61話 幕開け
なんで――なんでこんなことになったの。
身体の内部から、メキメキ と音を立てて形が崩れていく。
カミラは恐怖と絶望で頭が真っ白になっていた。
アレスに願った瞬間、それは「魔族への願い」に変換され、契約成立。
魂を喰われ、肉体は魔物へと変異する。
痛みはない。
だが、魂を削られる感覚 が全身を蝕んでいく。
視界の端で騎士たちが叫んでいる。
「避難しろ!! 皇帝を守れ!!」
けたたましい声とともに、カミラの身体は膨れ上がり、
黒い無数の腕を持つ禍々しい魔物へと変貌していく。
「貴方の望み通りですよ。――さぁ、皆殺しにして差し上げなさい」
アレスは宙に浮かびながら、うっとりと微笑んだ。
ああ、殺そう。
殺したい。
まずは目の前で震えているローレを――。
そう思った瞬間。
ドンッ!!
魔法の一撃がカミラに直撃した。
痛くはない。
ただ――不快だ。
ゆっくりと振り向いた先に、アンヘルがいた。
「ひ、ひぃ……!」
アンヘルは震えながら、じりじりと後退する。
……そもそも、こいつが全部悪くない?
前世ではあれほど輝いて見えたのに――
実際つき合ってみれば、浮気性で女を見下してくる最低な男だった。
この男が無能だったから、私はこうなった。
殺意がアンヘルへと向かう。
「ひッ!」
アンヘルは手近な騎士をカミラへ突き飛ばし、背を向けて逃げ出した。
「アンヘル!! そっちは中心街だ! そちらに向かえば被害が――!」
皇帝の声も届かない。
アンヘルは「知るか!」と叫び、森へ消える。
カミラは騎士をなぎ倒しながら、アンヘルを追い始めた。
***
「避難しろ! 魔物だ!!」
城壁内の森から――
巨大な黒い魔物が突進してくる。
聖女カミラの顔を持ち、無数の手がうねり動く。
中心街に悲鳴が響いた。
「あれは……聖女カミラ!?」「なんであんな姿に!?」
そこへ、森から馬に乗ったアンヘルが飛び出した。
周囲は混乱の渦に呑まれる。
魔物が街へ踏み込もうとした――その瞬間。
バチィン!!
見えない壁に弾き飛ばされ、巨体がのけぞる。
「な、なんだ!?」「誰だ!?」
振り向いた民衆が見たものは――
光る剣を携えたウィルと、ピンク髪の少女。
「帝国の民よ、聞け!
魔物は俺が引き受ける! 騎士の指示に従い、落ち着いて避難しろ!!」
ウィルの声に、訓練されていた騎士達が一斉に動く。
「さて――倒すだけだ」
結界に弾かれた魔物カミラに向かって、ウィルが剣を構える。
「はい。頑張りましょう」
リネアも、静かに 戦闘モード に入った。
「行きましょう!!」
二人はカミラに向かって駆け出した。
***
「カミラは任せるとして――あなたの相手は私よ」
宙に浮かぶアレスの前に、レティアが現れた。
遠くではウィルとリネアが戦っている。
「よろしいのですか? あの二人だけで」
「よく言う。あなた、どっちにしろ、私を魔空間に連れ込む気 だったんでしょう?」
レティアの微笑に、アレスが苦笑する。
「ええ。あなたには邪魔をされたくないので」
アレスが手を上げると、空間がねじれる。
世界が黒く染まり――
隔離世界(魔空間) が展開された。
「理解してたわ。あなたが私をここへ誘うことも。
でも――あなたも理解してたはずよ」
「理解?」
「私が喜んでここに来ることも。
そして――上げてから叩き落とすタイプなのもねっ!!」
レティアが爆発的な加速でアレスに殴りかかる。
それが戦いの幕開けだった。








