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【第3章完結】白雷の聖痕者  作者: YY
第2章

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第27話 アリエスの戦い(その1)

 シオンたちと別れたソフィアたちは、ユーティに連れられて街を歩いていた。

 本来の目的は構造を把握することだが、表向きには観光案内と言うことになっている。

 ギルド長が直々にするような仕事ではないが、相手が『グレイセスの至宝』と呼ばれるソフィアだからか、疑問に思う者はいない。

 ちなみにユーティの人気は高く、老若男女関係なく多数の国民から声を掛けられていた。

 それと同時に、ソフィアたちの姿を見て魅了されている人々も数知れず。

 ユーティは面白がっていたが、敢えてそのことには触れずに口を開いた。


「どうですか、アリエスは?」

「そうですね……シオンさんから聞いてはいましたが、綺麗だと思います」

「ソフィア姫にそう言ってもらえると、嬉しいですね。 でも……本当は、もっと素敵なところなんですよ」

「ユーティさんは、アリエスが好きなんですね……」

「勿論よ、『剣の妖精』ちゃん。 わたしとカティナちゃんは、生まれも育ちもアリエスだし」

「あ、あの……出来ればその呼び方は、やめて欲しいんですけど……」

「え? 良いじゃない、格好良いし可愛いんだから」

「そうよ、アリア。 恥ずかしがる必要なんてないわ」

「ソ、ソフィア様まで……。 と、とにかく、わたしのことはアリアと呼んで下さい」

「うーん、仕方ないわね。 わかったわ」


 ユーティは残念そうにしていたが、本気で恥ずかしがっているアリアを見て、渋々ながら言うことを聞いた。

 そのことにアリアはホッとしていたが、関心を持ったリルムが問い掛ける。


「ぺちゃパイも言ってたけど、アリエスでメイドちゃんって有名なの?」

「アリエス全体でって訳じゃないわね。 そもそも、『剣の妖精』が存在するかどうかが、あやふやな情報だったから。 王国軍やギルドで噂されてたくらいよ。 グレイセスに、とんでもなく強い『剣技士』がいるらしいって」

「その程度の情報しかないのに、良く名前を聞いてわかったわね?」

「あはは。 カティナちゃんは、『剣の妖精』のファンだから。 たぶん、熱心に調べたんだと思うわ」

「良かったわね、アリア。 ファンが出来て」

「ソ、ソフィア様! からかわないで下さい!」


 明らかにふざけているソフィアに、アリアは顔を真っ赤にして叫んだ。

 そんな彼女の反応にソフィアが苦笑していると、ユーティはニヤニヤしながら言葉を連ねる。


「ファンの数で言ったら、ソフィア姫だって凄いですよ。 『グレイセスの至宝』の噂は、アリエスどころか清豊の大陸中に広まってますから。 いえ、もしかしたら他の大陸にだって伝わってるかも?」

