第3話 孤児院の子どもたち
魔船の航行は驚くほど安定していた。
川の流れがさほど急じゃないのもあるが、ほとんど揺れを感じない。
流石はアリエスの技術の結晶。
船酔いに弱いルナをチラリと見ると、視線に気付いた彼女は薄く微笑んでいる。
どうやら、全く問題ないらしい。
そのことに安堵していると、次第に雨が降って来た。
船出の天気としては良くないように感じるが、リルムの反応は正反対。
「わー! すっごい! ホントに雨を弾いてる! うぅん、雨を弾く魔道具ならあたしにも作れるけど、常に船の周囲に展開するように設定するのは難しいかも! 誰が作ったか知らないけど、やるじゃない!」
バンザイするように両手を挙げて、ピョンピョン飛び跳ねるリルム。
まるで小さな子どもだが、彼女の気持ちもわからなくはない。
魔船の性能は先に述べたが、それに加えて悪天候への対策まで備わっている。
リルムが興奮しているのがまさにそれで、雨風から魔船を守る結界が張られていた。
直接的な攻撃を防ぐ力はないようだが、それでも充分以上に助かる。
雨足が強くなっても僕たちが濡れることはなく、風に煽られて船が大きく揺れることもない。
本当に凄いな……。
尚もテンションの昂りが留まらないリルムを、姫様とアリア、サーシャ姉さんは苦笑を浮かべて見つめ、ルナは溜息をついていた。
そうして魔船の有難さを噛み締めていた僕たちだが、速度自体はそこまで飛び抜けて速い訳じゃない。
それゆえに1日で大陸を縦断することは出来ず、魔船の中で一晩過ごすことになった。
まぁ、海に出たら熱砂の大陸まで何日も掛かるのだから、その予行練習だと思っておこう。
もっとも、ほとんど平地で寝ているような安定感だったので、練習などいらなかったかもしれない。
そして翌日の朝。
ちょうど朝食の時間に村の近くを通り掛かった僕たちは、魔船を一旦降りることにした。
折角だから村で食事を摂ろうと言う判断と、実際に魔船を収納出来るか試す為だ。
村の船着き場に僕たちが降りると、ちょっとした騒ぎになったが、取り敢えず無視して――当然リルムが――魔船を仕舞う。
手のひらサイズの模型になった魔船を見て、またしてもリルムははしゃいでいたが、流石にルナが冷たい言葉を浴びせていた。
その間に姫様たちが村民に事情を説明し、快く受け入れられた僕たちは食堂に案内された――のだが――
「あの……お食事中にすみません」
サーシャ姉さんと似たような修道服を身に纏った女性が、おっかなびっくり声を掛けて来た。
誰に対して言っているのかわからなかったので僕が黙っていると、姫様が率先してにこやかに応対する。
「どうかされましたか?」
「えぇと……村長に伺ったんですけど、貴女たちが『輝光』のパーティと言うのは本当ですか?」
「えぇ、本当です。 それがどうかしましたか?」
「その……もし良かったらなんですけど、少しだけで良いので、うちの孤児院に来てくれませんか?」
「孤児院……ですか?」
少し驚いた姫様の意識は、僅かにサーシャ姉さんに向いている。
当の本人も微妙に固い面持ちで、リベルタ村のことを思い出しているのは想像に難くない。
他の少女たちも複雑な表情になっており、僕たちの反応を勘違いしたのか、修道女は慌てて声を発した。
「あ、やっぱり駄目ですよね、すみません。 うちの子どもたちが、どうしても『輝光』を見たいとうるさかったもので……」
「……そう言うことでしたか」
「でも、大丈夫です。 旅の邪魔をする訳には行きませんし、ちゃんと言い聞かせますから」
申し訳なさそうな修道女に対して、姫様は迷っていた。
時間的な問題だけなら、たぶんなんとかなるだろう。
だが、サーシャ姉さんの気持ちを考えれば、簡単に頷くことは出来ない。
ところが――
「良いじゃないですか、ソフィア姫。 少しくらいなら寄り道しても」
「サーシャさん……良いのですか?」
「勿論です。 わたしも久しぶりに、子どもたちと遊びたいですから」
全く無理していないとは思えないが、今のはサーシャ姉さんの本音に聞こえる。
