49話 最悪の決断
「アンヘル!」
セドムの首都城門へ到着すると同時に、皇妃ミネルバが駆け寄ってきた。
アンヘルは馬から降り、震える声で母を見上げる。
「……母上。魔龍は倒されたようです。
だが……セドムの貴族や平民を囮にして逃げたことが……」
彼の声は震えていた。
あの場に残した人々が無事なら――自分への非難は避けられない。
「どうしましょう、母上……俺は……」
皇妃はアンヘルの両肩をつかみ、強い声で言った。
「大丈夫よ。まだ皇帝陛下には知られていない。
セドムにいる今なら、情報統制ができるわ」
皇妃は通信魔道具を固く握りしめ、低く笑った。
「帝都に戻る前に、ウィルに罪を擦り付けて裁いてしまえばいいのよ。」
「そ、そんなこと……できるのですか?」
アンヘルの顔に希望の光がさす。
「ええ。任せなさい――私に」
皇妃は息子を抱きしめた。
「ウィル様、万歳!! リネア様も万歳!! ギーブ様も!!」
セドムの前線の砦へ入場すると、凄まじい歓声が押し寄せた。
住民も騎士も――涙ぐむ者までいる。
「助けてくださって……本当にありがとうございました……」
砦に閉じ込められていたセドムの貴族が震える声で礼を述べる。
「いや、皇族として民を守るのは当然だ。それより――」
ウィルは砦を見渡し、眉をひそめた。
「ここにアンヘルがいたはずだろ?どこへ行った?」
貴族は唇を噛み、声を漏らした。
「……我々を囮にするため、砦に閉じ込めて真っ先に逃げました」
「……は?」
ウィルの声が低くなる。
「逆らった平民は、城門前で……殺されました」
その言葉に一瞬皆言葉を詰まらせる。
「ふざけんなよ」
ウィルの拳が震えた。
皇族優先で、騎士を残して撤退する判断も仕方ない部分もある。
だが騎士を先にだしたあと、門を解放して領民も逃げるようにできたはずだ。
作戦とするならむしろ、領民たちも別方向に逃がしてやったほうがまだ両方生き残れる可能性があった。それなのに――意図的に閉じ込め、囮にするなど。
単なる無駄死にじゃないか。
人として最低だ。
「時間稼ぎが目的なら、分散して逃がす方がはるかに効果的だろ……
なんで最悪の手段を選ぶんだよ」
吐き捨てるように言う。
「これが次期皇帝候補とは最悪だ」
ギーブも眉を寄せた。
「この砦の領主は?」
「アンヘル様と共に、真っ先に脱出しました」
「なら決まりだ」
ギーブが一歩前へ出る。
「この砦は、しばらく 北部が管理する。 異論は?」
「ぜひお願いいたします!」
住民、貴族、セドムの下級騎士が一斉に頭を下げた。
ギーブは砦の中央に立ち、大声で宣言する。
「聞け! 領地など関係ない!
魔物が再び来るやもしれん。だが――
英雄ウィルと共に立ち向かおうではないか!!」
「わああああああっ!!」
歓声が砦を揺らした。
「……なんで俺の名前まで言うんだ」
ウィルがぼそっと呟くと、ギーブは笑った。
「嬢ちゃん――レティアに頼まれたからな。思い切りお前さんを持ち上げろって」
ウィルは天を仰いだ。
そんな様子を歓声を遠くで眺めながら、レティアはアレスへ言う。
「なかなか良い流れじゃない?」
「……ここまで全部、あなたの計算ですか?」
アレスの視線は鋭い。
「まさか。そんな全能じゃないわよ。
ただ――向こうが嫌がらせしてくるから、全部返り討ちにしてるだけ。」
手にした魔晶石が淡く光る。
「龍の魔力を使い放題の魔晶石……これでかなり高度な魔法が使える。
元の身体ほどじゃないけどね」
レティアは上目遣いでアレスを見上げた。
「ところでアレス。何か言いたいこと、あるんじゃない?」
アレスはほんの少しだけ視線を逸らす。
「……そう見えますか?」
「うん。そう見える」
「そうですか」
そう答えるとアレスは、そのまま黙秘を貫く。
レティアが笑い、ぽつりと呟いた。
「魔族って大変ね」…と。








