第29話 宿敵との邂逅
カティナさんの準備が終わってから、僕とサーシャ姉さんは地下水路に案内された。
中は暗いが魔明が点いている為、視界には困らない。
ただし、地下水路はかなり入り組んでいて、まるで迷路のようだ。
もしカティナさんがいなければ、攻略するのに時間が掛かっただろう。
とは言え、順調に進んだとしても目的地は遠いようだが。
無言で歩みを進め、足音だけが反響している。
普段は雑談することが多いサーシャ姉さんも、今ばかりは緊張感が強い。
一方の僕とカティナさんは、そもそも口数が少ないタイプ。
それゆえにこの状況は自然で、僕としては問題なかったのだが、何やら言い難そうにカティナさんが声を発した。
「シオン=ホワイト」
「何ですか?」
「その……お前と『剣の妖精』は、どう言う関係なんだ?」
「どうと言われましても……。 敢えて言葉にするなら、仲間です」
「本当か? 恋人ではなく?」
「違います」
「そうか……」
どことなくホッとした様子のカティナさん。
それを見た僕は、軽い気持ちで問い掛けた。
問い掛けてしまった。
「カティナさんは、アリアのことが好きなんですか?」
「は、はぁ!? そんな訳ないだろう! わたしは女だぞ! いや、別に同性愛を否定するつもりはないが……。 し、しかし! わたしは違う!」
「わかりましたから、落ち着いて下さい。 この辺りにモンスターの気配はありませんが、何が起こるかわかりませんから」
「貴様のせいだろうが!」
喚き立てるカティナさんを、必死に宥める。
まさか、ここまで強く反応するとは……。
尚もカティナさんは顔を赤くしていたが、なんとか深呼吸して落ち着いたらしい。
王国軍の軍団長を務めるだけあって、気持ちのコントロールは上手そうだ。
まぁ、初めから乱すなと言いたくなるが。
褒めているんだか貶しているんだか微妙なことを思っていると、カティナさんは顔を背けながら言葉を紡ぐ。
「わたしが気にしているのは、『剣の妖精』に男が出来て、剣が鈍らないかと言うことだけだ」
「恋人が出来たら弱くなるんですか?」
「そうとは言い切れんが、可能性はある。 もっとも、逆に強くなるケースもあるようだが」
「どっちなんですか」
「どっちもあり得ると言うことだ。 少なくとも、大事な者が出来たことで何かしらの変化は起こるのだろう」
「カティナさんにも経験があるんですか?」
「わたしにそう言う相手はいない……って、何を言わせるんだ!」
「失礼しました」
随分と沸点が低い人だな。
王国軍を纏める立場として、若干の不安が残る。
それはともかく、恋人が出来ることで強くなることも弱くなることもあるのか。
誰かと恋人関係になって試すのは……流石に良くないだろう。
恋愛に詳しくない僕でも、それがいけないことだと言うのはわかった。
正直なところ興味はあるが、これに関しては考えるのをやめよう。
僕が人知れず決めていると、それまで沈黙を保っていたサーシャ姉さんが口を開いた。
「カティナさん、聞きたいことがあります」
「む、何だ?」
「レリウスと戦って……亡くなった方は何人いますか?」
「……57人だ。 重軽傷者を含めるなら、100人を超える」
「そうですか……」
カティナさんの返答を聞いたサーシャ姉さんは、足を止めて祈りを捧げた。
そんな彼女を僕とカティナさんは、真剣な目で見つめる。
やがて目を開いたサーシャ姉さんは、静かながら強く言い放った。
「行きましょう。 これ以上、犠牲者を出さない為に」
「……そのつもりだ。 付いて来い」
気を引き締め直したカティナさんが、率先して前を歩く。
それ以降は軽口を叩くこともなく足を動かし続け、かなりの時間が経過した。
ここからでは外の様子は見えないが、恐らく夕方近くにはなっていると思う。
そうして、ようやく最奥まであと少しと言うところまで来た、そのとき――
「な、何だ!?」
地下水路の先から、大量の何かが迫って来た。
それを見た僕は目を細め、素早く神力を高める。
「【閃雷】」
地下水路に向かって魔法を放ち、複数体のサハギンを貫いた。
だが、後続が途切れることなく通路に上がり、僕たちの行く手を阻む。
