42 森に近いと家畜を飼うこともできないのか
ひとしきり遊んで満足したのか、フローラちゃんたちはベッドを降りて移動開始。
廊下に出て少ししたところで、地下へと降りる階段を発見してしまった。
「アイちゃん。この下って何があるの?」
「なにがあうのぉ」
さすがに地下までは黙って突撃しちゃダメって考えたのか、私に聞いてくるフローラちゃんたち。
でもよかったわ。突撃されてたら、慌てて止めなければいけないところだったもの。
「その下は錬金術の作業をするところよ」
「れんきんじゅつ? それなぁ~に?」
「なあに?」」
ああ、錬金術って言っても解らないか。
そう思った私は少し考えた後、これが一番解りやすいんじゃないかなって答えを返した。
「魔法のお薬を作るところよ。私はお薬を作る仕事をしているの」
「アイちゃん、お薬屋さんなの?」
「すごお~い」
フローラちゃんたちみたいな小さな子でも、薬を作るのは難しいって解ってるよね。
私がその薬を作れると知って、興味を持ったみたいなんだ。
「私、お薬を作るところ、見たい!」
「わたちも!」
はいはいって手をあげて、作るところを見せてってお願いしてくるフローラちゃんたち。
でも、さすがに地下を見せる訳にはいかないのよねぇ。
「う~ん、仕事場は危ない薬草とかもあるからなぁ」
「あぶないの?」
不思議そうなフローラちゃんに、けして地下に勝手に降りて行かないようにと少し脅かすような答えを返した。
「うん。触っただけで腫れちゃってすっごく痛くなる毒草や、吸い込むと何日も咳が続いてとっても苦しくなる粉とかもあるのよ」
「そんなこわいものがあるの? なんで?」
「そういう毒でも、他の薬草と混ぜたりすごく薄めたりするとお薬になるのよ」
病気を治すお薬を作るためにはそんな危ないものも使わなくちゃダメなのよと言うと、フローラちゃんはそうなのかぁってうなずいた。
「だから地下には行っちゃダメよ。私も薬を作る時はきちんと準備をしてから地下に降りるんだから」
「うん、解った! 危ないとこに入っちゃダメって、いつもお母さんに言われてるもん」
フローラちゃんは私にそう答えると、隣にいるリーファちゃんにも下に行っちゃダメよって言い聞かせる。
「ここを降りてくと、おててとかが痛い痛いになるんだって。リーファは痛いのいやでしょ?」
「うん」
「だから、この下に行っちゃダメよ」
「わかった!」
元気よくお返事したリーファちゃんを、よくできましたって褒めるフローラちゃん。
それを見てほっこりした私は、二人にご褒美をあげようって思ったんだ。
「お薬を作るところを見せられない代わりに、おやつをごちそうするわ」
私がそう提案すると、フローラちゃんたちはなぜかきょとんという顔に。
「どうしたの?」
「アイちゃん。おやつってなに?」
「なあに?」
えっ、おやつを知らないの?
これにはちょっとびっくり。でも有り得ないことじゃないのかも?
