第15話 心機一転と義姉
リベルタ村で1夜を明かした、翌日の早朝。
僕はいつも通りの時間に目が覚めた。
昨夜は就寝時間が遅かったので、姫様たちはまだ眠っているらしい。
僕も寝ていて良いのだが、これは習慣と言うやつだ。
個人訓練をするべく魔家を出ると、すっかり雨は止んでいる。
水溜まりはあちらこちらにあるが、天気自体は良い。
昇ったばかりの眩しい太陽を手を翳して見やった僕は、早速準備運動を始めた。
充分に体が解れたのを確認し、続いて訓練に入ろうとしたが――
「……少し趣向を変えてみるか」
なんとなく、いつもとは違うことに取り組んでみる。
この村での出来事が大きな経験となり、心機一転したくなった。
とは言え、ただ変わったことをすれば良いと言う問題じゃない。
しっかりと訓練成果が出ることを前提に考えなければならず、これが意外と難しいんだ。
今までは、昔からのメニューをこなしていただけだからな。
だが、ある意味これはチャンス。
『魔十字将』やへリウスと言った強力な魔族が出て来た今、漫然と訓練するだけじゃ足りない。
更なる高みへ上り詰める為に、何が必要か。
それを真剣に考えるときが来たのだろう。
以前から考えている案はあるが、それを具体的な形にするにはどうすれば良いか……。
久しぶりに全力で思考を回転させていた僕の意識に、ある気配が紛れ込んだ。
どうしたものか悩んだが、意を決して声を掛ける。
「お早うございます、サーシャさん」
「ひゃ!? お、お早う、シオンちゃ……くん……」
魔家の入口を半分ほど開けて、ビクビクとこちらを見ていたサーシャさん。
やはりと言うべきか怯えられているが、ここで退く訳には行かない。
「サーシャさんは、男性が嫌いなんですか?」
「き、嫌いと言う訳じゃないけど……どうしても苦手と言うか……ごめんなさい……」
「謝らなくて良いです。 それに、無理に接しなくても大丈夫ですよ。 困ったときに僕に直接言い難ければ、姫様たちに伝言を頼めば解決しますから」
「あ、有難う……」
相変わらず怖がりつつ、しっかりと礼を言ってくれた。
確かに、嫌いと言うよりは苦手なようだな。
それならまだ、なんとかなるかもしれない。
内心で僕が少し安堵していると、サーシャさんが入口から出ようとしては引っ込む動作を繰り返している。
ふむ……外に用があるのか。
手っ取り早いのは無言で立ち去ることだが、それだと何も進歩しない。
そう考えた僕は、コミュニケーションを取るべく口を開く。
「どうかしたんですか?」
「へ!? あ、いえ、別に……」
「無理に話せとは言いませんが、手伝えることがあれば遠慮なく言って下さい。 この場にいて欲しくないなら、「邪魔だ、どけ」でも良いですよ」
「そんなこと言えないわよ!?」
「冗談です」
大声で否定するサーシャさん。
試しに冗談を言ってみたが、面白くなかったらしい。
慣れないことをするのは難しいな……。
少しばかり僕が気落ちしていると、固唾を飲んだサーシャさんがおずおずと語り始めた。
「み……皆のお墓を、作ってあげたくて……」
勇気を出したようなサーシャさんの言葉を聞いた僕は、目を皿のように丸くした。
しまった……。
痛恨のミスをしたと思った僕は、苦々しい思いを抱えながら、誤魔化すことは出来ない。
異変を感じて訝しそうにしているサーシャさんに、今度は僕が思い切って告げる。
「……もう作りました」
「……え?」
信じられないと言った表情のサーシャさんが、呆然と声を漏らした。
やはり、自分で埋葬したかったのだろうか……。
顔には出さなかったものの、胸中ではこれ以上ないほど後悔している。
密かに戦々恐々としながら、サーシャさんの言葉を待っていると――
「案内して」
それまでの態度を一変させたサーシャさんが、真剣な眼差しで要求して来た。
当然、僕に拒否する選択肢はなく、無言で頷いて歩み出す。
かなり離れているが付いて来ているのを確認し、やがて着いたのは村外れの広場。
木材で作った簡易的な十字架が人数分立ち並び、墓地と化している。
ここを選んだのは面積の問題もあるが、周囲に花畑が広がっているからだ。
すると、僕を追い抜いて墓地に入ったサーシャさんが、ゆっくりと練り歩き始める。
感情が抜け落ちた表情で、何を考えているのかわからない。
怒っているんだろうか……。
あとで怒鳴られる覚悟をしながら見守っていると、暫くして帰って来たサーシャさんが、墓地全体に向かって祈りを捧げた。
それを見た僕も、目を閉じて願う。
名も知らぬリベルタ村の民たちよ、安らかに眠ってくれ。
簡潔ではあるが、僕なりに思いを込めた。
そうして目を開けると、サーシャさんがこちらをまじまじと見つめている。
来るか、説教……?
