59話 土下座して♡
「なるほど……これが東部と北部の結果か」
皇帝は深くため息をついた。
玉座の前にはアンヘルとウィル。
二人は直立し、皇帝の次の言葉を待っている。
「御意」
ウィルが姿勢よく答える。一方アンヘルは、黙ってうつむいた。
――誰が見ても、成果はウィルの圧勝だった。
アンヘルは功を焦り、
食料になる麦を減らしてポーション用ハーブに変更
苗を買うために食料備蓄まで売却
結果、ハーブはしなしなに枯れ、冬を越す食料もない危機的状況。
対するウィルは、新たな田園を開拓
祈りなしで実る新種の苗を発見
聖女の祈りを発育に回せた結果、収穫量は倍
北部の食糧難は解消し、食料が余るほどになっていた。
一年目にして、差は歴然だった。
「皇帝陛下! まだ一年です。早急な判断は――」
アンヘル派貴族が声を上げるが、皇帝はゆっくりと頷いた。
「一年うまくいったからといって、それだけで皇位を決めるつもりはない。
だが――窮地でどう動くかが試される。理解しているな、アンヘル」
皇帝の視線が鋭く突き刺さる。
このまま冬に突入すれば、東部は飢える。
支援が必要。しかし支援できるのは北部だけ。
アンヘルは唇を噛みしめ――。
「……頼む。援助してほしい」
ウィルとリネアへ向き直り、ついに頭を下げた。
会場がざわつく。
アンヘルが妾腹の弟に頼むなんて――屈辱以外の何物でもない。
そこへ。
「その前に、言うことがあるのでは?」
センスを片手に、リネアが涼しく微笑んだ。
「……何だ?」
「皇子、お忘れですか? 私たちに何をしたのか。」
ウィルも腕を組み、低く言う。
「そうだな。まずはリネアに謝るのが先だ。
北部の成功は皆が頑張ったおかげだが――リネアの力も大きい。
頼むなら俺じゃなく、リネアだ」
全視線がリネアに集中する。
リネアはにっこり笑って、
「はい♡ では謝っていただきましょう。舞踏会で言った言葉そのまま。
『力を失った無能な聖女は帝国にいらない、婚約解消してすまなかった』――土下座で♡」
「な!? バカにしているのか!? 公衆の面前だぞ!!」
リネアが扇で口元を隠し、微笑む。
「ええ。その公衆の面前で私は侮辱されたんですもの。
やってくださいね?
勘違いしてるようですが――援助しなくて困るのはあなたですから」
その笑みに、アンヘルの肩が震えた。
(なんという屈辱……!
帝国の皇子である俺が、女に頭を下げるだと!?)
だが、皇帝の厳しい視線に気づき、言葉を飲み込む。
プライドと皇位継承。選べるのはひとつ。
(くそっ……なんで俺がこんなことを――!)
アンヘルは歯を食いしばった。
***
「聖女リネア! 力を失った無能な聖女は帝国にいらない、婚約解消などと言って……申し訳ありませんでしたーー!!」
玉座の間に、アンヘルの絶叫が響きわたる。
皇子が――土下座した。
誰もが固まった。
静まり返る玉座の間。
数秒の沈黙のあと、リネアはゆっくりと口を開く。
「もちろん――い・や♡」
会場がざわめきに包まれる。
***
「すっっきりしました!!!!」
会議が終わり、控え室に戻った途端、リネアがガッツポーズをした。
「『いや♡』と言われたときのアンヘルの顔、最高だったな」
ウィルが笑う。
結局、あまりにも惨めだとウィルがなだめ、援助することで決着した。
自分を見下していた弟に助けられ、
所有物扱いしていた聖女に拒絶される。
男として、これ以上の屈辱はない。
「しかし、これで終わりではないのでしょう?」
デーンが尋ねると、レティアはニヤリと笑う。
「ええ。ここまでは計算通り。そしてアレスも同じ。
本当の勝負はここから。狐とタヌキの化かし合いよ。」
リネアが不安げに問う。
「本当にアレス様が裏切ったのでしょうか?」
レティアはかぶりを振る。
「裏切りじゃないわ。魔族は主の命令に逆らえないだけ。
使命が変わっただけよ」
ウィルが重くため息をつく。
「気が重いけど……やるしかないんだよな」
「そう♡ だからみんな準備して。
これからが――仕上げよ。」
レティアは不敵に笑った。








