67話 守れなかった
「力が全部……そなたに流れておる……じゃと!?」
デデは震える指先を見つめた。
掌から溢れ出す光は、
彼女が奪い、積み上げてきた——全ての力だった。
術式を凝視する。
一見すれば、自分が描いた魔法陣そのまま。
だが——違う。
線と線の隙間に、極細の――逆術式が忍び込ませてあった。
(偽装……? いや、違う……)
背筋が凍りつく。
(まさか……この状況になる前から……
帝都全体に逆式を刻んでおったというのか……!?)
震える息。心臓が掴まれる。
(バケモノじゃ……!)
光は止まらない。
彼女の身体から、力が抜けていく。
魂ごと、根こそぎ吸い取られる感覚。
「やめろ……やめろ……! この術式は我のものじゃ!!
神力も、魔族の力も、全部! 全部我のものになるはず——!」
その叫びを、レティアの薄笑いが踏みつぶした。
「残念ね、デデ」
黄金の髪がふわりと舞う。
周囲の光が渦を成し、全てが彼女へと収束していく。
「あなたの神の力も、魔族の力も……
ぜんぶ、私がいただくわ」
その声は冷酷で、残酷なほど美しかった。
「喧嘩を売った相手が最悪だったって、後悔しなさい♡」
「やめろおぉぉぉ!!」
絶叫するデデ。
だが流れは止まらない。
レティアはゆっくりと腕を広げた。
世界そのものが、彼女を中心に回る。
「我の……神力が……抜けて……?
やめろ! よこせ! これは我の……我の――!」
デデは必死に両手を構え、魔力を逆流させようとするが——
術式そのものが、レティアに跪いていた。
「可哀想な子。力を欲して、こそこそ策を弄して……
その結果」
レティアは冷たく笑った。
「ぜんぶ、私に吸われちゃうなんてね♡」
「貴様っ!! どれほどの年月を費やしたと思って——!」
「知らないわよ」
バッサリ。
「私、殴ってくる相手は殴り返す主義なの。
あと、なんとなく気に入らない相手も殴るし、
ムカついたらとりあえず殴る」
「ただのやべぇ奴じゃねぇか」
ウィルのツッコミが飛ぶ。
レティアは肩をすくめる。
「私からヤバい部分抜いたら、何が残るのよ。
個性は大事にする主義だし」
「何でも大事にすればいいという問題では……ないと思いますが……」
瀕死のアレスまでツッコんだ。
力の奔流は止まらない。
「やめろ……やめろぉぉぉ……!
我は……我は約束を守るために力が……!」
その瞬間——デデの動きが止まった。
(守る……?)
なぜ力を欲した?
なぜ魔族の力を利用した?
二百年もの間、求めなかった力なのに。
視線がウィルを捉える。
その顔に——「あの人」の面影を見た。
(……ああ)
(私は……後悔しておったのじゃ)
守れなかった。
力が無かったから。
あの子の母との約束も、果たせなかった。
(今度こそ……守りたかった……)
けれど、願いは歪み、
力への渇望に飲まれ、
目的を失った。
「守りたかっただけ……じゃったのに……」
デデの身体は光に飲み込まれていく。
消える直前、小さく、消え入る声が落ちた。
「……すまなかった、の……」
そして光は——弾けた。








