53話 最大ダメージ
「北部で舞踏会?」
「はい。ウィル殿下とリネア様が資金集めに積極的に動いてくれたおかげで、資金もそれなりに集まりました。ここで権威を見せつけるために舞踏会を開き、ウィル殿下の勢いを帝都の貴族に知らしめましょう」
デーンがウィルとリネアへ提案する。
北部の畑づくりが始まって四ヶ月。
本来なら数年かかる工事も、魔法による建築支援と魔石機構のおかげで、予定の三分の一の時間で進行していた。
デーンの采配により、ウィルは大商会の会合や経済界に影響力のある貴族たちに積極的に顔を出し、
北部発展のメリットを説明して回った。
結果、かなりの出資者が集まり、工事は順調。
デーンはすでにレティアから全て手配を任されており、
あとは資金さえあれば進む状態だったのだ。
「それって……やっぱ、やらないとダメだよな?」
ウィルは、やっと北部に戻ってきてリネアと過ごせると思った矢先で、かなり残念そうだ。
「もちろんです。帝国の貴族は実益より見栄を重視します。
現実派の貴族とのつながりは確保しましたが、見栄と名誉を重んじる派閥には人脈が弱い。
存在感を示すためには、派手な催し物が必要です」
デーンの説明に、
「私もそう思います。帝都の方々って流行に流されやすいですから……
舞踏会でウィル殿下の勢いを見せるのは有効だと思います」
リネアも賛成した。
「会場は任せろ! 北部で盛大にやってやろう」
後ろからギーブが豪快に割り込んでくる。
その後ろには、同行してきたらしいレティアの姿があった。
「そういえばウィル、踊れるの?」
レティアが問いかけると――
ウィルは食べていたお菓子を落とした。
***
「ウィル様、とても上手です。教師もつけていなかったのに……本当にすごいです」
手を取りながら、私はウィル様に微笑む。
「触り程度にはギルディスに教わったんだけど……やっぱり苦手だな」
ウィル様は少しうんざりした表情。
「だいじょ……」
**大丈夫です、私がリードします――**と言いかけて、私ははっとした。
(……あ、そうか)
今の私は 本来の身体ではない。
この姿で踊るということは、
婚約者ではない別の女性とウィル様が踊ることになる――
そして理由もなく胸が、ちくりと痛んだ。
(レティアさん……いいな……)
「リネア?」
名を呼ばれて我に返る。
「は、はいっ!」
「大丈夫か?」
ウィル様が覗き込んでくる。その瞳が優しくて、余計に胸が苦しくなる。
「大丈夫です!」
私は慌てて目をそらす。
一緒に踊りたいのは、私のわがまま。
身体を勝手に入れ替えてしまったのは私。
レティアさんに嫉妬なんて――違うはずなのに。
(……嫉妬?)
気づいた瞬間、息が止まった。
――私、ウィル様の一番でいたいんだ。
自覚した途端、顔が熱くなる。
「きょ、今日はここまでにしましょう!!」
真っ赤になった顔を隠すように身を離し、回れ右する。
「おう、ありがとうな!」
背中越しに聞こえるウィル様の声が、妙に近かった。
部屋を出たあと、私は思わず胸に手を当てる。
(――私、元の身体に戻れるのかな……)
「どうしたの、リネア?」
考え込んでいると、レティアさんが声を掛けてきた。
「あ、なんでもありません。レティアさん、ウィル様にダンスの練習してあげてください。当日踊るのは私じゃないので……」
「え? 舞踏会なんて面倒なもの、私が出るわけないじゃない」
レティアさんはさらりと言い放つ。
「えっ? でも、それじゃあ婚約者としての同伴は……?」
「それなんだけど――これ、装備してくれる?」
レティアさんはにっこり笑い、私の手首へブレスレットをつけた。
***
「リネアたちが北部に畑を作ってる!?」
東部、カミラ専用に用意された屋敷。
報告を受けたカミラが、神官服の男――男へ詰め寄った。
「はい。すでにウィルが障壁建設の資金を集め、着工したとのことです」
男は冷静に告げる。
「ダメよ。北部はただでさえ軍事力が強いのに……
セドムとの鉱山利益も、結局20%が北部に入っている。
東部を発展させないと、アンヘル皇子が皇位争いで負けてしまうわ。
なんとしても邪魔をしなきゃ」
「……その通りです。北部が成果を上げれば、
“領地を発展させてほしい”という下心から、ウィル皇子を支持する貴族が増えるでしょう」
男は淡々と続ける。
「なら、邪魔をするしかないわ。
一番効果的で、リネアに最大のダメージを与える方法にして」
カミラが口角を上げて告げると、男は静かに頭を下げた。
「はい。最大限ダメージが与えられるが、失敗すればリスクもある策と――
失敗してもリスクはないが、効果が弱い策。
どちらを選びますか?」
カミラは即答した。
「もちろん、最大限にダメージのあるものよ!!」