「ほ、ほら! ソフィア様の方が、断然凄いです!」

「まぁ、わたしは『輝光』ですし。 知名度と言う意味では、高くても不思議はありません」

「うわ。 自分で有名人って言い切ったわよ、このお姫様」

「客観的な事実を言ったまでですよ、リルムさん。 そう言う貴女こそ、『紅蓮の魔女』と言う呼称は通っているようですね」

「あー、それはそうですね。 やっぱり、魔道具の恩恵ってとても大きいですし。 流通してる魔道具の4割から5割くらいが、リルムちゃんの作品だって聞いてますよ?」

「そうなの? あたし、自分の魔道具がどう使われてるのか、あんまり把握してないのよね。 作ったら満足しちゃうって言うか」

「え? では、使用料とかはどうなっているのですか?」

「知らないわよ、お姫様。 たぶん最初に契約してるから、勝手に振り込まれてるんじゃない?」

「何と言いますか……リルム様らしいですね」

「メイドちゃん? それってどう言う意味?」

「い、いえ、何でもありません!」


 リルムにジト目を向けられたアリアは、大慌てで首を横に振った。

 2人の様子にソフィアとユーティは、顔を見合わせて笑っている。

 直近に危機が迫っていないこともあるのだろうが、少女たちの雰囲気は決して悪くなかった。

 ところが、そこに冷たい声が差し込まれる。


「楽しそうなところ悪いけれど、サッサと案内してもらえないかしら?」

「あ……ご、ごめんなさい」

「もう良いわ。 あとは自分で勝手にするから、国全体を見渡せる場所だけ教えて頂戴」

「えっと……それなら、あの時計台が1番ね。 高さを考えても、最適な場所かなって……」

「そう。 勘違いしないで欲しいのだけれど、わたしはこの国を守るだなんて一言も言っていないわよ。 何かあっても当てにしないでね」

「あ、ちょ……」


 呼び止めようとしたユーティを無視して、ルナは足早に立ち去った。

 けんもほろろなルナの態度にユーティは溜息をついたが、ソフィアたちは苦笑を漏らしている。


「気にしないで下さい、ユーティさん。 ルナさんは、ああ言う人なので。 彼女の分も、わたしたちが頑張ります」

「ソフィア姫……。 あんなに可愛いのに、なんか勿体ないですね」

「まぁ、確かに見た目は可愛いかもね。 中身は可愛げの欠片もないけど」

「ルナ様の場合、シオン様以外に好かれようって気もなさそうですが……」


 瞬間、ユーティの目がキラリと光った。

 しかしそのことを悟らせず、あくまでも世間話の延長として話題を振る。


「そう言えば、シオンくんってどんな人なんですか? エレオノール様やカティナちゃんにも物怖じしてませんでしたし、凄いなって思ってたんですけど」

「シオンさんがどんな人か……ですか。 語り出したら日が暮れますよ? 取り敢えず、素晴らしく可愛いです」

「可愛いけど、格好良いのよね。 メチャクチャ強いし」

「そ、それに……優しいんです。 それはもう、本当に……」

「へぇ~。 皆さん、シオンくんのことが好きなんですね~」


 ユーティとしてはちょっとした悪戯で、ソフィアたちが慌てる姿が見られると思っていた――が――


「はい、大好きです」

「超好きよ」

「わたしも……お慕いしています」


 頬を朱に染めながらも堂々と宣言した少女たちを前に、絶句した。

 だが、なんとか現実に復帰したユーティは、恐る恐る尋ね掛ける。


「あの……皆さん、恋敵同士ってことで……良いんですか?」

「そのようですね。 わたしとシオンさんが結ばれるのは、運命で決まっていますけれど」

「いつまでも寝言をほざいてなさい、お姫様。 シオンを落とすのはあたしだから」

「わ、わたしだって……こればかりは負けられないんです……!」

「……まさか、ルナちゃんやサーシャちゃんも?」

「ルナさんは公言していますね。 サーシャさんは……まだわかりませんが、恐らくそうなるかと」

「ソフィア姫は、それで良いんですか……? 貴女は立場上、後継ぎとかの問題もあると思いますけど……」