カティナさんは僕の魔法に驚きながらも戦闘態勢に入っていたが、動揺は拭い去れていない。
「貴様、今のは……」
「悠長に話している場合ですか?」
「……それもそうだな。 しかし、何故だ? アリエスの水路にモンスターが侵入するなど、これまでに1度も……」
「水が汚染されているからだと思います。 本来の澄んだ水はモンスターにとって害なので、自然の障壁となっていたんでしょう」
「く……! どこまでも忌々しい……!」
そうしている間にもサハギンの群れは数を増やし、レリウスへの道が塞がれて行く。
さて、どうするか……。
どれだけ数がいようと、サハギン如きに僕は止められない。
ただし、ここで時間を使うようなら、レリウスを逃がす可能性が高くなる。
そうして僕が選択に迷っていると、大きく深呼吸したカティナさんが、1歩前に出て宣言した。
「行け。 ここは、わたしが引き受ける」
「大丈夫なんですか?」
「舐めるな。 この程度、どうと言うこともない」
カティナさんの装備は、小さめの盾と短めの剣。
破壊力よりも手数と小回りを重視したスタイルに見える。
などと僕が分析していると、最前線のサハギン3体がカティナさんに跳び掛かった。
対するカティナさんは、退くことなく鋭く踏み込み――
「せいッ!」
目にも止まらぬ3連撃。
最初の1体を斬り上げ、即座に斬り下ろすことで2体目を撃破。
更に勢いを殺すことなく反転し、3体目を蹴り殺した。
お見事。
一撃の威力はさほど高くなさそうだが、スピードだけで言えばアリアより速いかもしれない。
彼女の実力に感心した僕は、背後で固くなっていたサーシャ姉さんに呼び掛けた。
「行くぞ、サーシャ姉さん」
「……えぇ。 カティナさん、どうかご無事で」
「ふん、言われるまでもない」
短くやり取りした僕たちは、それぞれの戦いに向かった。
カティナさんによって進路を確保し、サーシャ姉さんを担ぎ上げた僕が突破する。
いきなりのことにサーシャ姉さんは悲鳴を上げていたが、聞こえぬふりをした。
サハギンは僕たちを追って来ようとしたものの、カティナさんによって斬殺されている。
あの調子なら、確かに無理しなければなんとかなりそうだ。
そう判断した僕は完全に彼女たちが見えなくなってから、サーシャ姉さんを自分で立たせる。
彼女は何か文句を言いたそうだったが、機先を制して尋ねた。
「情報が正しければ、レリウスはこの先にいる。 覚悟は良いか?」
「……うん」
「良し、行くぞ」
緊張したサーシャ姉さんの言葉に頷き、僕は足を踏み出した。
しばしして辿り着いたのは、地下水路の最奥。
かなり広い空間となっており、戦うにはおあつらえ向き。
そして、視線の先には――
「また会いましたね、シオン=ホワイトくん。 出来れば会いたくなかったですが」
「僕は会いたかったぞ、レリウス。 今度こそ、お前を殺す」
好々爺然としたレリウス。
出会ったときと何も変わらず、既にレイピアの先に魔力を溜めている。
対する僕も神力を収束させ、いつでも【閃雷】を発動出来るように準備していた。
すると、今初めて視界に入ったかのように、レリウスがサーシャ姉さんに言葉を投げる。
「そちらのお嬢さんは、確かリベルタ村の修道女でしたね。 わざわざこんなところまで、ご苦労なことです」
「レリウス……リベルタ村の皆に言いたいことはないの?」
「言いたいことですか? そうですね……あぁ、中々の美味でしたよ。 生まれ変わったら、また頂きたいくらいです」
「……なるほど、やっぱり貴方に救いはないわ」
「シオン=ホワイトくんに頼ることしか出来ないくせに、良くもまあそんなことが言えますね」
「確かにそうね。 わたしには、貴方を倒すことは出来ない。 でも……何も出来ない訳じゃないわ」
「ほう……面白いですね。 でしたら、是非見せてもらいましょうか」
その言葉を言い終わるかどうかと言うタイミングで、レリウスがレーザーを射出した。
狙いはサーシャ姉さんだったが、既に察知していた僕は間に入って魔法を繰り出す。
「【閃雷】」
あとから発動したにもかかわらず、激突したのは中間地点。
