58話 魔族だから
「どういうことだ!!」
ばんっ、とアンヘルは机を叩いた。
麦の山――いや、丘にも満たない貧相な収穫物が目の前に広がっている。
ワーム事件から6ヶ月。
皇帝による一年目の審査はもうすぐだというのに、状況は最悪だった。
「昨年のカミラの実りの……半分以下じゃないか!!」
収穫書を握りつぶしそうな勢いで怒鳴る。
アンヘルはカミラの祈りによって 1.5~2倍の収穫を見込んでいた。
高値で売れる薬草の苗を買う資金を作るため、
備蓄していた食料を売り払い
麦畑を減らしハーブ畑へ変更
までしたのに。
そして肝心のハーブは――
しなしなに枯れ、売り物にならない。
(……まずい。
見立てが甘かった……!
このままでは東部が冬を越せない!!)
東部は冬に備えて貯蔵が必要なのに。
帝都への支援を受けたら敗北扱い。
西部も不作で頼れず、詰んでいた。
「カミラ! カミラはどこだ!!」
アンヘルが怒鳴るが、従者が顔を見合わせる。
「申し訳ありません……最近は神殿にこもりきりで……」
皇位継承、一年目の発表は目前。
「ど、どうしましょう皇子殿下……」
「そんなの知るか!!!」
苛立ちを爆発させ、従者へ怒鳴りつけた。
***
(どういうことなの……どういうことなのよ……)
カミラは布団にくるまり、うわごとのように呟く。
リネアから力を奪ったはずなのに収穫は減り続けている。
ハーブ畑も使い物にならない。
(なんで!? なんでよ!!
力を奪ったのに!
なんで私は作物を実らせられないの!?
リネアはできていたのに!!)
枕を掴んで投げつける。
がちゃん、と花瓶が砕けた。
「随分荒れていらっしゃるようですね、カミラ様」
花瓶の音に反応するように黒い煙が立ち上がり、
その中からアレスが現れた。
「アレス!!今頃何よ!!
私がどんなに呼んでも来なかったくせに!!」
カミラが怒鳴ると、アレスは涼しい顔で笑う。
「言いましたよ。
“私の主はあなたではない”と。
聖女一人の魂程度で私を完全に従わせられると思うのは――思い上がりです」
ソファに腰を下ろし、軽く足を組む。
「では、もう私に協力する気はないの!?
協力するならもっとマシな方法を考えなさいよ!!」
「ワームを連れてきただけでも、十分な協力だったはずですが?」
アレスは肩をすくめる。
「ですが――いいでしょう。」
すっと指を立て、甘い毒のような声で囁く。
「貴方が我が主に “生贄” を連れてくれば、もっと “願い” を叶えられます。」
「願い……?」
「我が主は、人の心を操るのが得意でして。
聖女の魂を捧げれば――皇帝の心を操り、アンヘルを皇帝にできます。
そしてそのままアンヘルも操れば……」
アレスは、床に落ちた花を拾い上げて微笑む。
「帝国は、あなたの意のままですよ。」
カミラの瞳に、狂気が宿っていく。
***
「おー!!久しぶりじゃの!!よく帰ってきた!!」
迎えたのはデデだった。
相変わらずグレ枢機卿から“除霊料”を巻き上げて帝都で滞在中らしい。
「随分長いこと居座ったのね」
レティアが呆れると、
「何を言っておる。
お主らが戻ってくると聞いて、枢機卿の様子を見るついでに挨拶に来ただけじゃ」
デデはにししと笑い、ギルディスが出したお菓子を頬張る。
今月は皇位継承戦、一年目の成果報告の日。
ウィルたちは北部から帝都へ戻っていた。
「あら、それはどうも。
ところでアレスは――相変わらず普通に働いてるの?」
「うむ、前と変わらずじゃ。
話しかけても、対応が以前と同じ」
デデもギルディスも困ったような顔をする。
「本当に……魔族なのでしょうか?
魔族ならレティア様を“悪霊”と騒ぎ立ててもいいはずなのに」
本来、魂が別の身体に入るのは神殿では魔族判定だ。
「そんなこと、するわけないわ」
レティアは髪を掻き上げ、静かに言う。
「何故そう言い切れる?」
「答えは簡単。
――アレスは魔族だから」
レティアは神殿を見上げた。
冷たい月が、静かに照らしていた。








