルナは落ち着いた対処を見せた。
既に準備していた瞬間移動のスキルでその場を離脱し、銃を乱れ撃つ。
原型を留めないほどになったサンド・ワームは、呆気なく塵となった。
百戦錬磨の彼女らしい危な気ない戦いぶりだが……若干気になる。
いつものルナなら、1匹につき1発で仕留めたに違いない。
それをあそこまでオーバーキルしたことに違和感を覚えた訳だが、今は取り敢えず忘れよう。
姫様たちの戦いを観察しつつ、僕はサーシャ姉さんを守っていた。
とは言え積極的に攻撃することはなく、あくまでも襲い掛かって来た個体だけを迎撃する。
これは彼女にとって、貴重な実戦経験の場だからな。
そうしてしばしの戦闘時間が経過し、遂にサーシャ姉さんが力を解き放つ。
「【清魔の祈り】」
彼女が呟くと広範囲に渡って淡い光が広がり――残りのサンド・ワームが消滅した。
辺りからモンスターの気配は消え去り、それを確認した僕はサーシャ姉さんに頷いて見せる。
対する彼女はホッとした様子で、苦笑をこぼしていた。
【清魔の祈り】。
広範囲のモンスターを浄化する、『救導』の攻撃スキル。
ただし、発動までに神力を溜める必要があり、強力なモンスターには通用し難いと言う欠点がある。
今回は敢えて言わなかったが、まだ効果範囲の設定が甘いのと、神力を溜める速さが課題だな。
とは言え、初めての実戦にしては上出来。
そう考えたのは僕だけじゃなかったようで、姫様たちからも労いの言葉が掛けられた。
「サーシャさん、凄いスキルでしたね」
「ホントホント、お陰で楽させてもらったわ」
「わ、わたしは広範囲戦闘が苦手なので、羨ましいです」
「有難う。 でも今のわたしは、皆に守ってもらわないと戦えないから……」
「何を言うのですか。 そのようなことは、パーティなら当然です。 これからも、よろしくお願いしますね」
「ソフィア姫……はい、よろしくお願いします!」
姫様に励まされて、薄っすらと目尻に涙を浮かべるサーシャ姉さん。
彼女は戦闘経験の少なさに引け目を感じがちなので、指導しながら自信を付けさせないとな。
この辺りは、微妙にアリアと似ているかもしれない。
そうして僕が今後のことを考えていると、平坦な声が聞こえた。
「そろそろ出発するわよ。 いつまでも、ここにいる訳には行かないでしょう」
サッサと歩き出したルナを見て、姫様たちは顔を見合わせている。
彼女が冷たいのは以前からだが、なんとなく普段とは違う気がした。
1度、話をした方が良いかもしれないな……。
尚も戸惑った様子の姫様たちを視線で促した僕は、ルナに続いて砂漠を歩く。
それからも、何度かモンスターと遭遇したが問題なく切り抜け、ドグ砂漠に夜がやって来た。




