37話 最強の戦士 VS 中身大賢者の最強聖女
ギーヴ・ランドウムは生まれながらの戦士である。
幼いころから大人を相手にしても引けを取らず、天性の勘と剣の才で数多の魔物を斬り伏せてきた。
敵の動きを読み、攻撃をかわし、大剣の一撃で一刀両断にしてきたのだ。
そして今、彼の前に立つのは――一人の少女。
銀髪の少女。
華奢な体つきで、一見弱そうに見えるその少女は、しかしギーヴの前に立ちはだかっていた。
圧倒的な威圧をまといながら。
少女の放つ気配に、ギーヴは思わず身震いする。
(人間相手に圧倒されるとは……初めての経験だな)
魔物との死闘は幾度もあったが、人間にここまでの圧を感じたことはない。
舌なめずりしながらギーヴは笑う。
――デーンの報告通りだ。この女、強い。
まるで死線をくぐり抜けた歴戦の戦士のようだ。最初から全力で来い、と言わんばかりに。
「それじゃあ行くぞ、お嬢ちゃん」
次の瞬間、ギーヴの姿が消えた。
観客席から見れば、まるで瞬間移動のように見えただろう。
全力の跳躍で、常人では目で追えぬ速さでレティアへと切りかかる。
部下たちは「少女相手に全力とは」と嘲ったかもしれない。
――だが。
たんっ! という音とともに、レティアはその斬撃を軽々と躱した。
魔法で防ぐこともできたはずだ。それをあえて回避してみせる。
「お前の攻撃など見切っている」と言わんばかりに。
(なかなかやってくれる!)
着地の瞬間を狙い、ギーヴは遠心力を利用して再び斬りかかる。
だがレティアはその剣の上に軽やかに跳び乗り、逆にギーヴの顔面を蹴りにいった。
ギーヴはそれを紙一重でかわし、一回転して距離を取る。
***
(あれを避けるとはね……戦闘センスは悪くない)
レティアは身体強化の魔法を維持しながら冷静に分析した。
今、自らの体に宿す魔石は七個。ギーヴ相手にはやや少ない。
身体強化を最大まで高めても、彼はレティアの攻撃を見切ってきた。
剣豪と呼ばれる者の中には、無意識に魔力を身体強化に回す者がいる。
魔法が苦手な戦士ほどこの傾向が強く、結果的に常人離れした肉体を得る。
ギーヴもそのタイプだろう。
(これ以上強化すれば、リネアの身体がもたない。この魔石では三十分が限度……。
十分だと思ってたけど、これを躱すなんて化け物かしら)
人間相手と侮ったことを悔やむ。
魔石がもっとあれば持久戦に持ち込めただろうが、今は短期決戦しかない。
「なかなかいい動きをしてる。でもまだまだね。
パワーとスピードに頼りすぎて、動きに無駄が多いわ」
レティアは冷静に言い放つ。
実際、ギーヴの動きには無駄が多い。だが、無意識の身体強化と天性の力でそれを補っている。
正直、勝負は五分。しかし――虚勢もまた戦術のうちだ。
「まるで歴戦の戦士のような口ぶりだな、嬢ちゃん」
剣を構え直しながらギーヴが言う。
「“まるで”じゃなくて、“歴戦の戦士”ですもの」
実際、ギーヴは自分より強い人間と戦う機会が少なかった。
戦闘の駆け引きに慣れていない。
格上との戦闘経験は、レティアの方が上だ。
(長引けば、私の戦い方を学習される。決めるなら――速攻で)
「ずいぶん大きく出るじゃねぇか」
ギーヴが構えた瞬間、レティアの姿が消える。
次の瞬間、ギーヴの身体が吹き飛んだ。
***
「いやぁ、負けだ。これだけの実力差を見せられたら、怒る気にもなれん」
闘技場の中央で、ギーヴは大の字になって笑った。
戦闘は十分ほど続いたが、勝者はレティア。
魔物との戦闘経験では勝るギーヴも、人間同士の駆け引きでは彼女に及ばなかった。
歓声が沸き起こる。
「聖女様、すごい!」「さすがだ!」と称賛の声が飛ぶ。
その目に敵意はなく、尊敬が宿っていた。
(主君を倒したと怒らないあたり、実力を認める土地柄のようね)
そう思いながら、レティアはギーヴに手を差し伸べた。
彼は素直にその手を取って立ち上がる。
この戦い自体、デーンの勧めによるものだった。
――北部の者は強い者に敬意を示す。勝てば待遇が違う、と。
「それじゃあ、約束は守ってもらうわよ。領主様」
「ああ、約束だ。それなりの兵を貸そう」