「勿論、考えていますよ。 ですから、魔王を倒して世界が平和になったら、抱いてもらおうと思っています」

「……今のは聞かなかったことにしておきます」


 下手をすれば大スキャンダルなセリフを平然と放り込んで来たソフィアに、流石のユーティも引き気味だ。

 一方のリルムは瞳に熱い炎を灯し、アリアは鋭い目付きになっている。

 彼女たちの本気を感じたユーティは、これ以上この話題に触れるのは危険だと判断して、強引に方向転換した。


「そ、そうだ! 皆さん折角アリエスに来たんですから、水路を通ってみたくないですか? どうせ街を案内するなら、舟に乗りましょう!」

「そうですね、良いと思います」

「あたしも、舟を動かす魔道具には興味あるし」

「お、落ちないように気を付けます」

「決まりですね! こっちです!」


 すんなりと話が済んだことに、ユーティは内心で安堵していた。

 そうして彼女はソフィアたちを引き連れて、近くの船着き場に向かう。

 今日も数多くの舟は停まっているが、仕事が出来ているのは約半数ほど。

 そのことにソフィアとアリアは表情を曇らせていたが、ユーティは敢えて明るく声を発した。


「さぁ、乗りましょう。 えぇと、営業してるのは……」

「あ! ギルド長、皆さん、こんにちはッス!」

「あ、ナミルちゃんじゃない。 体調が悪いって聞いてたけど、もう大丈夫なの?」

「完全復活! ……とは言えないッスけど、普通に動く分には問題ないッスよ」

「それは良かったですが、無理は駄目ですからね?」

「有難うございまッス、ソフィア様! でも、皆が頑張ってるのに、あたしだけいつまでも休んでられないんで!」

「あはは、ナミルちゃんらしいわね。 じゃあ、ソフィア姫たちに水路を案内したいから、舟を出してもらえる?」

「了解ッス、ギルド長! あ、皆さんにはお世話になったんで、今回はタダで良いッスよ!」

「え、あたし何もしてないけど? あ、ちなみに名前はリルムね」

「わ、わたしも大したことは……」

「気にしないで下さいッス、リルムさん、アリアさん! あのときは本当にキツかったんで、感謝してるんスよ!」

「うーん、じゃあお願いしようかな。 その代わり、今度何かあったら優先的に依頼させてもらうわね」

「ご贔屓感謝ッス、ギルド長! じゃあ、どうぞ乗って下さいッス!」


 本人の言う通り快調と言う訳ではなさそうだが、元気を出しているナミルに促されて、ソフィアたちは舟に乗った。

 今回は水路を通って街を見て回るのが目的のため、船頭はナミルのみ。

 船尾に取り付けられた魔道具を操作しており、それをリルムは楽しそうに観察している。

 当初の目的を忘れている彼女に嘆息しつつ、ソフィアとアリアは邪魔しようとはしなかった。

 あとで詳細を教えようと決めた2人は、ユーティの説明を記憶に刻み込む。

 その後、グルリとアリエスを見て回った頃には、夕日が沈みかけていた。

 エレオノールに謁見したこともあるが、やはり国の構造を網羅するとなると、かなり時間が掛かったらしい。

 なにはともあれ、準備が整ったと思ったソフィアたちは、ユーティに担当場所を聞こうとして――


「キャァァァァァッ!!!」

「な、何だあれ!?」

「モンスターだ! モンスターの群れだ!」

「嘘でしょ!? アリエスの水はモンスターにとって、弱点じゃなかったの!?」

「知るかよ! とにかく逃げろ!」


 水路の先、国のあちらこちらで悲鳴が上がった。

 それを聞いたソフィアとアリア、リルムは即座に戦闘態勢に入り、ユーティは遠話石でギルドメンバーと連絡を取っている。

 ナミルは戸惑っていたが、取り敢えず舟を止めて様子を見ることにしたらしい。

 すると、連絡を取り終えたユーティが、緊張した面持ちで言い放った。


「水路を通って、大量のサハギンがアリエスに侵入したようです。 説明しましたが、アリエスの水路は大陸全体と繋がっているので、侵入経路は絞り切れません。 わたしは今からギルドの指揮を執ります。 ソフィア姫たちは、遊撃隊としてモンスター掃討に手を貸してくれますか?」

