65話 世界の終わり
―――神魔戦争。
神々と魔族が激突した戦いは、空を割り、大地を砕き、世界そのものを焦がした。
その果てに残ったのは、互いがほぼ滅びたという絶望的な結末。
気が付いたとき。
私は、エルフの血を引く ひとりの少女 の中にいた。
その少女は、優しい子だった。
ガルザ族の長として一族を導き、愛を注ぎ、献身を惜しまなかった。
二百年――
共に過ごす月日が、私に自我を宿らせてしまった。
その自我が、彼女を破滅へと導くとも知らずに。
「恋をしてしまったの。どうしても……結婚したい」
そう相談してきたのは、ウィルの母だった。
本来、ガルザ族が人間と恋をするのは禁忌だった。
寿命が違いすぎる。
忘れられるために、ひっそりと生きるのが掟。
だが――
彼女の強すぎる願いに、私は負けた。
「年老いて死んだふりをする」
その条件で、彼女の願いを叶えた。
それが、すべての誤りだった。
皇室で冷遇され、孤立し、人間の病にかかり――
彼女は死んだ。
それだけならまだよかった。
だが彼女の忘れ形見であるウィルまでが、断頭台にかけられ、処刑された。
世界に失望した。
……いや、違う。
自分に失望した。
止めることができた。
本当は止められた。
なのに私は、彼女の願いを優先した。
弱かった。愚かだった。
「デデ様、この子を……どうか守ってあげてくださいね」
あの日、生まれたばかりのウィルを抱いた彼女は微笑んだ。
―――守れなかった。
私は無力で、神の力を失った私は、約束ひとつ守れなかった。
何年もの間。
悔いて、悔いて、悔いて。
願った。
もう一度やり直したい
力が欲しい
今度こそ、すべてを守りたい
その強すぎる願いが、時間を巻き戻した。
懺悔と後悔が、神の力を引きずり出した。
しかし。
神の力を使った代償は大きかった。
私は――願いの核を失った。
「ウィルを守りたい」という願いそのものを。
残ったのは、ただの欲望。
“力が欲しい” だけの化け物。
カミラが記憶を失わなかったのは、彼女の魂に“魔族の欠片”が付着していたから。
アレスを取り込み、従えたのも、それを利用した。
本当の主である魔族の命令が優先されることもわかっていた。
だが、目的は一致している。
カミラを依り代に、魔族を復活させること。
そして――
私は復活した魔族の力を神力に変換し、
神族として完全復活する。
レティアの存在すら、利用できた。
カミラを追い込み、魔族と契約させるための駒。
そう、すべては――
私の手のひらの上だった。
デデの。
***
ぱたり。
魂の抜けたリネアの身体が倒れ、
「がはっ」と血を吐いたアレスも同時に崩れ落ちた。
隔離世界を満たしていた霧がゆらりと晴れる。
「アレス!! それにレティア!?」
異変に気づいたウィルが駆け寄り――
デデの異様な気配に、足が止まった。
本能が告げていた。
“近づけば死ぬ” と。
「お主ら、よくやってくれた。これで……我は真の力を取り戻せる」
デデは静かに笑った。
リネアは構えを取りながら叫ぶ。
「何を言っているんですか!? レティアさんは……アレス様は、一体どうなってるんですか!!」
リネアの身体は白目を向き、
もはや生気を感じられない。
レティアの気配が――どこにもない。
アレスはかろうじて指を動かすだけで、瀕死の状態。
「簡単なことじゃ。レティアの魂は元の世界へ帰ってもらった。
もっとも、この世界には結界がある。魂はぶつかって消滅するじゃろうがな」
空気が、凍った。
「な、何を……」
ギルディスが蒼白になる。
デデは優しい声で告げた。
「安心するのじゃ。ガルザ族の民の魂は除外しておる。
ここにいる 人間の魂 を使い、我は力を取り戻す。
―――それで、我が子らは救われる」
次の瞬間。
帝都全土が光で包まれた。
夜が昼へと反転するような、白銀の光。
大地が震え、空が裂け、魂が引き剝がされる。
世界が――終わろうとしていた。