僕が微かに身を固くしていると、サーシャさんは平坦な声で尋ねて来た。
「いつ作ったの?」
「……昨日の夜です」
「どうして作ったの?」
「……あの雨の中、放置するのはどうかと思ったからです」
「お墓を作るときの手順は知ってる?」
「……詳しくは知りません」
「埋葬する前に儀式をすることは?」
「……いいえ」
「これだと、どこに誰が眠ってるかわからないわよね?」
「……すみません」
穴があったら入りたいと言う気持ちは、このことかもしれない……。
すっかり小さくなった僕を前に、サーシャさんは口を閉ざした。
重苦しい沈黙が辺りに満ち、最早泣きたい気分になっていると――
「有難う」
柔らかく微笑んだサーシャさんが、僕の手を優しく取る。
予想外の事態に息を飲んだ僕は、恐る恐る尋ねた。
「怒っていないんですか……?」
「怒る? なんで?」
「だから……勝手に埋葬したからです。 手順なども、間違っていたようですし……」
「確かにそうだけど、わたしはシオンくんの気持ちが嬉しかったの。 ちゃんとした形じゃなくても、皆も喜んでると思うわ」
「それなら良いんですけど……」
サーシャさんが怒っていないことにはホッとしたが、失敗したことは覆せない事実。
だからこそ手放しで喜べない僕に苦笑を漏らしたサーシャさんは、唐突なことを言い出した。
「どうしても罰が欲しいって言うなら、わたしのお願いを聞いて欲しいかも」
「いや、それは罰じゃなくても、基本的には聞くつもりです」
「良いのよ。 これは、シオンくんの気持ちを納得させる為なんだから」
「それは、罰とは言わないんじゃないですか……?」
「細かいことを言わないの。 それで、聞いてくれる? くれない?」
「……内容にもよるので、言ってみて下さい」
何やら楽しそうなサーシャさんを、僕はむしろ不審に思った。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女が突き付けたお願いとは――
「わたしのことは、お姉ちゃんって呼んで欲しいの」
「……何ですって?」
「あ、シオンくんなら姉さんの方が良いかしら」
「いや、問題はそこじゃないんですけど」
「駄目?」
「……いえ、構いません」
「良かった! それと、タメ口で話してくれない?」
「……わかった、サーシャ姉さん」
「ふふ、有難う」
笑みを深めたサーシャさん……いや、サーシャ姉さんが僕の手に指を絡ませる。
何が嬉しいのかさっぱりわからないが、男性が苦手だったのはもう大丈夫なのか?
