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サイコ・ゴッドマザー  作者: 月面兎
一部 ~至高の悪~
23/32

episode1.18



一部第十八話


 『帝王の血』



「さぁ、次はどうする?」


 薄暗い一室。以前も居た、簡素な蝋燭の明かりとチェス盤の置かれた机が目立つあの部屋で、四人は一堂に会していた。アメリアの向かいにダヴィデが座りチェスの相手をしている。


 クリスとアルマは横で観戦。怪しげな様相漂うこの空間は、実際怪しい──ここはアメリアの数ある(コレツィオからの小遣いとかを転がして膨らませた金で買った)家、隠れ家の一つの一室。主に使う自宅は生活用の機能しか備えておらず、作戦本部にあたる場所は此処なのだ。

 最も、此処の存在を知られた場合も加味して替えが効くようにはしてあるが。


 アメリアの声にはダヴィデが反応した。


「そろそろ、目ェ逸らしてられんでしょ。

エメ──”あの二人”をどうにかせんことにゃ、なァ?」


 大きく攻勢に出るアメリアに対してダヴィデはのらりくらりと被害を抑える駒運び。盤面は膠着状況、それはダヴィデの発言の正確性を示唆しているようで──


「──分かってる。聞いてみただけさ。」


 アメリアはクイーンの駒を摘まみ上げ、ゆったりと運ぶ。

 それは詰みの一手だった。膠着しているかに見えた戦況はいとも容易くチェックメイト、ダヴィデはひゅぅ、と口笛を吹いた。

 やはり敵わない、我らが帝王(クイーン)は全てお見通しと言わんばかりに、口元に静かな笑みを浮かべた。揺れる蝋燭に照らされて映える美しさ。


「御見それしました。エメにゃ言うまでも無かったかなァ、それじゃ……」


 コレツィオを始末できたとして、その後の障害は誰か?幹部か、コンシリエーレか──アメリアが思うに、一番敵に回すと厄介なのは”ボスの座に座る権利がある者”だ。例えば、コレツィオの息子、アメリアの兄たちであるとか──


 ダヴィデの言葉を引き継ぐ、アメリアの表情はどこか苦い。


「──兄様達に、会いに行こうか。」



────────────────────────────────



 ルイ、オーウェン、アメリア。ジャックハートの血を継ぐ三人の子供たち。

 裏社会の帝王から生まれた三人きょうだい、勿論普通の家庭ではなく──


「久し振りだな、何か用でもあるのか?」


「きっと僕らの顔が見たくて仕方なかったのだろうよ。」


 現在、アメリアは二人の大男に挟まれていた。片方の男は、少し細めのすらりと伸びた上背はダヴィデと同じくらい。地味だが良く似合う服、眼鏡に茶色いマッシュのヘアスタイルが目印。もう片方は更に高くコレツィオには届かずともアメリアより十センチ弱程も高く、拘りに欠ける半袖に軍服風ズボンの上からでも強健な肉体が主張し、同じく茶色い髪の毛は逆立っている──二人とも、アメリアに何処か似た──と言うより、コレツィオに似た風貌、雰囲気を備えていた。


 そう、彼らこそがアメリアの二人の兄であるルイとオーウェンだった。体が一番大きいのが長男のルイ、もう一人が次男のオーウェン。三人きょうだいの身長はドミノのように綺麗に上から下に年齢に伴って並んでいる。ちなみにクリスやアルマ、ダヴィデは家に置いてきた。


 サンドイッチ状態なのは何故か、それは二人の兄のアメリアに対する溺愛ぶりゆえにだろう。

 アメリアはやたら距離の近い二人に苦笑いしながら返答した。


「うん、会いたかったのもあるけど…父様のこと、聞きたくてさ。今どうしてるの?」


 建前でもあり本音でもある問い。コレツィオと相まみえたパーティーから数週間、例のマッドレス(戦争)の開戦は近付いているはず──今の状況はきっと彼らなら知っているだろう。ダヴィデを通じて聞くのは裏切りを気取られる可能性を考慮して止めておく。

 しかし、それは本題ではない。この二人は”JOKER”を認知しているのか、アメリアの味方(しもべ)に成り得るのかの二点、これらを確かめることが最重要事項だ。次第に話題を変えていかなければならない。

 問い掛けにはオーウェンが答えた。


「僕が聞いた話では、今は抗争の準備段階なのだと。おおよそ1、2ヶ月後に始まるらしい。決戦の地はオルレアン──何とも不謹慎なことであるよ、聖人と崇められる者の縁の地で、血で血を洗う抗争とは。」


 ジャンヌ・ダルクも自分が奪還した地がまさか無法者の抗争で混迷に陥るなど思ってもいなかっただろう。アメリアもこれには苦笑した。

 それにしても1ヶ月後とは、思ったよりも早い。計画をある程度見直す必要がある──等と、巡る思考を悟らせぬように、他愛の無い返答を返しておく。


「あは、確かに。それは酷いね……」


 ルイもまた皮肉っぽく笑っては言葉を返す。


「俺達はダヴィデさんと留守を任されている訳だが、正直詰まらん。俺も腕試しと洒落込みたいところなのだがな……抗争こそマフィアの華だろう、そうじゃないか?」


 岩のような拳を握る彼は、三人の中で誰よりコレツィオに似ていた──体格も、性格も。成る程、当然のように跡継ぎと目されるのも何らおかしなことではない。そもそも”アムール”の構成員は誰一人、末子で女のアメリアなど視野に入れていまい。


 的確に、死角から急所を突いてやる。精々度肝を抜かれるがいいさ、なんてアメリアは暗い思考に一瞬浸りつつ、そんな様相は一切見せずに言葉を返した。


「ルイ兄様は相変わらず血の気が多いね。

ところで、なんだけど……」


 アメリアはそっと、念のため後ろ手に回した手で拳銃に手を添えながら問いかけようとした──


 ──その刹那、その場の三人を突き刺す敵意。


 咄嗟にアメリアが飛び退いたコンマ一秒後、体を銃弾が掠める。三発の銃声が、頭蓋の奥で反響する。


「!?」


 背後に転がり受け身を取ると、すぐ二人の兄へ視線を移す。確かに銃声は”三発”だった──アメリアの視界に映ったのは、弾丸の食い込んだ傷口を抑える兄たちだった。


「エメ!逃げろ!」


 ルイの叫びと同時に再び射出される銃弾、一か八か左に跳ぶアメリア。今度は彼女一人を狙って、弾丸が足元を掠めた。


 逃れようと踵を翻して駆け出すアメリアの背後で、ルイは罵声を上げる。そしてそれを掻き消すように弾丸が空を切る音が数度響く──余りに突然すぎる情報の濁流にアメリアは脳がパンクしそうになるのを感じつつ、振り返らずに混沌渦巻く道を駆けた。

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