81 エルフの里には小さな温泉が湧いているそうな
一通りカーバンクルと戯れた後、子供たちと母親たちはいつの間にか来ていたもう一人の事務担当NPCであるパルミエと自分たちが住む家の内見へ。
その間に私はミルフィーユを伴って長老とのお話だ。
「長老。一つ聞きたいんだけどいいかな?」
「はい。私に答えられることでしたら何なりと」
突然の質問に、ちょっと表情が硬いエルフの長老。でも、そんなに難しいことを聞くわけじゃないんだよなぁ。
「実はさっきここにいるミルフィーユと話したんだけど、エルフってお風呂に入る風習はあるの?」
「お風呂、ですか? 人族が湯につかるという、あの?」
「ええ、そのお風呂」
この質問は全く想定していなかったらしく、少しあっけにとられた表情の長老。
だからなぜ質問したのかを説明することにした。
「今子供たちと母親たちが見に行っている家なんだけど、エルフが入るかどうか解らなかったから部屋にお風呂が付いてないのよ。だから、入るのなら早急にお風呂だけの施設を作らなければいけないと思って」
「なるほど、そうでしたか。結論から申しますと、風呂というものに入る習慣はありません。ですが湯の湧き出る泉があり、そこを好んで水浴びに使うものもおります」
なんと、エルフの集落周辺に張っていた結界の中には温泉が湧き出る場所があるんだって。
でもその場所は集落から少し離れていて不便だし、あまり大きな泉でもないから一部のエルフしか使っていないそうな。
「ただ湯につかると体の疲れが抜けていきますから、もし近くにあるのでしたら皆入るのではないかと思います」
「そっか。じゃあ、温浴施設を建てた方が良さそうね」
私がそう言ってミルフィーユに視線を送ると、ぺこりと頭を下げて解りましたと一言。だから、あとは任せておけば手配してくれるだろうなぁと思ったのよ。
でもなぜかその後、ミルフィーユが私から離れて少し開けた所に移動したのよね。だから何事かと思ったんだけど。
「アイリス様。この辺りでよろしいですか?」
「えっ? 何がよろしいのかな?」
「何を言っているのですか。アイリス様の言う、温浴施設を建てる場所です」
なんと、びっくり。ミルフィーユはすでにお風呂を中に配置したMサイズの家を用意していた模様。
だからここでよければ、すぐに設置しますと言うんだ。
「そこに建てても、問題はないの?」
「はい。城内ではありませんから、特に問題になることはありません」
さすがに城の敷地内だと、防衛や防犯の面で問題になることがあるそうな。
でも、ここは門の外でしょ。だからどこに建てても、特に支障はないとミルフィーユは言うのよ。
「それに、邪魔になるようでしたらすぐに移動できますから」
「そう言えばそうね。いいわ、建てちゃってくれる」
私がそう答えるとミルフィーユはその場でMサイズの家ユニットを起動、場所の微調整をしてから設置した。
するとそこに現れたのは和風建築の大きな建物で、入口のところにはご丁寧に「ゆ」と書かれた暖簾までかかっていたのよね。
「へぇ、ほんとにお風呂屋さんみたいな外見にしたのね」
「はい。エクレアがお風呂専用の建物なら和風建築で、特にこの暖簾は絶対にいると申しましたので」
どうやら城の図書館にはお風呂屋さんに関する文献まであったみたい。どうやら図書館大好きNPCのエクレアがその本を読んだことがあるらしくて、そう強固に主張したそうな。
余談だけど、そのエクレアの意見で城の地下にある大浴場にもこの暖簾がかかっているそうな。今度暇な時にでも見に行ってみるかな。
「アイリス様、中の確認はなさいますか?」
「そうね。せっかくだから、長老も見て行ったら」
「はい。それではお供させて頂きます」
そんな訳で、いきなり始まった温浴施設の内覧会。
「なるほど。入ってすぐのロビーに、男湯と女湯に解れる入り口が設置してあるのね」
「はい。この入口ロビーの配置はエクレアが監修して、文献にあったお風呂屋というものに似た造りとなっております」
本当は木の札の鍵が付いた靴箱や番台も用意したいとエクレアは主張したらしい。
でも、これって私がエルフの里から避難民が来ると話してから急遽用意したものでしょ。