僕の頭上には疑問符がいっぱいなのに対して、サーシャ姉さんの周りには花が乱舞して見える。
すると、あまりにも僕が不思議そうにしていることに気付いたらしく、サーシャ姉さんが苦笑を浮かべて心情を明かした。
「わたしのフルネーム、覚えてる?」
「サーシャ=リベルタ、だったな」
「そう、リベルタよ。 わかってるかもしれないけど、これは元の名前じゃないの」
「……この村には、昔から孤児院があったと聞いている」
「そう言うこと。 わたしは、リベルタ孤児院の出身なの。 だから、孤児院の子どもたちは皆、弟や妹みたいなものだったのよ。 手の掛かることもあったけど……本当に、元気で良い子ばかりだったわ……」
墓地の方を見ながら言葉を紡いだサーシャ姉さんは笑顔だったが、今にも泣きそうに見えた。
いや、本当なら泣き崩れるほどの悲しみを背負っている。
彼女がどうして姉さんと呼ばせたか、ほんの少しだけ理解出来た気がした僕は――
「暫くは、僕のことを弟と思って良い。 サーシャ姉さん」
「……! うん、シオンくん……」
今度こそ我慢出来なくなったサーシャ姉さんは、笑いながら涙を流した。
そんな彼女を僕は、黙って抱き締める。
拒否されるかもしれないと思ったが、サーシャ姉さんはこちらの背に腕を回して来た。
まるで、失ったものを取り戻すかのように、強く、強く。
これ以上、こんな思いをする人が出てはいけない。
魔族と魔王は、絶対に僕が倒す。
サーシャ姉さんとの抱擁を続けながら、僕は改めて強く決意した。
「それにしても、シオンも水臭いわよね。 あたしたちのこと、仲間と思ってないのかしら」
「本当ですよ。 1人でお墓を作るだなんて……。 どうして言ってくれなかったのですか?」
「シオン様らしいと言えばらしいですけど……寂しいです……」
朝食の席に着いて開口一番、テーブルに両肘を突いて不貞腐れたリルムが棘だらけの言葉を発した。
それに同意した姫様も腕を組んでプンスカ怒っており、アリアは捨てられた子犬のようにしょんぼりしている。
対する僕は声を詰まらせたが、なんとか言葉を絞り出した。
「あのときは何と言いますか……そうしたい気分だったんです。 僕のわがままに、皆を巻き込んではいけないと思いましたし」
「だから、それが水臭いって言ってんのよ。 普段はあたしたちに遠慮せず言ってくれとか言うくせに、なんで自分のことは言わないの?」
「リルム、それは……返す言葉もないな」
「前から思っていましたけれど、シオンさんは抱え込み過ぎなのです。 確かに貴方はわたしたちよりも圧倒的に強いですが、1人の人間に違いはないのですよ?」
「すみません、姫様……」
「今更ですけど、カスールでの戦いのあとに謝ったのだって、本来はおかしなことなんです。 シオン様には何の落ち度もないんですから。 わたしたちのことを大事に思ってくれるのは嬉しいですけど、もっとご自分のことも考えて下さい」
「アリア……その通りかもしれない」
怒涛の勢いで叱られて、どんどん僕は委縮した。
しかし、彼女たちが本気で心配してくれているのがわかるので、ここは大人しく受け入れるしかない。
そうして僕が、尚も責められる心構えを作っていると――
「まあまあ、もうその辺で良いじゃない。 シオンくんだって、反省してるんだから。 ね?」
「あぁ……」
「ほら、こんなに素直。 皆の気持ちもわかるけど、これ以上は可哀想よ」
隣に座ったサーシャ姉さんが僕を抱き寄せ、頭を優しく撫でてくれた。
上手く言えないが、安心する。
そんな僕たちを見た姫様たちは口撃をやめたが、別方向で機嫌を傾けていた。
ちなみに、僕がサーシャ姉さんと呼ぶことに関しては、控えめながら認めている。
すんなりとは受け入れられていなさそうだったが、サーシャ姉さんの境遇を考えて我慢した……と言ったところか。
