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サイコ・ゴッドマザー  作者: 月面兎
一部 ~至高の悪~
21/32

episode1.16



一部第十六話


 『名無しのピエロ』



「ふゥん、つまりエメは自分の命を狙ってるそのアンダーボス?さんを先に始末したい…と。」


 夕食を囲む四人、団欒がてらの状況説明中。話の進展が異様に遅いのだが、多分ダヴィデの作った夕食がべらぼうに美味いからだろう。クリスも何か学んできたのか満足げだ。机の上には庶民的な要素もありつつも豪華なメニューが並んでいた。リビングが食欲をそそる香りに満ちている。


「そう。何か知らない?貴方なら何か知ってるかと思って。」


 真剣な話だからかアメリアの表情からはすっかり酒気が抜けている。

 ダヴィデはちらちらと周囲を見回してから少し小声で話し始めた。


「──こんな話がある。俺ら幹部(カポ・レジーム)五人全員が集める上納金の合計は大体二億と数千万ポンドってトコなんだが…組織の実際の収入は実のところざっと三億五千万ポンドはあるとかないとか。ウソかホントか、一億ポンドってェ金がどっかから湧いて出てきてるらしい。」


 アメリアはふむ、と短く答えると、


「続きは?」


 と、話の続きを求める。ダヴィデなら調べたに違いない、とのアメリアの信頼から出た発言だろう、実際ダヴィデは既に調べていた。


「うん。俺も調べたけどさァ──経理担当のアルフィーに聞いてみても”収入は二億と数千万で間違いないしそんな事実はない”ッての。でも妙にウソ臭ぇんだ、これが……アレクも何にも聞かされてねェみたいだったし、何かあるのは間違いないだろうねェ。」


 アレク、と言うのはコンシリエーレであるアレクサンドラのこと。アムールの創設メンバーであるダヴィデやアレクサンドラが何も知らない、となると確率は搾られてくる──


「──確信が欲しい。」


「JOKERとボスの間に面識はない証拠、ですか?」


 黙っていたクリスが口を開いた。アメリアは頷く。


「イヤ、なンでそーなんだよ。バカに分かるように説明してくんねェ?」


 アルマはパンを齧りながら不機嫌そうに要求する。確かに少々高度な会話だったかもしれない、ダヴィデもクリスもアメリアを見てきた時間が違う。

 クリスは少々の優越感を感じつつ得意気に言って見せる。


「お嬢と違ってボスは正直な御人です。嘘は下手ですし、そもそも誰よりも信頼する創設メンバーに隠し事などしないでしょう。……と、お嬢は言いたいのです。」


 あの正直が過ぎるコレツィオが、側近の誰にも気取られずに表情一つ変えず嘘をつくなんて不可能だろう。見事な代弁ながら、”お嬢と違って”なんて言ってくれやがった為そこは減点。


「クリス、ちょっと余計。」


「おう、良く分かッたわ。」


 アルマは納得した様子で頷く。

 そしてパンの欠片を丸ごと口に放り込むと、ギラリと八重歯を剥き出しにして笑った。


「──そろそろヤッちまうか?」


 常人からすると何の脈絡もない発言に、アメリアは頷いた。皆がそれに続く。いったい何を”ヤッちまう”のか──?これは謂わば強者の会話なのだ。四人の誰もが、”ヤッちまう”べき存在が潜んでいることを察知していたということ。


「うん、そうだね。」


「とっとと済ませましょう。」


「久々に腕が鳴るねェ……」


 その時、家の外、空いた窓の真下に寄り添って壁にもたれつつ話を盗み聞きしていた件の”UnderBOSS”が遣わした間者の一人である男は、アメリア達の会話内容に疑問を覚えた。


 何をするつもりなのだろう、まるで全員が共通の事象に勘づいているような──不穏な予感が頭を過って、少しだけ顔を出し中を覗き込む。四人とも机に腰掛けて食事を楽しんでいるはず──否、一人足りない。一番小柄なあの子供、あいつは何処へ消え──


 男の最後の思考はそれだった。刹那、頭蓋の大後頭孔にするりと差し込まれたナイフが、軽い水音を立てて脳味噌を掻き混ぜ、男の眼球は光を失った。


Easy(他愛ない)。」


 音も気配も、何も無しに背後まで。訪れる実感の前にやってくる死が、いっそ安らかにアメリアの敵を葬る。


 甘かった。皆甘かったのだ。とっくに知られていた、その上で遊ばれていた。


 クリスは男の死体を放るとくるり、振り向く。茂みや物陰に隠れていた他の間者は、喉の奥から鋭い悲鳴のような嗚咽が込み上げてくるのを感じた──見られているのが分かる。自分たちのそれとは違う、隠せないのではなく隠す気すらない視線に込められた殺意の雨。

 瞬間、数人の思惑が一致した。瞬時に飛び上がると、一斉にクリスに襲い掛かる。一人はナイフを抜き、一人は拳銃を抜き。クリスは表情を変えず冷徹なままにナイフを逆手に握ると、小さな体を空中に閃かせた。ぷしゃ、とまるで鋭い刃物が肉を通り抜け切り裂いていくような音がし──って、そのまんまじゃないか!


