プロローグ 熱砂の大陸へ
『魔十字将』の居城は大体同じ規模だが、特徴はそれぞれ違う。
たとえばユーノの居城は極めてシンプルな造りで、ヴァルの居城には数多くの格闘場がある。
ここ、デュエの居城には様々な花が飾られており、外にはフラワーガーデンまでも作られていた。
花を愛でるのは、彼女の数少ない楽しみである。
そして唐突だが、デュエはユーノに恋心を抱いている訳ではない。
ただ彼女は、その優しさがゆえに傷付いた仲間を放っておけなかった。
しかし、自分が何を言ったところで、ユーノが弱みを見せないのもわかっている。
つまるところ、自己満足でしかない――と、デュエは思っていた。
ところが彼女を慕う者たちは、そう考えていない。
「デュエ様、ユーノ様の様子はいかがでしたか?」
黒で統一されたデュエの書斎。
最初に声を発したのは、容姿端麗な少年。
白の礼服を身に纏い、赤いマントを羽織っている。
手入れが行き届いた長髪に、切れ長の瞳。
外見だけで言えば文句の付けようもないが、常に手鏡で自身の顔をチェックしており、相当なナルシストに思えた。
「そんなの決まってるじゃん、ノイム。 絶対、大丈夫って言ったんだよ。 ユーノ様なら、それしかないね!」
続いて口を挟んだ人物も、誰もが振り向きそうなほど整った容姿。
黄色の軽装を着こなし、頭の後ろで手を組んでいる。
快活な笑みが特徴で、短髪と楽し気な雰囲気も相まって、一緒にいるだけで心が躍りそうだ。
「スール……貴様は事の重大さをわかっているのか? レリウスは、ユーノ様が唯一認めた腹心だぞ? 心中穏やかではあるまい」
最後の1人も、例に漏れず美少年。
濃緑色のローブを着ていることから、古の魔法使いを彷彿とさせる。
クールな表情と抜群に似合ったミディアムヘアーが、彼の魅力を充分以上に引き立てていた。
タイプの違う3人だが、髪と瞳の色は魔族の特徴通り、銀と真紅。
他に共通しているのは、高身長と言うことだろう。
すると、自分の態度を非難されたスールが、不貞腐れながら言い返した。
「クロトはマイナス思考過ぎるんだよ。 そりゃ、ユーノ様はレリウスを信頼してたけどさ。 だからって、落ち込んでてもしょーがねぇじゃん」
「貴様はそうでも、ユーノ様のお気持ちは違う。 そう簡単に割り切れることでは……」
「そこまでだ、2人とも。 まずは、デュエ様のお話を聞こうじゃないか」
言い争いを始めそうだったスールとクロトを、ノイムが止めに入った。
いつの間にか手鏡を仕舞っており、意外と面倒見が良いのかもしれない。
ノイムの言うことを聞くのは、スールとクロトにとって微妙に屈辱的だったが、今回は大人しく従った。
3人から見つめられたデュエは、豪華な黒い椅子に腰掛けながら、物憂げな溜息を漏らす。
それを見たノイムたちは見惚れ、一瞬で心奪われていた。
彼らはデュエの腹心なのだが、主に心酔している。
念の為に断っておくと、デュエ自身が仕向けた訳ではない。
ただ単に、彼女にそれだけの魅力があると言うだけだ。
そんな罪深い美貌を持つデュエだが、特に誇ることもなく口を開く。
「スールの言う通りです。 ユーノは大丈夫と言っていました」
「ほーら見ろ!」
「うるさい、黙れ」
「ですがクロトの言うように、本当は辛いのだと思います」
「……ふふん」
「勝ち誇んな!」
「いい加減にしないか。 申し訳ありません、デュエ様」
「気にしなくて良いのですよ、ノイム。 彼らも自分なりに、意見を言おうとしているのでしょう。 ですが、今はわたくしの話を聞いてもらえますか?」
「も、勿論です!」
「……かしこまりました」
デュエに微笑み掛けられたスールとクロトは、途端に顔を真っ赤にした。
2人の反応に苦笑したデュエだが、やはり気分は重い。
どうしても暗い顔になりながら、彼女は心情を語る。
「ユーノは全てを背負うつもりです。 彼にしか出来ないことではありますが……同じ『魔十字将』として、情けない限りです」
「何を仰るのですか。 デュエ様がいらっしゃるからこそ、魔族のバランスは保たれているのです」
「ノイムの言う通りです! ユーノ様に負けないくらい、デュエ様は頑張ってますって!」
「こいつらと同意見なのは癪ですが、僕もそう思います。 デュエ様の功績は、素晴らしいものです」
「……ふふ、有難うございます。 そうですね、わたくしにはわたくしの成すべきことがあります。 では、具体的な話をしましょうか」
柔らかな笑みを浮かべたデュエに、またしても3人は胸を撃ち抜かれる思いだ。
しかし、彼女の腹心として恥ずかしくないよう、すぐさま意識を切り替えて会議を始める。
そこからは真剣な空気が室内に満ち、全員が計画に集中していた。
暫くして確認事項を終えたデュエは、一呼吸置いてから告げる。
「ノイム、スール、クロト……頼みましたよ。 ただし、決して深追いはしないようにして下さい」
「お任せ下さい、デュエ様」
「頑張ります!」
「必ずや、ご期待に応えてみせます」
芝居掛かった仕草で礼をしたノイム。
敬礼の真似事をしたスール。
深く頭を下げたクロト。
三者三様の返答を見たデュエは、またしても苦笑を浮かべる。
こうして彼女たちの計画は始動し、その目的地は――熱砂の大陸だった。