補足すると、そのことを聞いたアリアが「わたしのお兄ちゃんが……弟に……」などと意味不明なことを口走っていたが、無視して良いだろう。
とにかく、僕たちの関係を姫様たちは知っているものの、だからと言って全てが許せるとは限らない。
「サーシャさん、シオンさんにくっ付き過ぎではないですか?」
「そうよそうよ。 あんた、シオンのお姉ちゃんなんでしょ? もう少し弟離れした方が良いんじゃない?」
「お兄……シ、シオン様も、動き難いのは困ると思います」
本心がどこにあるかは別として、姫様たちの主張は真っ当と言える。
特にアリアの苦情は、僕の気持ちを代弁していた。
それゆえに目線でサーシャ姉さんに訴えると、彼女は小さく溜息をついてから了承した――が――
「わかったわよ、今は離れるわ。 今は」
あまり解決になっていないような言い草。
実際、姫様たちの目付きは更に鋭くなっており、今後のことが不安になった。
そのとき、今のやり取りを静観していたルナが、淡々と口を開く。
「おふざけが終わったなら、確認しておくわよ」
声量は大きくなかったのに反して、そこに込められた力は並々ならない。
気の強いリルムも従わざるを得ない迫力で、姫様とアリアは顔を見合わせ、訝しそうにしている。
しかしルナは彼女たちに取り合わず、睨み付ける勢いでサーシャ姉さんに問い掛けた。
「乳女」
「ち、乳女?」
あまりと言えばあんまりなルナの呼び方に、サーシャ姉さんの口元が痙攣する。
だが……完全に間違っているとは言い難い。
何故なら、これまで触れて来なかったが、サーシャ姉さんの胸はあの姫様よりも大きいからだ。
そのことがわかっている姫様は、どことなく悔しそうにしているが、張り合う必要がどこにある。
それはどうでも良くて、問題はルナが何を言おうとしているかだ。
僕が耳を傾けていると、彼女はズバズバと聞き難いことを聞く。
「貴女、もう死のうとは思っていないのね?」
「え、えぇ」
「そう。 それで? 今後どうするつもりなの?」
「どう……と言うのは?」
「決まっているでしょう? わたしたちは、魔王を倒すことを目的にしているパーティなのよ? その旅に付いて来られるの?」
「それは……」
「神力を感じるから、聖痕者ではあるのでしょうね。 でも、到底強いとは思えないのよ。 だって、本当に強いなら自分でヘリウスを撃退出来たでしょうから」
「……ッ!」
ルナの容赦ない指摘に、サーシャ姉さんは辛そうに俯いた。
そう、彼女は聖痕者。
ただし、漂って来る気配はお世辞にも強者とは言えない。
力を隠していたアリアのときとは逆で、神力はそれなりに感じるが、身のこなしなどが完全に素人。
仮に『攻魔士』などの魔法系階位だとしても、お粗末過ぎる。
戦闘以前に、普通の旅路にすら付いて来られるか微妙。
しかし、そうだとしても――
「大丈夫だ。 サーシャ姉さんなら、問題ない。 最初はもしかしたら少し遅れるかもしれないが、必ず付いて来る」
「シオンくん……」
縋るような目を向けて来るサーシャ姉さんを一旦放置して、ルナと正面から相対する。
これが重要な話し合いだと察した姫様たちも、黙ってルナの返答を待った。
少女たちから注目されても動じないルナは、スッと目を細めて厳しい意見を突き付ける。
「わたしも一応このパーティの1人として言わせてもらうけれど、こんなお荷物を担いで行く余裕はないと思うわ」
「現時点では、ルナの見解が正しいかもしれない。 ただ、彼女には可能性がある」
「可能性、ですか……?」
「そうです、姫様。 確かに今のサーシャ姉さんは、戦力にならないでしょう。 ですが、将来的にはそうとは限りません」
「根拠はあるの? あ……もしかして……」
「勘だ、リルム」
「やっぱり……。 でも、シオンの勘って馬鹿に出来ないのよね……」