姫様もそれを悟ったようで、僕たちにも視線で確認を取ってから答えを返した。
「長時間は無理かもしれませんが、お邪魔させてもらいます」
「本当ですか!? 有難うございます!」
何度も頭を下げる修道女。
そうして食事を終えた僕たちは、村はずれの孤児院に向かった。
大した規模じゃなく建物も古いが、掃除は行き届いており清潔に感じる。
すぐそこの広場には、手作りだと思われる遊具が設置されていた。
サーシャ姉さんの様子を窺うと感慨深そうにしており、どう言う精神状態か読めない。
すると、先に中に入った修道女に連れられて、たくさんの子どもたちが出て来た。
かなり幼い子からニーナくらいの子どもまで、歳はバラバラに見える。
ただ共通しているのは、何と言うか……可愛い。
上手く言えないが、ほんわかした気分になった。
姫様とアリアも微笑ましそうにしているが、リルムとルナはどちらかと言うと面倒臭そうだ。
そして、サーシャ姉さんは――
「皆、元気ね……」
眩しいものを見るように、目を細めている。
瞳が潤んでいるような気がしたのは、きっと勘違いじゃない。
そんな僕たちの前に子どもたちを集めた修道女は、テンション高く口を開いた。
「ほら皆、ご挨拶しなさい。 せーの!」
『こんにちはー!』
元気いっぱいな子どもたちに対する僕たちの反応は、両極端。
姫様とアリア、サーシャ姉さんは笑みを深め、僕は表情こそ変わらなかったものの気分的には似たようなもの。
一方のリルムとルナは顔を顰めており、普段はいがみ合うことも多い2人だが、子どもが苦手なのは同じらしい。
それから、僕たちも自己紹介をして交流が始まったのだが、いろんな意味で大変だった。
「わー!」
「きれー!」
「かっこいいー!」
「ふふ、有難うございます」
『輝光』の装備を惜しげもなく披露して、子どもたちを喜ばせている姫様。
本来ならこのようなことに使うものじゃないだろうが、彼女も子どもが好きなのかもしれない。
地面に座っている子どもが多いのでスカートの中が丸見えだろうが、姫様が気にした素振りはなかった。
もっとも、修道女は顔を青ざめていたが。
「それ!」
「きゃ……!?」
「白だ!」
「も、もう、やめてくださ……ひゃ!?」
スカート捲りのターゲットにされているアリア。
彼女も抗議はしているのだが、その声が弱々しい為に聞き入れてもらえていない。
抵抗しようにも子ども相手に怪我させる訳には行かないと思っているのか、ほとんどされるがままだ。
そして止めるべき修道女は、姫様に粗相がないか気が気じゃないらしく、それどころではない。
「つまり魔船の結界は風魔法を応用してるんだけど、ずっと発動してる訳じゃないの。 短い間隔で何度も展開することで、疑似的に維持してる感じね。 わかった?」
「わかんなーい」
「むずかしー」
「つまんなーい」
「何言ってんのよ!? こんな面白い話ないじゃない!」
切り株に腰掛けて魔船の解説をしていたリルムだが、そんなものが通用する年齢じゃないだろう。
そんなことより、大股開きで地団太を踏んでいるせいで、いろいろと酷いことになっていた。
何と言うか……彼女たちのせいで子どもたちの性癖が歪まないか、若干心配になる。
ちなみにルナは、離れた場所にいたのだが――
「……」
「……何かしら?」
「……」
「……用がないなら、痴女軍団と遊んで来なさい」
「……」
「……何よ?」
「……かわいー」
「……知っているわ」
「……えへへー」
「……はぁ」
かなり幼い女の子にスカートを摘ままれて、ジッと見つめられていた。
振り解くことも出来ずに諦めたルナは、盛大に嘆息しつつも大人しく受け入れている。
随分と優しくなったものだ。
4人とも子どもたちに人気があったが、それ以上に突出していたのは、やはりと言うべきかサーシャ姉さん。
「王子様とお姫様は、末永く幸せに暮らしましたとさ。 めでたしめでたし」
「わぁ、よかったー!」
「お姉ちゃん、今度はこの絵本よんでー!」
「あー、ズルい! あたしはこっちがいいー!」
「はいはい、順番に読んであげるから、仲良くしなさいね」
『はーい!』
