56話 全ての答え
「どういうことなのよ!!
貴方、こうなることを知っていたのでしょう――嘘つき!!」
北部の城壁の影。
黒いローブをまとった男に、カミラが詰め寄っていた。
(……あれがワームをけしかけたのか)
少し離れた木陰から、デーンが様子を見守る。
ワームの出現は、レティアたちにとっても 完全に予想外 だった。
何か仕掛けてくるとは思っていたが、あんな凶悪な魔物を呼ぶなど常軌を逸している。
レティアが即座に 通信魔道具で手順を指示し収拾できたのは、
彼女が異世界の大賢者という、規格外の存在だからこそ。
普通なら――未然に防げなかった。
カミラの潜伏に気づいていたため、デーンはカミラをこっそりとつけてきたのだ。
ローブの男は、カミラの怒りを受けても淡々としている。
「どういうこと、と言われましても。
私は複数パターンを提示しました。選んだのは貴方です。
この方法はリスクがあると最初に言ったはずですが」
「そ、それは……! でもリスクの内容までは教えてくれなかったじゃない!」
カミラが責めると、男は淡い溜息を吐く。
「言いましたよ。リネア様には 優秀な魔法使い がついていると。
その魔法使いが何をしてくるかは、私にも予測できないと。
予測できないのですから、説明しようがない。
――私は何も嘘をついていません」
その言葉にカミラの顔が真っ赤になり、
「嘘よ! 貴方たち魔族の使い魔なんて言って――
最初からグルだったんでしょう!? 私をはめたのね!!」
カミラは勢いのまま男のフードを乱暴に剥ぎ取った。
露わになった顔は――
帝都の神殿に戻ったはずの 大神官アレス だった。
(……アレス大神官!?)
デーンは息を飲み、反射的に距離を取る。
アレスの強さは知っている。
暗殺者を一瞬で葬った男だ。
敵う相手ではない。
「……まったく、余計なことをしてくれましたね。
おかげで 殺さなくてはいけなくなった」
アレスが低く呟いた刹那――
ひゅん!!
触手のような黒い影がアレスの背から伸び、デーンの身体を絡め取る。
「!?」
「ちょ……リネアのところの商人が、なんでここにいるのよ!?」
カミラが叫ぶ。
「どうしても何も。貴方が連れてきたのでしょう?
そして――貴方と私が関わっていると知られた以上、
彼を殺す必要がある」
アレスの冷たい視線がデーンへ向く。
「なぜ! なぜ我々を裏切ったのです、アレス大神官!!」
デーンが叫ぶと、アレスは皮肉気に笑った。
「裏切った? ……人間視点では、でしょうね。
ですが私は 命令の優先順位 に従っているだけです。
最上位の存在に命じられれば、それを優先する。
価値観が違うのですよ」
触手がデーンをきつく締め上げる。
ぎゅぅ――
ぱぁん!
デーンの身体が砕けた……のではない。
砕けたのは アレスの触手。
氷の結晶が散り、アレスは眉をひそめる。
デーンはどさりと地面へ落ちた。
「……やはり来ましたか」
アレスが視線を向ける先――
ピンク髪の少女姿に変身したレティアが立っていた。
「まったく、貴方が敵側になるなんて残念だわ。
カミラが呼んだ魔族が貴方の主じゃないことを願っていたのだけれど……
そうもいかなかったようね」
レティアはデーンを庇うように前へ出る。
「私もそう願っていましたが。残念です。
まぁ――隠しても、貴方にはすぐバレるでしょう」
アレスは淡々と答え、カミラを抱え上げた。
「まさか、逃げる気?」
レティアが目を細める。
「はい。戦っても勝ち目はありませんので」
「逃げたら、神官の皮をかぶった悪魔だと吹聴してやるわよ?
お尋ね者になってもいいの?」
レティアが笑いながら言うと、アレスも笑った。
「貴方なら、そんなことはしないでしょう。
お互い、不利益になるだけですから」
そう言って――
アレスはカミラと共に姿を消した。
風が一つ、残る。
「……よろしいのですか?」
デーンが立ち上がり、レティアを見る。
アレスがただ者でないことは感じていたが――魔族とは思わなかった。
レティアは静かに答えた。
「今は問題ないわ」
「今は……?」
レティアは、真っ直ぐカミラが消えた方向を見る。
「いい?
アレスの主はカミラじゃない。
カミラを操っている――魔族よ。そこにすべての答えがある」








