57話 必要なのは?
「おつかれさま。今日は、よくやったな」
ワインを二つ注ぎながら、ウィル様が私を見つめる。
ワーム襲撃の混乱が収まり、貴族たちを見送ったあと――
やっと落ち着けた。
皆で食事をしたあと、二人だけで祝おうという話になり、
私は自室でウィル様と ささやかな祝勝会 をしていた。
ワームが出た時はどうなるかと思ったけれど、
レティアさんの通信の指示通りに動いたら、ちゃんと収まった。
今の私は 元のドールの姿 ―― ピンク髪の少女。
レティアさんが言っていた。
「あの姿のまま長くいると、ドールの記憶の境界が曖昧になるからね」
だから必要な時だけ変身している。
「リネア、乾杯しよう」
「……乾杯ですか?」
ウィル様の掲げたワイングラスに、私が映る。
「俺たちの 本当の意味での社交界デビュー だ。
これから嫌なことも、しんどいこともあると思う。
でもさ――二人になったときくらい、愚痴りあえる関係でいたい」
そう言って、にしっと笑う。
その笑顔に釣られて、私も笑った。
「そうですね。……こうやって飲めたら嬉しいです」
カチン。
グラスが触れ合う、小さく澄んだ音。
(そういえば……アンヘル様とは、こういう時間、なかったな)
ワインを口に運んで、私は頭を振る。
もう、あの人のことは考えない。
冷たいはずのワイングラスも、
ウィル様と触れた瞬間――不思議と あたたかかった。
――この時間が、永遠に続けばいいのに。
そう思いながら、ワインを飲み干した。
***
「やれやれ……ワームを土地に縛って農地に活用するとは、よく思いつくな」
城のバルコニーから巨大な魔方陣を見下ろしながら、ギーブが呻く。
「地下深くに封印したから、明日には畑として使えるようになるわ。
城壁の再建もゆっくり始めればいい」
レティアはワイングラスに月明かりを透かせる。
「ここに植える品種……皆、驚くでしょうね。
聖女の祈りが不要な作物なんて、今まで存在しなかったのに」
デーンが呟き、ギーブが頷く。
「ああ、神殿の反発は凄いだろうな。どうするつもりだ?」
「問題ないわ。年に一度の皇位継承戦 の報告の日に、全部片がつくから。
良くも悪くも、ね」
レティアはグラスを傾け、赤い液体を飲み干した。
***
「ふふ。これで完璧だな」
麦畑から 高価なハーブ畑 へと変わった田園を見下ろし、
アンヘルは満足げに笑った。
ウィルが田園開発をしているという噂は聞いている。
だが、アンヘルには揺るがぬ自信があった。
「皇帝が評価するのは“発明”ではなく、“治世”。
一瞬の成果ではなく、その土地に根づく統治能力だ。」
発明したものがすごいだけで、ウィルの功績にはならない。
治めた土地が豊かになること こそ評価対象。
5年の評価期間。
最初の一年目の報告は、あと7ヶ月。
それまでに ハーブと麦の両立を成功させればいい。
アンヘルは満足げに笑った。
その背後で控える カミラの表情が暗いことにも気づかずに。








