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サイコ・ゴッドマザー  作者: 月面兎
一部 ~至高の悪~
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episode1.24



一部第二十四話


 『悪意の邂逅』



「さァて、ここらで良いかね…」


 MI5の通路内、人通りが比較的多い箇所でスーツに身を包んだダヴィデは立ち止まった。頭にはパナマ帽を深く被っている──ダヴィデも巨大マフィアの幹部、素顔を晒して国内マフィアの情報の聖地たるMI5本部なんて歩けるわけもない。


 板についた変装姿の痩躯を揺らしながら、廊下の一角に置かれた机と椅子へ寄り添う。さりげなく机の裏に手を忍ばせ、貼り付ける──何を細工したのかは、直ぐに分かることだ。


「──エメも怖いこと考えるモンだなぁ。」


 足早に立ち去るダヴィデの背後で、刹那閃光が光る──


 ──轟音が耳をつんざくと同時、爆ぜたテーブル。血が飛散し、建材が飛び散る。同時に十数箇所、ダヴィデに仕掛けられ別々の地点で炸裂した時限爆弾の爆音はMI5本部の最上階から最地下階までを駆け巡り、振動が共鳴して小さな揺れを引き起こした。


 所々で悲鳴とどよめきが渦を巻く。横を数人、逃げ惑う職員が通り過ぎて行った。瞬く間に伝播する恐怖、パニック、疑心、そして一致する大多数の思惑──”避難”。MI5の建物内部でテロが起きたとなれば、余程命が可愛くない死にたがりでもない限り思考が”逃げ”に傾く。


 そして警備が手薄になれば、アメリアはそこを突く。


 末恐ろしい少女だ、本当に。彼女の18年、青春の全ては智謀と鍛錬にのみ注がれたのだろうか──なんて、ふと思う。だとしたら、それは悲しい事だろう。父コレツィオも、そしてダヴィデ自身もただ闇雲に権力を求めて奔走した訳では無い。強さも智恵も権力も、信念の後からついて来たものだった。


「全く、あの親父ってヤツぁ娘の育て方も知らねぇんだから…」


 ダヴィデは呆れた声を漏らしながら歩く。

 アメリアに今度話してやろう、コレツィオが自分では語らないような父の過去を。


 なんて、感傷に浸りかけたところで目的地に到着した。


「ッと、歳取ると保護者ヅラしたくなっちまっていかんね。俺ァエメの何になりてェんだろうな、っと。」


 眼前の大きめの扉の向こうには、あの見取り図に書いてあった部屋がある──極秘情報を抱え込んだMI5が万が一に備えて情報を幾つかの部屋に分割して管理していることは間違いない。とすれば総当たり、人員を裂いてそれぞれ調べる他ない──絶対的な頭数の不足がアメリアにとって火急の問題だと言うことはこの一件からダヴィデも察していた。主に行動しているのは主力の四人、ダヴィデの部下も動かせるが一部の信頼できる部下にしか寝返りのことは伝えていない。情報漏洩のリスクは免れないからだ。


 だが、これさえ。この潜入さえ成功すれば、風向きは変わる。


 情報の隠し場所に当たる部屋は多めに見積もって6つ。ヴィレッタの見取り図も間取りの表記が限界で、それぞれの部屋の詳細な役目までは不明とのことだが、アメリアの推測では間取りを見ただけでも可能性はかなり絞られるらしい。ならば一人ずつ単独行動で、それぞれ洗っていくしかない。そしてダヴィデは今、そのうちの一つの前に立っていた。


「ガラじゃ無いんだよねぇ、乱暴なのァ…」


 懐から取り出したるは手榴弾。鍵のかかった扉も壊せば関係ない。ピンを抜いた手榴弾を放ると、扉は派手に吹っ飛んで木片が散らばった。

 ひゅぅ、なんて口笛を吹いてはトランシーバーを手に取る。


「こちらダヴィデ、目標Dへ到着。みっちり調べとくわ。」


『うん、宜しく頼むよ。もしかしたらジョシュアさんが私に避難しろって言いにくるかもしれないから、私はまだ収容室に居るよ。よろしくね、ダヴィデ。』


「おうよ、任せときなさいや。」


 トランシーバーを口から離すと、歩を進める。


 黒煙を掻き分けて行く、扉の向こうには──


「久し振りね、ダヴィデ。」


 その一言が鼓膜を伝って脳に送られていく最中に、既にダヴィデの意識はすとんと真っ暗闇に転落していた。口許に当てられたガスの染み込んだタオルが、脳を侵しダヴィデの体から"正常"を瞬く間に奪う──地面へと真っ逆さまに落ちていく視界、その最中でダヴィデの脳は刹那の邂敵で聞いた"久し振り"を反芻し続けていた。