流石にそんな時間はないからと、このロビーだけしかそれらしく作れなくてエクレアはたいそう悔しがったそうな。
「因みにロビー以外はトレードボックス内にあった既存の風呂ユニットを購入、一つを反転させて左右対称に設置してあります」
MMORPGウィンザリアには、なぜか異様に凝った住居用のユニットパーツが揃っているの。
その中でもお風呂ユニットがすごくて、城の地下にある大浴場なんてどこのスーパー銭湯だよ? って言うほど設備が充実しているのよね。
それだけにここがどんな作りになっているのか、私はとても楽しみになってきた。
「それじゃあ、中を見せてもらおうかな」
私はそう言うと、男と女と書かれている二つののれんの前へ。
「中は左右対称なだけで、設備は同じなのよね?」
「はい、そのようになっております」
それを聞いた私はちょっと考えた後、男と書かれた暖簾をくぐることにした。
だって実際に稼働し始めたら、もう入ることができなくなるもの。たとえ同じ造りであっても、一度くらい見ておきたいじゃない。
「今は長老もいっしょだからね」
まだ誰も入っていないとはいえ、男である長老を連れて女湯に入る訳にはいかない。そうミルフィーユに言い訳をしながら、内見開始。
「へぇ。脱衣所は結構広く作ってあるのね」
てっきり最小限の広さですぐにお風呂の入口があるのかと思ったら、予想以上に広くてびっくり。
鍵付きのロッカーや長椅子が並び、8つ並んだドレッサーにはドライヤーや綿棒&ティッシュボックスまで完備。
さすがに化粧水とかは並んでなかったけど、ブラシが入った紫外線滅菌ボックスまであるのはちょっと凝りすぎじゃない?
それと、
「ここにも、マッサージチェアがあるのか」
城の大浴場にあるからもしかしてとは思ってたけど、本当にここにも設置してあってびっくり。
流石に2台しか置いてなかったけど(因みに城の大浴場には5台並んでいる)それでも日本の最新式だから、この世界基準で言えばとんでもないことよね。
「これがあるってことは、ここってもしかして城にある大浴場のグレートダウン版?」
そう思ってお風呂場をのぞいてみれば、そこには予想通り小さめのスーパー銭湯と言った感じの光景が広がる。
城にあるもので省かれてるのは岩盤浴くらいで、ジェットバスやサウナはもちろん、ミストサウナや設置された家周辺の気候を再現した露天風呂まであるのだから驚きよね。
「アイリス様。人族とはこのようなところで水浴びをするのですか? 凄いですね」
「いやいや、ここまでの施設は普通ないから」
目の前の光景に圧倒されている長老、その言葉を否定しながらふといたずら心がムクムクと。
「そうだ。流石に今から湯船につかるのは無理だけど、帰る前にここにある施設の一つを体験してみない?」
「体験ですか?」
不思議そうな顔をする長老の手を引っ張って連れて行ったのは、黒い大きな椅子の前。
「これに座って」
「おお、これは座り心地がとても良い椅子ですな。ですが、なぜこのような豪華な椅子が水浴びの施設の中に?」
そう言って小首をかしげる長老。
私はそれを見てほくそ笑みながら、有線コントローラーのスイッチを入れる。
「それじゃあ、背もたれが倒れるけど驚かないでね」
「えっ、それはどうい……うをっ」
ゆっくりと背もたれが倒れて行き、それと連動して上がっていく足。それが終わるとすぐに体形検索が始まったらしく、戸惑いの表情を見せる長老だったけど。
「これは……これは凄いですのぉ。背中や腰がもまれて、なんともはや」
マッサージ椅子の気持ちよさに、目を閉じながら気持ちよさそうな表情を見せる。
それを見ながら、エルフでもやっぱりマッサージチェアは気持ちいいんだなぁなどと考えていたんだけど……。
「アイリス様。エルフの長老に対して、なんともむごいことをなさいますね」
「むごい? えっ、なんで?」
私が質問すると、ミルフィーユはジト目でこちらを見ながらこう返してきたのよ。
「長老はこの城に移住するわけではなく、この後里に帰るのですよね?」
「あっ!」
ふと見ると、あまりの気持ちよさにとろけるような表情の長老の姿が。
しまった。これは本当にむごいことをしてしまったかもしれない。
ミルフィーユの呆れた視線を浴びながら、どうしたものかと頭を抱える私だった。




