54話 子ネズミちゃん♡
「あれ、リネア。その格好どうしたんだ?」
帝都からも来賓を招いた大規模パーティーの日。
完成目前の田園が見渡せる砦のバルコニーで、ウィル様が驚いたように声を上げた。
「すごいですね。よくわかりましたね」
レティアさんが作ってくれた元の姿に戻れるブレスレット。
ウィル様を驚かせようと、ずっと隠していたのに――見抜かれた。
「そりゃまあな。最初は魂の色が似ていたから見分けられなかったけど……
見慣れてくると、だいぶ違うってわかるぞ」
(……中身じゃなく外見だけを見ていたアンヘル様とは違う)
胸がじんわりと温かくなる。
「ありがとうございます。今日は頑張りましょうね」
「ああ。柄じゃないが、あのボンクラを皇帝にするわけにもいかないしな。
今日は――二人のデビュー日だ。頑張ろうぜ、未来の皇妃様」
差し出された手。思わず笑って、その手を握り返す。
「よろしくお願いします。未来の皇帝陛下様」
***
バルコニーからパーティーに参加するため集まった参列者たちを見下ろし、レティアがくすりと笑う。
「随分賑やかになったじゃない?」
レティアは、普段リネアがドール変身しているピンク髪の美少女姿に変身している。
「ええ。あなたの指示通り手配しました。……ですが、本当にいいのですか?
参加者の中に、意図的に“ネズミ”を紛れ込ませたのでしょう?」
デーンの問いに、レティアは唇を歪める。
「もちろん。仕掛けてくるなら良し。仕掛けてこないならそれもまた良し。
さて――どんな手で来るのかしら、子ネズミちゃん?」
視線の先には、黒髪のドレスを着た少女と、肥えた貴族の男があった。
***
(あの魔族の使い魔……本当にリネアに恥をかかせられるのかしら?)
黒髪の貴族令嬢に変装したカミラは、会場の隅でワイングラスを握りしめていた。
北部で開かれたパーティーは、
「食料が枯渇している最前線」とはとても思えないほど豪華だった。
帝都でも、ここまでの規模の舞踏会を開けるのは皇族か上位貴族のみ。
バルコニーからは、完成間近の田園が見える。
辺りには、目を奪われるほど綺麗な装飾と音楽――
供された料理はどれも珍しく、帝都の貴族たちの舌に合わせて仕立てられている。
その時。
「ふわふわしてる……! とても美味しい!」
「っ……口の中で消えた……!」
帝都の貴族令嬢たちが声を上げた。
皿の上には、軽く白い丸いお菓子が三つ。
「気に入っていただけましたか。**“泡砂糖”**といいます。
氷精の吐息を閉じ込めて作っています」
説明をしたのは――さっきまでダンスをしていたはずのウィル。
その横にはリネア。
二人が並び、自然な距離でエスコートしている。
集まった貴族がざわめく。
「氷精といえば、北部極寒地にしかいない希少精霊だろう」
「それを手懐けたうえ菓子に利用するとは……! 北部の戦闘力あってこそだ」
男性貴族たちも会話に加わる。
(……あれは皇妃と懇意にしていた貴族たち。
皇妃が捕まった途端、ウィルに鞍替え!?)
カミラの喉がひきつる。
(なんで……みんなリネアを持ち上げてるのよ……!!)
嫉妬が胸に黒く渦巻く。その横で、パーティーは更に盛り上がる。
「こちらは**“とろけ菓子”**です。
北部産の香草を混ぜた、口の中で溶ける新しいチョコレートです」
今度はリネアが、お菓子を勧める。
黒い小箱を口にした貴族たちは――目を見開いた。
「……っ、なんて滑らか……! 帝都でも無理よ!」
「商品化するときは、ぜひ我が家にも声を!」
帝都の有力貴族たちがこぞって絶賛する。
(調子に乗っていられるのも今のうちよ……!
こっちには――秘策があるんだから)
そして――
どごぉん!!
城の外から轟音とともに、床が揺れた。
「何事だ!!」
「田園だ!! 田園に巨大ワームが!!」
バルコニーへ視線が向く。
そこには巨大なワームが田園と、完成目前の城壁を破壊する光景が広がっていた。