呆れ果てた様子だが、苦笑を浮かべたリルム。
姫様とアリアも似たような心境らしく、困ったような笑みをこぼしていた。
彼女たちは反対したい訳じゃなく、気持ち的にはサーシャ姉さんを連れて行きたいのだろう。
もっとも――
「そんな不確かな主張で、納得するとでも思っているの? もし乳女が人質に取られたりしたときに、勝利を優先して切り捨てる覚悟はあるのかしら?」
ルナに感情論は通らない。
彼女が語った未来を、あり得ないと言い切れる者はいないと思う。
敵の弱点を突くのは、戦いの基本だからな。
その場面を思い描いたのか、固い面持ちを作る姫様たち。
サーシャ姉さんも不安そうに、こちらを見ていた。
だが僕はルナと視線を交換し、堂々と言ってのける。
「その覚悟はない」
息を飲むサーシャ姉さん。
姫様たちは緊張しており、ルナは畳み掛けようとしていたが、僕の言葉にはまだ先がある。
「僕にあるのは、サーシャ姉さんを……いや、皆を守る覚悟だけだ。 万が一、人質に取られたとしても、必ず助け出してみせる」
「……! なるほどね……」
僕の思いを聞いたルナは、初めて口を止めた。
完全には咀嚼出来ていないようだが、少しは彼女の心に響いているらしい。
それでも首を縦に振れないルナに、姫様たちが説得の言葉を浴びせる。
「ルナさんの心配はもっともですけれど、わたしたちが協力したらなんとかなりますよ」
「ま、女の子1人守れないで、魔王に勝てるとも思えないしね」
「わ、わたしはやっぱり……傷付いているサーシャ様を、放り出したくありません」
姫様たちの話をルナは黙って聞いていたが、やれやれとばかりに溜息をついて冷ややかに言い返した。
「3人掛かりでヴァルに負けそうになっておいて、良くそんな大口を叩けたものね」
『う……』
癒え切っていない傷を抉られて、姫様たちが同時に呻く。
申し訳ないが、ちょっと面白かった。
怒られそうなので、当然口に出しては言わない。
するとルナは再び溜息をついて、サーシャ姉さんに鋭い目を向ける。
それを受けた彼女は体を硬直させつつ、真っ向から受けて立った。
「ルナちゃん」
「何かしら?」
「わたしがお荷物なのは、間違いないと思うわ。 迷惑を掛けないなんて、正直言えない。 でも、一生懸命頑張るから」
「頑張れば許されるとでも思っているの?」
「そうは言わないわ。 けど、少しだけチャンスをくれないかしら? やっぱり駄目だと思えば、そのときは……置いて行って」
決意を感じさせる声で告げた、サーシャ姉さん。
そんな彼女をルナは静かに見据え、姫様たちも固唾を飲んで見守る。
そのまま暫く無言の時間が続き、ようやくしてルナが答えを出した。
「3週間よ」
「え?」
「わたしはここで見捨てても良いのだけれど、きっとシオンたちはそうしないでしょう。 だからと言って、その辺の村や町で切り捨てるのは中途半端。 そうなると、アリエスまでは同行することになるわ。 そして、アリエスまではおよそ3週間掛かるじゃない? だから、それまでの間に最低限の実力を付けなさい。 それが出来なければ、そこまでよ」
「……わかったわ、なんとか頑張ってみる」
「別に、無理して頑張らなくても良いのよ? わたしは困らないから」
そう言ってルナは、そっぽを向いた。
冷たいようだが、彼女の言っていることは至極正論。
サーシャ姉さんのことを思っても、妥当な判断だと言える。
それがわかっているのか、彼女はルナに感謝するかのように頭を下げた。
恐らく、ルナとて心底サーシャ姉さんを排除したい訳じゃない。
ただ、パーティの安全を考えて、心を鬼にしたのだろう。
僕のときと言い、不器用な優しさだな……。
姫様たちも少しずつルナへの感情が変わって来たようで、どことなく見る目が違うように感じる。
