64話 絶対絶命?
「ちょっとこれ、どういうこと?」
異界の空間――アレスが作り出した隔離世界で、突然現れた少女デデに向かって、レティアは目を細めた。
本来、デデは外の世界でカミラを封印していたはずだ。
ここは異界。魔族の力で隔離された空間に、 簡単に入れるはずがない。
にも関わらず、デデは まるで散歩にでも来たかのように そこに立っていた。
デデは人差し指で口元に笑みを浮かべ、
「簡単なことじゃよ」
ぱちん、と指を鳴らした。
「その男を操っていたのは確かに魔族――じゃが、操っておったものがもう一人おったということじゃ」
その言葉と同時に、デデが手を握る形を作る。
「ぐはぁっ!!」
アレスの口から、緑の血が噴き出した。
血飛沫が隔離空間の透明な床に散り、黒い染みをつくる。
レティアの瞳が鋭く細められる。
「……なるほど。使い魔の彼が、魔族と神族の力を吸い取って生まれた。つまり貴方は、その力を吸い取られた神族か魔族ってことね」
デデはにっこり笑い、悪戯っぽく首を傾げた。
「そういうことじゃ。元は 神族 だったがのう」
淡い光がデデの手の中に集まっていく。
「ほぼ滅びかけたうえ、近くを浮遊していた使い魔どもに力を奪われた。そこにおる男も――」
血まみれで立ち上がろうとするアレスを見下ろし、デデは冷たく言い放った。
「――我の力を奪った使い魔のひとつじゃ」
アレスの目が苦悶で歪む。
「まぁ、所詮は魔族の使い魔。使い捨ての捨て駒じゃ。気にすることもあるまい」
レティアの眉がぴくりと動く。
デデは懐から、水晶を取り出した。
濁った黒い霧が渦を巻き、その中で 魔族がカミラの姿のまま封じ込められている。
「計画はうまくいったぞ。お主には感謝しておるよ」
「計画?」
レティアが低く問うと、デデは唇をつり上げた。
「この魔族の力を帝都に生きる人々の魂の力で 神力に変換する。
我はそれで失った力を取り戻す」
空間が震えた。
レティアの顔から表情が消える。
「……魂の変換? 神族の貴方ならわかっているんじゃない?
世界に割り当てられた魂の数は、平等よ」
レティアの声は低い。
怒りが、静かに広がっていくような声音。
「力変換に帝都の人数分の魂を使えば――
輪廻が壊れ、神々の信仰基盤が崩れるわ」
「簡単なことじゃ」
デデは肩をすくめた。
「魂を 他の世界 から連れてくればいい。
一つの世界から奪えばすぐばれるが、少しずつ色々な世界から連れてくれば問題ない」
ぞっ……と、冷気が背を走った。
「そんな事、私が許すとでも?」
レティアが一歩踏み出す。
その足元に光の魔法陣が展開し、空気が震えた。
だがデデは余裕の笑みを浮かべたまま、ゆっくりと手をかざした。
「倒せないなら、封じればいいのじゃよ」
次の瞬間――
レティアがつけていた腕輪が、 眩い光を放った。
「……え?」
それは、過去に「運気がよくなる」とデデがくれた腕輪。
デデは冷たく言い放つ。
「お主の魂は異界のもの。その身体から離れた瞬間――
元の世界に戻ろうとして、結界と衝突し消滅する」
レティアの顔が青ざめる。
「くっ……!」
アレスが血を吐きながら、腕輪に手を伸ばす。
「触るな」
デデが無造作に手を払うと、アレスの身体は 見えない壁に叩きつけられた。
がんっ!!
アレスは崩れ落ちる。
血がじわりと床に広がった。
「これで終わりじゃ――異世界の大賢者」
腕輪から放たれる光が、レティアの身体を包み込む。
光が強くなり、レティアの身体が透け始める。
魂が、引き剝がされる。
「やめ――っ」
叫びが、光に飲まれた。
そして――
レティアの魂は、リネアの身体から解き放たれた。