当たり前と言えば当たり前かもしれないが、彼女の子どもに対する接し方は非常に慣れていた。
母性溢れる優しさと、きちんと言うことを聞かせる力も併せ持っている。
ここの修道女が感心するほどで、僕も内心で称賛していた。
サーシャ姉さん自身が幸せそうにしているのもあって、この話を引き受けて良かったと思う。
ただし、時折寂しそうな顔をしているので、リベルタ孤児院の子どもたちを思い出しているんだろうな……。
何ともやり切れない思いを抱いていると、クイクイと袖を引かれた。
視線を下げると女の子と目が合い、何事かを言いたそうにしている。
こう言う反応はアリアで慣れているので、すぐに身を屈めて問い掛けた。
「どうしたんだ?」
「えっと……お姉ちゃんも遊んでくれるの?」
「お姉ちゃんじゃないが……遊ぶのは構わないぞ」
「やった! 何して遊ぶ?」
「僕は遊びに詳しくないから、出来れば決めてくれると助かる」
「うーん、じゃあ……お姉ちゃんの得意なことが見たいな!」
「僕の得意なこと?」
「うん! たのしみー!」
ニコニコ笑う女の子。
中々の無茶ぶりだが、こうまで期待されたら断り難い。
とは言え、子どもが喜びそうな特技など、僕は習得していないからな……。
しばし考え込んだ僕は広場の端に木材を見付けて、修道女に尋ねてみた。
「すみません、あの木材を使っても良いですか?」
「え? あ、はい、使い過ぎなければ」
「有難うございます」
修道女に礼を告げた僕は、木材を片手に女の子に歩み寄った。
女の子は不思議そうにしていたが、構わず平坦な声で告げる。
「好きな動物はいるか?」
「え? んー……ウサギさん!」
「ウサギか……僕も好きだ」
「そうなんだ! かわいーよね!」
「あぁ、可愛い。 じゃあ、少し離れていてくれ」
「はーい!」
瞳を閉じて、脳内にウサギをイメージする。
そんな僕に他の子どもたちだけじゃなく、姫様たちも注目しているようだ。
微妙にやり辛いが、なんとか集中して木材を高く放り投げ――
「ふッ……!」
双剣で斬り刻んだ。
突然のことに女の子は驚いていたが、次の瞬間――
「えー!」
「すっごい!」
「どうなってるのー!」
僕の手に収まっているのは、木彫りのウサギ。
衝撃を受けた女の子はポカンとしていたが、気にせず押し付ける。
「こんな感じだが、満足したか?」
「え……? あ、うん! ホント凄かった! ウサギも有難う!」
「どういたしまして」
そう言って僕は、傍観態勢に戻ろうとしたのだが――
「お姉ちゃん! ぼくはクマがほしー!」
「あたし猫ちゃん!」
「リス! リスがいいなー!」
木材を抱き抱えた子どもたちに迫られて、思わず身を引いてしまった。
念の為に修道女に目を向けると、苦笑を浮かべながら頷いている。
小さく溜息をついた僕は、それぞれのリクエストに応えて行った。
そうして人数分の木彫りのオモチャを作り終えると、子どもたちは大いに喜んでいる。
僕はこんなことの為に剣技を磨いている訳じゃないが……これほどの笑顔が見られるなら、悪くない。
そんなことを思いつつ、微笑を浮かべた僕が子どもたちを眺めていると、姫様たちが歩み寄って来た。
「大人気でしたね、シオンさん」
「ま、子どもはオモチャに弱いし」
「それだけじゃなくて、シオン様の優しさが伝わったんですよ」
「才能の無駄遣いって感じもするけれど」
嬉しそうな姫様とアリア。
自分の客(?)を取られて、少し不満そうなリルム。
呆れたとばかりに肩をすくめたルナ。
そして――
「有難う、シオンくん。 こんなに子どもたちが喜んでる姿が見れて……本当に良かったわ」
薄っすらと涙を浮かべながら、感謝して来たサーシャ姉さん。
彼女の心情を思うと複雑だが、トータルで言えばプラスだと思っておこう。
その後も僕たちは子どもたちと触れ合い、一緒に昼食を食べてから別れることになった。
修道女も非常に満足そうで、子どもたちは寂しがっていたものの、最後は元気良く送り出してくれている。
村をあとにした僕たちは再び魔船に乗り、日が暮れる前に清豊の大陸から旅立った。