「わかりました。 ユーティさん、気を付けて下さい」

「有難うございます。 皆さんも、決して無理はしないように。 ナミルちゃんは一緒に行きましょ」

「い、いえ! あたしは、ソフィア姫たちのお手伝いをしまッス! 舟があった方が、絶対便利だと思いますし!」

「でも……」

「ユーティさん、ナミルさんはわたしたちに任せて下さい。 実際、遊撃隊として動き回るなら、舟があるのは助かります。 それに、近くにいる方が守り易いですから」

「……わかりました、ソフィア姫。 ナミルちゃんを、よろしくお願いします」

「はい。 では、行きましょう」

「えぇ、またあとで会いましょうね!」


 そう言い残したユーティは舟から飛び降り、跳躍して屋根伝いに街の中心部に向かう。

 『弓術士』にしては機敏な動きにソフィアたちは感心していたが、即座に頭を切り替えた。


「それではナミルさん、お願いします。 わたしが指示する方向に、舟を向かわせて下さい」

「り、了解ッス!」


 ナミルに頼んだソフィアは船首に立ち、【転円神域】を発動。

 リルムとアリアは左右に陣取り、奇襲を警戒している。

 すると間もなくして、最初の集団と遭遇した。

 ミナーレ渓谷で嫌と言うほど戦った、サハギン。

 しかし、今回はシチュエーションが違う。

 前回は水辺で戦うことが出来たが、今回の敵は水の中だ。

 それゆえに、リルムはともかくソフィアやアリアに打つ手はない――かに思われたが――


「はぁッ!」


 水中に向かって、長槍を投げ放つソフィア。

 それによって1体のサハギンを貫いたものの、彼女は武器を失ってしまった。

 チャンスと見た他のサハギンたちが、一斉に水中から飛び掛かって来たが、忘れてはならない。

 彼女の長槍は、あくまでも神力から生成されたと言うことを。


「愚かですね」


 刹那の間に長槍を作り直したソフィアは、襲い来るモンスターたちを薙ぎ払った。

 3体のサハギンが塵となり、水路に魔石を落とす。

 その後もソフィアは投擲を繰り返し、着実に敵を始末して行った。

 対するアリアは――


「【グランド・ティア―】……!」


 チャージした神力に応じて大剣を巨大化させ、威力を上昇させるスキル。

 完璧に制御された神力によって、ベストの長さに変形した大剣。

 水路は大して深くもない。

 そこにアリアは大剣を振り下ろし――水を断つ。

 豪快な一撃は、水中に潜んでいたサハギンを容赦なく吹き飛ばした。

 不利な状況を物ともしない2人だが、目に見える範囲だけでもモンスターの数はまだまだ多い。

 このままでは被害が拡大しかねないが、こう言う場面で頼りになるのはこの少女。


「水の精霊に告ぐ――」


 詠唱を開始したリルムを見て、ソフィアとアリアは何かを悟った。


「無慈悲なる檻よ――」


 リルムを中心に、膨大な水の精霊が集う。


「我が命に従い――」


 集まった精霊たちが、水路へと散って行った。


「彼の者たちを捕らえよ――」


 サハギンの周囲の水が、意思を持って渦巻き始める。

 そして――


「【縛殺水檻アクア・プリズン】ッ!」


 終の文言。

 渦巻いていた水が球体となり、サハギンたちを閉じ込める。

 中で暴れているが、小動もしない。

 だが、これで終わりではなかった。


「グシャっとね!」


 前に突き出した右手をリルムが握ると同時に、圧殺される大量のサハギンたち。

 水属性の上級魔法、【縛殺水檻】。

 檻の数と強度は使用者の力量に依存する。

 敵を捕らえるのが従来の使い方だが、リルムはアレンジによって殲滅まで可能。

 水がない場所では十全な力を発揮出来ない欠点を持つが、アリエスでは関係ない。

 この辺りは、リルムの手札の多さを物語っている。

 それからも舟は水路を進み、数え切れないサハギンたちを仕留めて行った。

 ところが――


「あ、あれ!?」

「ナミルさん、どうしました?」

「す、すみません、ソフィア姫! 何かトラブルっぽいッス……」

「トラブル……? リルムさん、見てもらえますか?」

「はぁ、しょーがないわね」

「面目ないッス……」


 突如として魔道具が煙を上げ、舟が止まってしまった。

 それを見たソフィアはリルムに頼み、アリアと並んで様子を眺め――


「このときを待ってたッス」


 怖気が走った。

 反射的に振り向いたソフィアが目にしたのは、短弓を構えたナミル。

 『弓術士』としての武器ではなく、一般人が狩りなどに使う物。

 しかし、人を殺害するだけなら、これで充分。

 ミナーレ渓谷で狙撃して来た魔蝕教を思い出したソフィアは、大盾を構えようとしたが、ナミルの方が速い。

 引き絞った短弓から矢が放たれ、ソフィアを射抜こうとし――砕け散る。

 何が起こったのかわからないのか、ナミルは瞠目していたが、ソフィアは即座に行動に移った。


「はぁッ!」

「く……!」


 突き出した長槍が短弓を破壊し、ナミルは後方に飛び退く。

 神力を持たない彼女は聖痕者ではないが、戦闘技能と言う点では超一流。

 とは言え、正面から戦えば『輝光』に勝てる道理はない。

 それゆえにナミルは同胞を犠牲にして策を練り、敢えて毒を飲んで弱っている姿を見せることで警戒を解き、神力がないことを利用して奇襲を仕掛けた。