もっとも、当の本人は居心地悪そうにしているが。
そのことも含めて苦笑を浮かべた僕は、1つの案を提示する。
「明日から、僕はサーシャ姉さんに付きっ切りで訓練する」
「え!? なんでよ!?」
「時間がないからだ、リルム。 短期間で強くなってもらうには、そうするのが最善だろう」
「……シオンさんの言っていることはわかりますけれど、わたしたちも参加する訳には行かないのでしょうか?」
「すみません、姫様。 この3週間だけは、サーシャ姉さんに集中させて下さい」
「シオン様がそう言うなら……仕方ありませんね……」
「アリア、元気を出してくれ。 今度また、体術の訓練もしよう」
予想はしていたが、普段から訓練をともにしている姫様たちから不満の声が上がった。
それでも理解はしてくれており、感情に逆らって飲み込もうとしている。
彼女たちが問題ないと判断した僕がルナに目を移すと、彼女は盛大に嘆息して言い捨てた。
「勝手にしなさい。 精々、無駄な時間にしないことね」
「有難う、ルナ」
「お礼を言われる筋合いはないわ。 さぁ、そろそろ食べましょう。 破廉恥メイドのご飯が冷めてしまうわ」
「あ、そうよね! 食べましょ!」
ルナの言葉に真っ先に反応したのはリルム。
言質は取ったとばかりに食べ始め、幸せそうに頬を綻ばせている。
相変わらずマナーがなっていないが、姫様は溜息を落とすだけに留めて、改めて合図を出した。
「わたしたちも食べましょうか。 頂きます」
姫様の言葉に僕たちも追随し、ようやく全員が食事を開始した。
ルナは何も言わなかったが、リルムのようにフライングはしない。
その後はたまに談笑しながら、穏やかな時間が続いていた――のだが――
「シオンくん」
「どうした、サーシャ姉さん」
「わたしの為に、有難う。 明日から、よろしくね」
「あぁ、よろしく頼む」
「はい、あーん」
「……何の真似だ?」
「ほら、暫くは弟と思って良いって言ってくれたじゃない? わたし、結構こう言うことしてたのよ。 だから、あーん」
「……仕方ないな」
先ほどまでの緊張感は、どこへ行ったんだ。
それ以前に、いったい僕を何歳だと思っているんだろう。
とは言え、確かに弟と思って良いと言ったのはこちら側。
姫様たちの視線が途轍もなく痛いが、意を決して差し出された卵焼きを頬張る。
アリアの料理だからな、美味しいのは美味しい。
しかし、これ以上ないほど気まずい僕は、自分で残りを食べようとしたが、サーシャ姉さんはまだ解放してくれなかった。
「ふふ、上手に食べられたわね。 偉い偉い」
「……有難う」
ニコニコ顔で頭を撫でられて、何とも複雑な気分になる。
彼女に悪気はないのだろうが、姫様たちのフラストレーションが高まっているのは疑いようもない。
それでも何も言わないのは、サーシャ姉さんが大きな傷を負っていることを知っているからだ。
明らかに不満を露にする姫様たちと、平然としつつこめかみがピクピクしているルナ。
彼女たちが我慢していることを承知の上か天然か知らないが、サーシャ姉さんは止まらない。
「シオンくん、この魚料理も美味しそうよ。 はい、あーん」
「……あーん」
「ふふ、良い子ね」
心底幸せそうなサーシャ姉さん。
その後、結局僕はほとんど彼女に食べさせられた。
それによって、姫様たちの機嫌は最悪になり――
「シオンさん、サーシャさんの特訓は明日からでしたよね? 食後に軽く、訓練に付き合ってもらえませんか?」
「良いわね。 あたしも無性に暴れたい気分なの」
「……わたしも参加させてもらいます」
「うふふ……わたしも混ぜてもらおうかしら」
僕に対して、猛烈な攻撃を仕掛けるのだった。
何故責められるのか理不尽に思いながらも、黙って彼女たちの怒りを受け止めたことこそ、称賛に値すると思う。




