80 子供たちは素直だからすぐに精霊だと気付けたんだろうなぁ
精霊に詳しいはずのエルフたち、なのにベヒモスを見て恐れおののいているものだからなぜだろうと首をかしげていたんだけど、
「わぁ、つちのだいせいれいさまだ」
「かっこいい!」
そんな声が聞こえたので、そちらを見てみる。するとそこには、目をキラキラさせてベヒモスを見るエルフの子供たちの姿があったのよ。
そしてそんな子供たちのおかげで、どうやら母親たちも正気に戻った模様。
「あら。本当に土の大精霊様だわ」
「恥ずかしい。なぜあんなに驚いてしまったのかしら」
う~ん。どうやらお母さんたちは、ここが龍峰山脈の麓で周りには恐ろしい魔物や魔獣がいるという固定観念から目の前の状況を理解する余裕がなかったみたいだね。
「しかし、大精霊かぁ。私たちは上位精霊って呼んでるんだけど、ここでは違うのね」
そんな独り言に、これまた正気を取り戻したエルフの長老が答えてくれた。
「我々も上位精霊様と呼ぶことはあります。ただ、火、水、風、土、光、闇の6属性を主る上位精霊様は特に敬意をこめて大精霊様と呼んでいるものが多いのです」
「なるほど、基本属性と光と闇は特別なのか」
日々の生活と直結してるからなぁ、その6属性。その上位精霊だから、ある意味神様のような扱いなのかもしれない。
「しかし、大精霊様すらも従えているとは、流石アイリス様ですなぁ」
「ん? 違う違う、ベヒモスを使役しているのは私じゃなくオランシェットよ」
私がそう教えると、長老は驚愕の目でオランシェットを見る。
「アイリス様ではなく、眷属様が大精霊様を?」
「うん。だってオランシェットは精霊召喚士だもの」
私はすごいでしょって軽い気持ちで話してたんだけど、どうも長老の様子がおかしい。
「どうしたの? 何かおかしな点でもあった?」
「おかしいも何も、大精霊様は下級神に匹敵する力をお持ちなのですよ。それを上位神であらせられるアイリス様ではなくその眷属様が従えていると聞けば、驚くのは当たり前ではないですか」
おお、これはびっくり。この世界の神様って、意外と力を持ってないのね。
でもよくよく考えたら、ベヒモスはある程度地形を変えたりすることができるほどの精霊力を持っているからなぁ。
そりゃ人間でも重機を使えばできるけど、例えばため池を作れるほどの大きな穴を掘ろうと思ったらかなりの時間がかかるでしょ。
でもベヒモスに指示を出せば、それこそ一瞬で掘れちゃうもの。そう考えると、神様と同等の力を持っているというのもうなずける。
と、私がそんなことを考えているうちに、ベヒモスが到着。すると子供たちの興奮は最高潮だ。
ベヒモスの足元にわらわらと集まっていくものだから、それを見て間違って踏みつぶされたりしないかと正直ひやひや。
そんな私に、オランシェットはちょっとあきれた顔をしながら教えてくれたのよ。
「アイリス様。ベヒモスは上位精霊ですから、足元の子供たちに気を付けるくらいの知性はありますよ」
「そっ、そうよね」
その言葉に少し安堵して、もう一度ベヒモスと子供たちに目を向ける。
「上位精霊に会えたのが本当にうれしいみたいね。あんなにはしゃいじゃって」
「それはそうですよ。私でも大精霊様にお会いするのは初めてですから」
なんと! 数百年生きていて、神様にすらあったことがある長老ですら初めてとは。そりゃあ子供たちも大喜びするわけよね。
そんな子供たちを見てほっこりしていると、どこからか、あーあーとかおーおーなんて声が聞こえてきた。
だからなにかしらん? と思ってそちらを見てみると、そこには母親に抱かれた赤ん坊たちがベヒモスに向かって必死に手を伸ばしていたんだ。
そのあまりのかわいらしさに、一瞬で心を奪われる私。
「なに、この天使たち」
人間の赤ん坊も当然かわいいけど、エルフの赤ん坊は別格なのよ。
髪がふわふわの金髪で、まつげもすごく長い。そんな美赤ちゃんたちが必死に手を伸ばしているのを見ると、ここは天国かと錯覚してしまう。
「赤ちゃんたちも、ベヒモスと遊びたいのかしら?」
「そうでしょうけど、流石にあそこに連れて行くのは危険かと」
オランシェットの言う通り、いくらベヒモスの知能が高くてもあの巨体が少し動いた振動だけで大事故に繋がりかねない赤ん坊を連れて近づくわけにはいかない。
でもなぁ。
「赤ちゃんだって、上位精霊と戯れたいわよねぇ」
そう思い、しばし考えた所でいいことをひらめいた。
「オランシェット、カーバンクル出してよ。あれも上位精霊だけど、小型犬くらいの大きさだし」
「はい、解りました」
そう言うと、早速召喚陣を開くオランシェット。すると中から緑がかった青色の小動物が飛び出してきた。
額に赤い宝石を持つ光の上位精霊、カーバンクルだ。すると、突然の登場に赤ちゃんたちは大喜び。
でも、それ以上に大興奮なのが長老なのよ。
「なんと、まさか死ぬまでに光の大精霊様にまでお目にかかることができるとは!」
そんなことを大声で言うものだから、ベヒモスに夢中だった子供たちもこちらに気付いちゃったのよね。
「あー! かーばんくるさまだぁ」
「かわいいっ!」
大きくて怖い顔のベヒモスより、どうやらかわいいカーバンクルの方が子供たちには人気のようで。
さっきまでベヒモスを囲んでいた子供たちが一斉にカーバンクルの元へ駆け寄る。
そしてただ独り残されたベヒモスの姿が少し寂しそうに見えたのは、きっと私の気のせいではないのだろうなぁ。




