54 私はちょっと自分の常識を見直すべきかもしれない
クマを持ってぺスパに戻った私は、家に帰る前にフローラちゃんたちの家へ。
「庭先には誰もいないなぁ。ってことは、外に遊びに行っちゃったかな?」
どうやらフローラちゃんは遊びに出ているようだったので、ドアまで行ってノックするとともにミラベルさんを呼んでみた。
すると中から、はーいと言う声が。
「あら、アイリスちゃんじゃない。どうしたの? 森に行くと言っていたはずよね」
「ええ、行ってきたよ。そこで面白いものが獲れたから、フローラちゃんたちに見せてあげようと思って」
私はそう言うと、外からあまり見えないところにミラベルさんを引っ張っていってドドーンとクマを取り出して見せたのよ。
「なによ、これ!」
そしたらすっごくびっくりするミラベルさん。ある意味予想道理ではあったのだけど、ただその驚愕ともとれる表情を見て私は大きな失敗をしでかしたことに気が付いた。
森に入っても大丈夫と思ってもらえるなんてとんでもない。こんなのに襲われたと聞けば普通は心配し、やはり森に行ってはダメと言い出すんじゃないかな。
そう考えた私は、はてさてどうやって説得をしようかと考え始めたんだけど……。
「ハニーベアじゃない! アイリスちゃん、お手柄よ」
事態は私の考えの斜め上を行くこととなった。
「お手柄?」
「ええ。こいつはハニーベアーと言って、森の恵みを食い荒らす迷惑なクマなのよ」
どうやらこのクマはハチの巣や果物が大好きらしく、行動範囲が広い上に鼻がいいから放っておくと人が取りに行ける範囲にできたハチの巣をすべて食べつくしてしまうそうな。
でもその広い縄張りを巡回するのは群れのボスの一頭だけだから、それを狩ってしまえば次が選ばれるまでの少しの間は安心らしい。
「本当ならなるべく早く退治したいんだけど、広い縄張りを常に移動しているうえに足も速いから見つからないの。それにこの巨体でしょ。見つけたとしても、その人が狩れるとは限らなくて」
「なるほど。それでいつも被害にあってたって訳か」
目の前に転がってるクマは2メートル以上あるし、ヒグマのような鋭い爪と牙を持ってるもん。それにクマと言えば雑食だから、当然人だって食べる。
狩人や魔物を狩る冒険者ならともかく、普通の村人が見つかれば狩るどころか逆に食べられる危険性の方が高いよね。実際、私も襲われたわけだし。
「それに、今は果物が採れる時期なのよ。それも本当なら採りに行きたいところなんだけど、ハニーベアは自分の縄張りになっている果物を採られるのを嫌うから、襲われる危険性が高くて」
「なるほど。だから私も襲われたのか」
そうか、私を食べようとしたのではなく縄張りを荒らしたから襲って来たのね。
人を襲う危険なクマかと思ったら、縄張り荒らしを追い出そうとしたのだと聞いてちょっと罪悪感。
でもミラベルさんは、その話を聞いてそれどころではないらしい。
「えっ、襲われたの!?」
「うん。見ての通り返り討ちにしたけど」
私がハニーベアに襲われた時のことを話すと、ちょっと困ったような顔で笑われてしまった。
「私はてっきり、縄張りを巡回している所を見つけたから狩ったのかと思っていたわ」
「いやいや。いくらなんでも、ただ歩いているだけのクマを狩るほど好戦的ではないよ」
まったく、私をなんだと思っているのか。
「でも、ケガがなくてよかったわ。森には危険な動物がいるのだから、これからも気を付けるのよ」
そう言ってたしなめてくるミラベルさん。
「でもアイリスちゃんの話からすると、どうやら森に少し入ったところまで来ていたのね。早く依頼を出さないと危ないところだったのかも」
「依頼?」
「ええ、普段は冒険者ギルドに依頼して狩ってもらっているのよ。人里まで降りてくるようなことがあると危ないから」
いつもはガイゼルの冒険者ギルドまで行って依頼を出しているらしいんだけど、さっき聞いた通りこいつは行動範囲がとても広いでしょ。
それを見つけて狩るとなるとどうしても時間がかかるから、依頼料もそれなりに高くつくそうな。
「結構な出費になってしまうけど、それでもそろそろ新しいオスが巡回を始めているころだから依頼を出さないとねって話し合っていたところだったのよ。それをアイリスちゃんが退治してくれたというわけ」