それはつまり、レリウスのレーザーよりも【閃雷】の方が速いと言うこと。
この事実を受けて、レリウスの顔から笑みが消えた。
だが、彼は怯むことなく動き始め、広い空間を縦横無尽に駆ける。
老人とは思えない速度だが、驚くには至らない。
「【閃雷】」
「む……!」
先読みした僕の魔法を、レリウスは急停止することで辛うじて避ける。
流石の反応だと言いたいところだが、完全に足を止めたのは失敗だったな。
神速の踏み込みで懐に潜り込んだ僕は、右の直剣で袈裟斬りにする。
並の相手ならこれで終わっていただろうが、レリウスは易々と倒せる使い手じゃなかった。
「ぬん……!」
足裏で魔力を爆発させたことで後方に跳び退り、紙一重で直剣を躱すレリウス。
斬り裂かれたのは執事服のみで、体には傷1つない。
やるな。
素直に認めた僕だが、客観的に見ても負けるとは考えられなかった。
それと同時に、これが奴の全力とも思えない。
慎重にレリウスの様子を窺っていると、唐突に問を投げられた。
「シオン=ホワイトくんは、どうしてわたしを殺そうとしているのですか?」
「リベルタ村の人たちを殺した。 アリエスの水を汚染した。 人類の敵である魔族。 殺す理由としては充分だと思うが?」
「リベルタ村を襲ったのも、アリエスの水を汚染したのも、わたしの欲を満たす為です。 貴方たち人間がしていることと、何が違うのです? 人類の敵と言うのは、そちらが勝手に思っていること。 はっきり言って、わたしにキミと戦う理由はありません」
「だから殺すなと言うのか? 仮にお前の言い分を認めたとしても、サーシャ姉さんを傷付けたことは間違いない。 それに、アリエスの水を汚染した理由はそれじゃないだろう?」
「と言うと?」
「僕も最初は、お前の欲望の為だと思っていた。 だが、美味を味わうと言う欲を満たすだけなら、アリエスじゃなくても良いはずだ。 それにもかかわらず、お前はわざわざ水を汚染すると言う手段を使ってまで、アリエスをターゲットにした」
「それは、アリエスと言う国が狩場として、獲物が多いからですよ。 水を汚染したのは、少しずつ弱らせて長く美味を楽しむ為です」
「もっともらしい説明だが、実際は違う。 アリエスが落ちれば、清豊の大陸は機能を失う。 そうなれば、魔族が攻め入るのは容易いだろう。 そして、清豊の大陸が支配されれば残りの大陸に緊張が走り、バランスを失う恐れもある。 最悪、人間同士の争いに発展する可能性も捨て切れない。 要するに……」
そこで言葉を切った僕は、レリウスを睨んで言い切った。
「お前たちは、明確な敵意を持って攻めて来ている。 それでも、人類の敵じゃないと言うのか?」
「……いやはや、恐れ入ります。 キミには何もかも、お見通しのようですね。 鋭いとは思っていましたが、ここまでとは。 仰る通り、わたしの使命はアリエスの陥落にあります」
「そもそも、お前ほどの実力者が自分の欲の為だけに動いているとは考え難い。 何かしら意図があると思うのは、当然のことだ」
「少々複雑な気分ではありますが、実力を褒められたことは嬉しく思います。 ですが、こうなったからには、なんとかキミには退場してもらわなくては」
そう言ってレリウスは、前置きなくレーザーをサーシャ姉さんに放った。
警戒していた僕は難なく斬り払ったが、これは奴の意思表示。
今後はサーシャ姉さんを餌にして、僕に隙を作るつもりだろう。
ある意味で人質になったようなものだが、サーシャ姉さんは揺るがない。
恐れることなく、毅然とした表情でレリウスを見つめていた。
彼女が問題ないと結論付けた僕は、直剣をレリウスに突き付けて声を発する。
「決着を付けるぞ、レリウス。 謝罪するなら早めにしておけ。 お前の命は残り僅かだ」
「……怖いですね。 ですが、わたしにも譲れないものはあります」
直剣に神力を集める僕と、レイピアに魔力を宿すレリウス。
そして――
「【閃雷】」
「はッ!」
同時に閃光を撃ち出した。
激突して火花を散らし、地下水路を震わせる。
こうしてレリウスとの戦いは、激しさを増して行った。