機械化が進んでいない世界では総じて食糧が不足しがちだし、間食と言う文化自体が無いのかもしれないわね。
確か日本の室町時代も食べ物の奪い合いで戦をしていたっていうし、そこまでひどくはないみたいだけどよく似た環境のこの国も同じような状況なのかも。
「えっと、食事と食事の間に、ちょっとお腹がすいたなぁって思うことがあるでしょ。私の国ではその時に食べるちょっとしたものをおやつって言うのよ」
おやつの説明をしてあげると、それを聞いたフローラちゃんたちはびっくり。
「そんなものがあるんですか!」
でも、それ以上に驚いているのがミラベルさんだったりする。
「やっぱり、この国じゃそう言う習慣はないのか」
「ええ。日々の食事以外に何かを食べるなんてこと、普通はしませんよ」
ぺスパは農業都市だけど、作った作物のほとんどはお隣のガイゼルに売りに行ってしまうらしい。
だから作っているにもかかわらず、季節によっては日々の食事にも困るなんてことがあるそうな。
「うちは畑が大きいのでまだましですけど、小さな土地しか持ってない家なんかだと結構苦労しているみたいです」
それにこの辺りは森が近いでしょ。
家畜を飼っているとそれを目当てに森から魔物が出てくるかもしれないから、畑で採れるもの以外の収入を得るのも難しいそうなのよ。
「うちは何とかこの子たちにひもじい思いをさせなくても済むくらいの収入があるけど、さすがにそのおやつとやらをあげるほどの余裕はないの」
家畜が飼えれば畑を広げることもできるんだけどねって笑うミラベルさん。
そっか。人力だけで畑を維持しなければいけない、そういう苦労も森の近くだとあるのか。
私とミラベルさんがそんな話をしていると、だれかが私の服の裾をくいくいっと引っ張った。
だからそちらを見てみると、そこには私を見上げるリーファちゃんの姿が。
「あいちゃん。おやつは?」
おっと、いけない。おやつを食べようって誘っておいて放置してしまったわ。
「そうだったわね。それじゃあ、台所へ行きましょう」
あそこには冷蔵庫もあるし、中を漁れば果物くらいは入っているだろう。
まぁ、無かったとしてもストレージの中には城から持ち出したクッキーや軽食が入っているもの。
戸棚を開けて中から出すふりをすれば、特におかしいと思われることは無いだろう。
そう思ってみんなでぞろぞろと台所へ。
「わぁ、すごい! コンロだけじゃなくパン焼き窯の魔道具まであるわ」
ところが、ここでもミラベルさんが大暴走。
ぺスパでは見かけることが少ないのか、台所にある魔道具を見て大騒ぎし始めちゃったのよ。
「これは何に使うのかしら? 取っ手の付いた戸棚っぽいけど、これも魔道具なのよね?」
コンロの横に置いてある上に観音開きの扉、下に大きな引き出しが二つ付いた大きな箱を見つけて、興奮気味に聞いてくるミラベルさん。
「ああ、それは冷蔵庫ですよ」
「冷蔵庫! 私知っているわよ。食べ物を冷やして保存する魔道具よね」
開けていいかと聞いてきたのでどうぞと答えるとすぐに観音開きの扉を開け、中を覗き込んでびっくり。
「引っ越してきたばかりなのに、もうこんなに食材が!」
「わぁ、おいしそうなのがいっぱい」
城を出る前に、ミルフィーユが色々入れて置きますと言っていたからなぁ。
そこには私とシャルロットのふたりだけでは消費しきれないほどの食材が入っていて、ちょっとめまいを覚える。
さすがにこれは入れすぎでしょ。
私がそんなことを考えていると、冷蔵庫の中を十分に堪能したのか興味は別のところへ。
「これは何かしら? 代わった形をしているけど」
「へんな形だね」
「へんなのぉ」
そんな変なもの、ここにあったっけ?
そう思って3人が見ているものとは何ぞやとのぞき込んでみると、そこにはシンクが。
「えっと、何か変でした?」
「これよ。この銀色の筒のようなもの」
そう言ってミラベルさんが指さしたのは蛇口。
よくある首長竜のような蛇口の根元のところにレバーがついていて、ひねる方向で水とお湯が切り替えられるタイプのやつね。
因みにその横には同じ形式の引き出せるシャワーヘット型のものもついていたりする。
「ああ、それは水やお湯が出るところですよ。そこのレバーを回せば青い方は水、赤い方はお湯が出てきますよ」
「ここから水が出てくるんですか?」
う~ん、クラリッサさんはお金持ちだから驚かなかったけど、もしかするとこの家の設備はこの世界の基準でいうと結構とんでもないのかも?
ただ水やお湯が出るというだけで大騒ぎしているミラベルさん親子を見ながら、気軽にお家拝見を了承したのは間違いだったかなぁと少し後悔する私だった。