────────────────────────────────



 目標B地点の前にて、アルマは小さくも大きくもない扉と向かいあった。

 トランシーバーを取り出し、口許に添える。


「よう、こっちはBに到着したぜェ。」


『Bにしたんだね。頑張って、アルマ。期待してるよ…』


「うッしゃァ、俄然やる気出て来たァ!」


 沸騰するテンションに任せて扉を蹴り開ける。鍵が壊れる音。


 しかし、心の片隅ではアルマの怜悧な部分が思索していた。アメリアは自分とのデートを期待している訳では”もちろん”無く、それは結果が実ることへの期待であると言う事実。


「…はン。だからイイ女なんだろォが。」


 アルマの手に握られたトランシーバーはきっと、この小声で放たれた一言をアメリアに伝えることはなかっただろう。


 アメリアがそんな”普通の女の子”なら、初めて出逢った時にあの学校でとうに殺していた。実は、あの時アメリアに窓越しに放った初弾、あれはわざと外したのだ。気紛れから紡がれた運命の軌跡の上を、自分は歩いているのだと──


 ──そんな感傷が心を過っていたせいか、一歩踏み出したアルマの体は殺気に反応できなかった。


 炸裂音。それを意識した瞬間、既に音は残響と化している──空を切る弾丸が貫いたのは、アルマの手に握られたトランシーバーだった。

 掌の上でバラける破片、そして同時に聞こえる声。


「久し振りだな、アル。」


 何処か聞き覚えのあるような低い声に、久々に聞く己の愛称。


「あァ!?」


 咄嗟に腰から抜いたCSAA、その異様に長い銃口が向いた先に居る男に、アルマは既視感を覚えた。

 肩ほどまで伸びた髪、中性的な顔立ち、閉じている様に見えるほどの切れ長の瞳、構える銃はウィンチェスター。銃口の先から燻る紫煙。


「ライバルの顔を忘れたか、お前は。」


 フラッシュバック、と言う言葉の本質を、アルマは理解することになった。

 甦る幼少の記憶。アメリカで暮らした頃の、あの退廃的で愉快な日常の全て。何時も隣にいた、黒髪の少年の顔──

 すべてが合致した。アメリアの兄を襲ったヒットマンの風貌に、心当たりがあったのだ。


「てンめェ、サムか!!」


「そうとも。再開を喜ぼうじゃないか、アル。」


 アルマの幼少の親友、サミュエル・イェーガー。薄々勘付いてはいた──間違いなく、彼がルイとオーウェンを撃った男。アメリカで幼年期を過ごした己の無二の親友が、刺客として目の前に立っている。

 口の端を歪めるサミュエルに、アルマはいつもの下卑た笑いが出てこなかった。



─────────────────────────────────────────────



 収容室でマグカップ片手にアルマとの束の間の会話を終えたアメリアに、直後のその出来事は唐突過ぎた。


「ちょっと、アルマ!?」


 トランシーバーに声を張り上げるが返事はない。アルマの持っていたそれが弾丸に破壊される際、拾った弾丸の炸裂音がアメリアの耳に届いたものだからまさかと思ったが──アルマの状況はこれで分からなくなった。


『どうされましたか、お嬢?』


「アルマと繋がらない。不味いよ、これは…」


 クリスが即座にアメリアに連絡を入れる。彼はまだ目標に辿り着いていないのだろうが、既に辿り着いたアルマは何者かに襲撃された線が濃厚。クリスの身も、勿論ダヴィデも自分自身も危険だ。


 ふと、不自然さを感じる──そうだ、ダヴィデは?この状況で会話に入ってこないのは可笑しいのでは?

 首をもたげた懸念を否定せんと、落ち着いて言葉を吐き出す。


「…もしもし、ダヴィデ?」


 今度も、返事はない。

 何時振りかの冷や汗が、アメリアの額を伝った。


『……お嬢、作戦を見直しましょう。』


 クリスの言葉は徹頭徹尾合理的。状況を理解するや否や、勝利の為に流れの変わり目に対応せよと言うのだろう。

 その冷静な声と短い言葉に含まれた論理に、幾らか心持ちが救われるような──



 ──刹那。コンコンと、これ以上なく分かり易い、その音は間違いなくノック音だった。


 収容室の扉を、今自分が閉じこもっている部屋の扉を、誰かが律義にノックしている。


『お嬢?』


 クリスの訝しげな声に、アメリアは息を呑んだ。



 予感がする。

 無論、嫌な予感が。

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