 意識が落下して、途絶える直前の一瞬に首筋から熱いものが迸るのを感じながら、先頭に立った男は地に倒れ伏す。誰もが恐れに足を止めた。


「あ、ぁ”ああぁッ!!」


 自棄になってクリスに照準を合わせ銃の引き金を引く間者の一人の頭の上半分が、破裂音と共に綺麗に消し飛ぶ。

 クリスの後方で、窓に頬杖をついてもう片手で愛銃の引き金を引いたアルマが居た。心臓に響く銃声の余韻と燻る煙、火薬と血の芳香。


 お嬢のためと言いつつ、アルマは無論のことクリスも心の底で"それ"を愛してしまう。大好きな戦の香り、引き金のちっぽけな重みが命を奪う世界。


「さ、行きますかァ…」


 窓からひょいと外に飛び出して凄絶に笑うアルマ、それを振り返ってまるで邪魔だとでも言わんばかりに不機嫌そうな顔をして見せるクリス。

 二、三人の残された間者たち、彼らは不幸だった。

 何せ、クリスとアルマ。彼らはどちらも、弱いもの虐めが嫌いな性格ではない。



 家の中ではアメリアとダヴィデが、まるで人死にや殺し合いなど蚊帳の外であるかのようにワインを啜っていた。


「一緒にやろうか、ダヴィデ…いや、”Diavolo(悪魔)”さん?」


「昔の呼び名ァ掘り返さんでくれよ……てか、どこで聞いたンよそれ?」


 部屋の扉と言う扉が一斉に空き、武器を構えた男がぞろぞろと現れる。二人は立ち上がるどころか、視線すら動かさない。


 ひとりひとりが腕の立つソルジャー、間者数人。彼らの誰もがFind and(見たら) firing(撃つ)を自分の指先に厳命していた筈なのに、部屋に一歩足を踏み入れた瞬間には震える指先が脳の信号を遮断していた。


こんな奴に、否…こんな人に逆らって良い筈がない──!それは彼らの誰も前に経験したことのある感情だった。


 誰もが、己の主人──”JOKER”と相まみえた瞬間感じたそれが今、再来している。アメリアとJOKERの”王者性”が激しくせめぎ合って、そして誰も彼もの脳が同時に決壊する──引くしかない引き金、もう後戻りはできない。


 撃て、撃て、撃て──!!指先に永遠にすら思える時間をかけて命令が届く寸前で、不思議な光景が目に飛び込んできた。


「「乾杯。」」


 アメリアとダヴィデはワイングラスを優雅にぶつけ合った。くい、とグラスを呷り喉に流し込まれる葡萄。見惚れてしまいそうな程綺麗な仕草──


 ──瞬間、アメリアは空のワイングラスのステム(持ち手)を片手でぺき、と折り、それを振り向きざまに突き出す。鋭利なガラスが彼女の背後の男の眼球を掻き回しながら眼窩に到達し、痛みに男は倒れてのたうち回る。ダヴィデは立ち上がると座っていた椅子を片手で掴み強く背後へ放り、閃光の後ろ蹴りで木っ端微塵に椅子を破壊すると木片で敵の視界を奪う。


 同時に二人が沈んだ事実、受け入れている暇もなく。残った間者たちも次々に飛び掛かり、或いは引き金を引く。しかしナイフは逸らされ、弾道は読まれ、次の瞬間にはもう視界は暗転───最後の一人までもが、まるで状況を理解していなような情けない呆け顔で倒れていった。しかし尚、今晩のメニューは机の上で綺麗に残っている。


 外の方もカタがついていたのだろう、クリスとアルマが軽い足取りで玄関から家に戻る。その頃にはもう、室内にはアメリアとダヴィデ以外に誰も立っていなかった。

 アメリアは軽く溜息を吐くと、一同を見回し、それから血で少し薄汚れた贅沢なディナーの並ぶ机に視線を移して呟く。



「ご飯、食べよっか。」

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