「それは確かにお手柄だね」
人里まで降りてきたら危ないと言うのもあるけど、依頼を出した冒険者がクマを退治したとしても時間がかかり過ぎれば森の恵みもハチの巣も食べつくされてしまうもの。
だから私が倒してくれたのは本当にありがたかったんだってさ。
「それで、このハニーベアはどうするの? 早く解体しないと肉がダメになってしまうわよ」
「うん。解ってるけどせっかくだからフローラちゃんたちに見せてあげようかと思って。」
こんなのがいるから森には本当に入っちゃダメだよって言うつもりなんだと話すと、ミラベルさんに何を考えているのよと怒られてしまった。
「アイリスちゃんは、どうしてそう常識が無いの? 小さな子にこんなのを見せたら、普通はトラウマになって森を見るだけで怖がるようになるでしょ!」
この家からでも森が見えるのだから、そんなことになったら畑を捨てて引っ越さなければいけなくなるじゃないと鬼のような形相で怒るミラベルさん。
確かに体はデカいは、牙は鋭いは。そんなクマを見せられたら、小さな子は怖がるに決まってるわよね。
「ごめんなさい」
「もう! アイリスちゃんにとっては簡単に狩れる獲物かもしれないけど、普通は大人でも出会ったら食べられかねない危険な動物なんだからね」
ミラベルさんの言う通り、日本にいたころの私ならこんなのに襲われた時点で体が硬直して、何もできないままおいしく頂かれてしまっていたと思う。
そう考えると、一般的な感覚から大きく逸脱しているっポイなぁ。これからはちょっと気を付けないと。
「それじゃあフローラちゃんたちが帰ってくる前に、こいつは片づけないとね」
こうして話してるうちに帰ってきたらまずいと、目の前のクマをさっさとストレージへと放り込む。
「それで、解体はどうするの? アイテムボックスのことを内緒にするのなら、そのままどこかに持ち込むわけにはいかないでしょうし」
「ああ、それなら大丈夫。アイテムボックスの中で解体するスキルがあるから」
「えっ、そんな便利なものまであるの?」
これはナイショにすべきものだったかもと一瞬考えたけど、すでに後の祭り。
話してしまったのだからもう仕方が無いとばかりに、ストレージを開いてハニーベアを選択。
すると解体しますか? と出たのでYesを選択した。
「ミラベルさん。クマ肉、いる?」
「ええ、もちろん。ハニーベアの肉はかなりおいしいから、冒険者に依頼を出す時も肉の一部を必ず持ち帰るように依頼しているのよ」
本当に狩ったことを証明するという意味もあるけど、味もいいから毎回楽しみにしているそうな。
「それならご近所さんの分も渡した方がいいよね?」
「ハニーベアを狩った証明になるからその方が助かるけど、ほんとにいいの? ガイゼルに持ち込んだら、結構な値段で売れるわよ」
「アイテムボックスのことを内緒にしているのなら持ち込みようがないでしょ。それにこのクマ、食べられる部位だけでも200キロ以上あるから私だけじゃどうしようもないし」
解体してみて解ったんだけど、このハニーベアってどうやら内臓まで食べられるうえにかなりおいしいみたいなの。
でも可食部が多い分、その量もかなりのものなんだよね。それだけに正直持て余す。
「でも小分けする前に、どうせならおっきな塊をフローラちゃんたちにも見せてあげたいかな。」
「アイテムボックスならすぐに悪くなることは無いんでしょ。なら帰ってきたら裏にある納屋に出してもらって切り分けましょう」
「それならさ、どうせだからバーベキューでもやらない?」
クマ肉は日本にいる頃にも食べたことが無いもの。どうせならみんなで楽しく食べてみたい。
そう思って提案したんだけど、ミラベルさんには伝わらなかったみたい。
「ばーべきゅー?」
「ああ、こっちではそう言わないのか。庭先で野菜なんかと一緒に焼きながらみんなで食べることを私の国ではそういうのよ」
そう教えると、変わったことをするのねぇと笑われてしまった。
「でも、フローラたちは喜びそうね」
「うん。だからやろうよ。お野菜なら、うちの冷蔵庫に入ってるから」
肉の下処理はストレージ内でもうすんでるし、熟成だって料理スキルでできるから問題なし。
そう思った私はミラベルさんと今夜やろうねって約束して、意気揚々と自分の家へと帰ったんだ。




