プロローグ 魔十字将
魔族が住むと言われている、真夜の大陸。
しかし、その詳細を知る者はほとんどいない。
何故なら、真夜の大陸に渡った人間は殺されるか、良くて命からがら逃げ帰るからだ。
唯一判明しているのは、名前の通り日が昇らない、常夜の世界だと言うこと。
そんな真夜の大陸に存在する、魔族の居城の1つ。
燭台の火が怪しく照らす、広い空間。
グレイセスの王城に似ていると言えば似ているが、雰囲気は圧倒的に暗い。
赤い絨毯が敷かれており、その先の玉座のような場所には、大きめの執務机が置かれている。
執務机の上には書類が山積みになっているが、今は横にどけられ、空いたスペースに3つの鏡が並べられていた。
その対面に座っているのは、1人の青年。
長身痩躯で肩より少し長い銀髪、感情の窺い知れない真紅の瞳。
銀髪と真紅の瞳は魔族の特徴、あるいは証。
かなり整った容貌をしており、漆黒の甲冑で身を包んでいる。
そんな青年が、静かで鋭利な雰囲気を醸し出しながら、重々しく口を開いた。
「どう思う?」
その問い掛けは言葉足らずで、何が聞きたいのか判然としない。
だが逆に言えば、受け取った側が何に着目して、どう感じたのかを知ることが可能。
青年の思惑を察した鏡の向こうの人物たちは、文句を言うことなくそれぞれの考えを伝える。
『わたくしは油断ならないと感じました。 特にイレギュラー……シオン=ホワイトには注意が必要です』
最初に答えたのは、美しい女性の声。
『ボクはまだ何とも言えないかなー。 イレギュラーが厄介なのは間違いないけど、他の3人はビミョーじゃないー? 『殺影』が加わったら、メンドクサクなりそうだけどー』
次いで返事をしたのは、眠たげな少女の声。
『何言ってんだ。 あんな奴ら、どうってことねぇぜ。 むしろ今すぐ、ぶっ叩くべきだろーが』
最後の1人は、勝気な少年の声。
それぞれの意見を聞いた青年は数瞬瞑目し、自身の思いも明かす。
「ヴァルの言う通り、すぐに始末出来るならそれに越したことはない」
『だろ? そうと決まれば……』
「だが、デュエやトレスの懸念ももっともだ。 イレギュラー……奴の強さは底が見えん。 『殺影』の動向もはっきりせんしな」
『ですね……。 まだ、焦って動くべきではないと思います』
『馬鹿なこと言うなよ、デュエ。 のんびりしてたら、それこそ手遅れになるだろーが』
『ヴァル、落ち着きなよー。 あいつらの旅は始まったばかりなんだから、そんなに慌てなくて良いでしょー?』
『うるせぇぞ、トレス。 俺様に指図すんじゃねぇ。 テメェらがやらねぇってんなら、俺様がやってやるよ』
『待って下さい。 貴方を、ここで失う訳には行きません』
『だから、負ける前提で話してんじゃねぇ! とにかく、俺様は動くからな! テメェらは、ここで一生話し合ってろ!』
そう言い捨てた少年……ヴァルの気配が鏡から消える。
そのことにデュエとトレスは溜息をついたが、青年は動じなかった。
「放っておけ」
『ユーノ……良いのですか?』
『ヴァルが脱落しちゃったら、今後の戦いが厳しくなるよー?』
青年ことユーノの判断に、デュエとトレスが食い下がる。
しかし、ユーノはやはり揺るがない。
「ヴァルは粗野に見えて頭は悪くない。 無駄死にするようなことは、しないはずだ」
『それはそうですが……』
『まぁー、ヴァルは魔王様を本当に大事に思ってるからねー。 居ても立っても居られないんだよー。 ……それはボクもだけどー』
「その通り。 我らは皆、魔王様の為に存在する。 最悪、ヴァルが殺されたとしても、奴らの強さを測る機会にはなるだろう」
『……そうならないことを祈ります。 勿論、魔王様が最優先なのは、わたくしも同じですが』
「心配するな、デュエ。 我ら『魔十字将』は考えこそ違えど、志すのは同じだ。 それはヴァルも例外ではない」
『えぇ、そうですね』
『魔蝕教にも、もっと頑張ってもらわないとねー』
「そうだな。 見込みのある者たちには魔石を渡しているから、それなりには戦えるはずだ。 使うことを躊躇わなければ、だが」
『ミゲルは惜しかったですね。 『輝光』を追い詰めていたように思います』
『それはどうかなー。 ボクには、あれが『輝光』の全力だとは思えないんだよねー』
『ですが、余裕があるようには見えませんでしたよ?』
『輝光』……ソフィアの実力に関して、デュエとトレスの意見が割れた。
『魔十字将』の間に上下関係はないが、こう言うときは自然とユーノの見解を聞きがちである。
2人から意識を向けられたユーノはしばし黙考してから、ゆっくりと口を開いた。
「デュエもトレスも、言っていることには一理あると思う」
『どう言うことー?』
「デュエの言うように、あのときの『輝光』に余裕はなかった。 だがそれは、奴が『輝光』のポテンシャルを引き出せていないからだ。 トレスの言う通り、本来の『輝光』の強さはあんなものではない」
『と言うことは、やはりヴァルの言うように、今のうちに仕掛けるべきなのでしょうか……?』
「いや、そうとは限らない。 結局のところ、イレギュラーの強さが未知数だからな」
『だよねー。 もうちょっとは情報が欲しいかもー』
「そう言う意味では、ヴァルが動いてくれたのは好都合だ。 あとは、結果を待とう」
『……わかりました、わたくしも覚悟はしておきます』
『ヴァル、頑張ってねー』
気の抜けたトレスのエールを最後に、2人の気配も消えた。
1人になったユーノは椅子の背もたれに体を預け、虚空を見つめる。
すると空中に、シオンとルナが戦っている場面が映し出された。
『殺影』であるルナも相当危険な存在だが、シオンはその次元ではない。
明らかに手を抜いているにもかかわらず、圧倒している。
収穫があるとすれば、いくつかの魔法とスキルを見れたこと。
暇さえあれば映像を流しているが、何度見ても凄まじい。
このイレギュラーをなんとかしない限り、勝ちが転がって来ることはないだろう。
そう考えたユーノは厳しい表情で、映像を凝視し続けた。