 だが、その全てが失敗に終わり、悔しそうに声を落とす。


「今のは……『殺影』ッスか」

「そのようですね。 いつからかは知りませんが、こちらのことを見ていたのでしょう」

「はは……あたしは手のひらの上で、踊らされてたんスね」

「あたしたちだってそうよ。 あんたが魔蝕教だなんて、今初めて知ったんだから」

「たぶんですけど……シオン様が気付いたんじゃないでしょうか。 それで、ルナ様に護衛を依頼したとか……」

「あり得るわね……。 と言うことは、また彼女はシオンさんと……」


 助けてもらっておきながら、ソフィアたちは暗いオーラを背負った。

 彼女たちの脳裏に浮かんでいるのは、勝ち誇った笑みを湛えたルナ。

 それでもソフィアたちは頭の外に締め出して、眼前の魔蝕教と相対した。


「ナミルさん……これまでのことは、全て演技だったのですか? わたしたちと……アリエスの人たちと笑みを交わしていたのも、嘘だったのですか?」


 ミゲルの言葉を聞いて以来、ソフィアの中で魔蝕教と言う集団がわからなくなっている。

 敵であることに違いはないが、本当に何も考えずに倒してしまって良いのだろうか……そう悩み始めていた。

 そのことはリルムやアリアにも伝わっており、ナミルの返答を黙って待っている。

 対するナミルは――鼻で笑った。


「どうでも良くないッスか? そんなこと」

「え……?」

「あたしがアリエスの人たちとどう言う関係だろうと、『輝光』を殺すのは絶対ッス。 だったら、あんたらはあたしを殺すしかないッスよね?」

「……場合によっては、生きて捕まえると言う選択もあります」

「ないッスよ。 そうなるくらいなら、あたしは死ぬッス」

「どうしてそこまで……」

「『輝光』には、わかんないッスよ。 あたしらの気持ちなんて。 ほら、続きをやるッス」

「まだやる気なの? 今のあんたに、勝ち目があると思ってんの?」

「勝ち目がどうとかって話じゃないんスよ、リルムさん。 生きてる限り、『輝光』を狙うのが魔蝕教ッス」

「残念です……仲良くなれると思ってたんですけど……」

「掃除してくれたのもそうッスけど、アリアさんは優しいッスね。 どうせなら、そのまま殺されてくれると助かるッス」

「馬鹿なことを言わないで下さい。 アリアに手を掛けると言うなら、容赦しません。 望み通り、貴女を討ちます」


 覚悟を決めたソフィアは、長槍をナミルに突き付けた。

 それを受けたナミルは嘲笑を浮かべ、溜息混じりに吐き捨てる。


「自分が大事なものの為に、他のものを切り捨てる……流石は『輝光』ッスね」

「何ですって……?」

「お喋りはここまでッス。 ……こうなった以上、使うしかないッスね」


 そう呟いたナミルが口を開くと、舌の上に小さな宝石が載っていた。

 既視感を覚えたソフィアたちは止めに入ろうとしたが、間に合わない。

 ナミルが口を閉じて宝石を飲み込んだ、瞬間――


「アァァァァァッ!!!!!」


 絶叫を上げながら、体が変容して行く。

 肌が青くなり、上半身が人間で下半身は魚。

 水で出来た竪琴を持っており、非常に美しい。

 しかし、感じる力は強大で、モンスター化したミゲルと同等以上。

 3人で挑めば勝てると思いながら、ソフィアたちはそうならない予感を抱き、それは現実となった。


『あはは……モンスターになるって、こんな気分なんスね。 これで、もうあとには退けないッス』

「ナミルさん……」

『おっと『輝光』、同情とかいらないッスからね? まぁ、そんな余裕ないと思うッスけど』


 ナミルがそう言うと同時に、水路が爆発した。

 咄嗟に警戒したソフィアたちが見る先に立っていたのは、10メトルを越える巨大サハギン。

 更には街中から通常のサハギンも集まっており、彼女たちを取り囲んでいる。

 ある種、予想通りの展開になったソフィアたちは、決断を下した。


「ナミルさんは、わたしに任せて下さい」

「……彼女と戦えるんですか、ソフィア様? もし少しでも躊躇うようなら、わたしが……」

「大丈夫よ、アリア。 確かに思うことはあるけれど、敵である以上は何があっても倒すわ」

「任せろと言うなら任せるけど、やるからには徹底的にやりなさい。 手加減なんて考えないことね」

「わかっています、リルムさん。 貴女には、周りのサハギンたちをお願いしたいです。 アリア、あの巨大サハギンを何とか出来るかしら?」

「……仕方ないわね、雑魚掃除は受け持ってあげる」

「わたしも、必ず仕留めてみせます。 ソフィア様、どうかお気を付けて」


 役割を確認した少女たちは、一瞬だけ視線を交換した。

 アリアは巨大サハギンに向かい、リルムは舟から飛び降りながら魔力を練り上げる。

 そんな2人を見送ったソフィアは、改めてナミルを見つめて告げた。


「ナミルさん、わたしは貴女を討ちます」

『何度も言わなくても、わかってるッスよ。 でも、タダでやられる訳には行かないんス』


 大盾と長槍を構えたソフィア。

 水の竪琴を抱え、弾く用意をしているナミル。

 舟の上で睨み合った両者は――


「行きます!」

『来いッス!』


 同時に動き出す。

 太陽が沈み、戦場と化したアリエスに夜が訪れようとしていた。

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