38話 あいつマジでうざいんですけど(半眼)
「やっとリネアが北部に行ったわ――」
帝都の城の奥、鏡の前でカミラは静かに笑った。
ローレがリネアを絶賛した時も、アンヘルが食料支援を申し出た時も、腹が立って仕方がなかったが、今となっては、どうでもいい。
リネアはもう北部の鉱山――過去のカミラと同じ場所に送られたのだから。
(あとは私と同じ道を辿ればいい。
ウィル皇子とともに裁かれ、すべてを失えばいいのよ。
今世で汚名をきるのは、あなたよ、リネア)
カミラは花瓶の花を一輪取り上げ、ぐしゃりと握りつぶした。
甘い香りが指先にまとわりつく。
その香を嗅ぎながら、彼女はゆっくりと唇の端を吊り上げた。
***
「おー。本当に魔獣うじゃうじゃだな」
山頂から眼下の鉱山を見下ろしながら、ウィルが思わず声を上げた。
かつて採掘場だった場所には、魔物が群れをなして蠢いている。
「ここは昔、豊富な魔石が採れた場所でした。ですが今はご覧のとおりです」
北部兵のひとりが、望遠鏡を覗き込むウィルに説明する。
「なんでこんなことになったんだ?」
問うウィルに、隣でパンをかじっていたレティアが答える。
「そもそも鉱石が採れる場所って、魔力が集まりやすいの。
魔力を吸収する鉱石が溜め込んだ魔力を結晶化したものが“魔石”。
だから、そういう鉱石を掘りすぎると――どうなると思う?」
「どうなるんだ?」
「魔力を吸ってくれるものがなくなって、土地の魔力濃度が暴走するの。
結果、生物が魔物化する」
「では、あの魔物は……」
「本来そこにいた昆虫や小動物が魔物になった可能性が高いわ。
魔石を掘ったあとの“魔力の残りかす”で魔物が生まれるのは、珍しいことじゃないの」
ウィルが小さく息を呑む。
「授業では、魔物の巣を掘り当てて生まれると聞きました」
今度はリネアが尋ねる。
「んー、その可能性もゼロじゃない。
たまに地下のダンジョンをぶち抜くこともあるしね」
レティアはパンをもう一口かじり、肩をすくめた。
「でも、基本は“バランス”。
掘ったら、魔力を吸うものを補充する――これがうちの世界では常識。
放置すれば魔力が飽和して、魔物や悪性植物が発生するの。
……で、ここなんだけど」
リネアが目を細め、風の流れを読むように視線を向ける。
「魔力を発生させる“核”があるわ。それも、かなり強力な」
パンを食べ終え立ち上がったその瞬間――
「レティア様、大変です!」
通信魔道具越しに、デーンの焦った声が響いた。
「どうしたの?」
「アンヘル皇子がリネア様を見舞うと、帝都を出発しました!」
その場の空気が固まる。
リネアは一応怪我をしたことになっている。
うろうろと出歩いているのはまずい。
北部の神殿に戻って病人のふりをする必要がある。
「……って、なんで見舞いに来るわけ!? めちゃくちゃ、うざいっ!!!」
レティアが心底嫌そうに叫んだ。
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「その……大丈夫か?」
北部神殿の中庭で、リネアにウィルが声をかけた。静かな風が、二人の間を通り抜ける。
あれからレティアたちはあれから慌てて引き返し、“療養中”の体裁で部屋にこもっている。
「え?」
思わぬ声に、リネアは顔を上げる。
「いや、馬車の中でも元気なかったからさ」
ウィルはリネアの隣に腰を下ろした。
「……利用価値がないと切り捨てたのに、見舞いに来るなんて。
いったい何を考えてるのかなって」
リネアは目を伏せる。
アンヘルがリネアを婚約者から外したのは、“力がない”という理由だった。
なのに、怪我をしたと聞いて見舞いに来る――それはただの偽善にしか思えなかった。
しかもまだわずかに恋心の残ってるリネアにとって、その優しさは残酷な優しさにすぎない。
「昔の婚約者を見舞う“心優しい皇子”を演じたいだけ。
本当に酷い人です」
リネアは小さく息をのむ。
「も、もちろん……立場上、仕方ないとは思いますけど」
そういえば、ウィルも同じ皇子だったと気づいてリネアは慌てて取り繕う。
ウィルはその言葉に、くっと笑った。
「嫌なもんは嫌でいいじゃん」
「え?」
「俺だってイヤなもんはイヤだ。
皇族だからって我慢ばっかしてらんないし。
ギルディスに愚痴るのが日課だったぞ。愚痴るくらいいいだろ」
そう言って、ウィルが手を差し出した。
「……ウィル様?」
「ほら、行こうぜ。仕事も人もくそくらえだ」
そのまま手を取られ、リネアは引き上げられる。
「レティアもしばらく神殿から出られねぇし、暇つぶしだ。
城内を見て回ろうぜ。どうせ俺ら、出世コースなんてとっくに外れてる。
我儘に生きよう」
リネアは一瞬だけ驚いた顔をし、
そして――ふっと笑った。
「……はいっ」
ウィルの手の温もりが、まだ離れない。
それだけで、もう少し頑張れる気がした。








