35話 誰だよこんな事したのは!!(大体レティアのせい)
「やっとリネアが帝都から出ていくのね」
ウィル皇子が馬車で出発する姿を、バルコニーから見送りながらカミラはつぶやいた。
本来なら豊穣祭で恥をかかせるはずだったのに、結果は全て裏目にでてしまった。
屈辱を味わったのは、自分の方だったのである。
(本当に忌々しい……。だったら最初から北部に追いやっておけばよかった。でももういいわ。あの二人は、北部で勝手に破滅する)
唇に笑みを浮かべながら、カミラは遠ざかる馬車を見送った。
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「帝都領を出たぞ! いよいよ北部だな!」
馬車の中、ウィルが嬉しそうに声を上げる。
豊穣祭が終わった直後、ウィルとレティアには“北部行き”の勅命が下った。
そのままリネアも同行し、今は北部へ向けて旅立って三日目になる。
一応、護衛としてアレスも同行しているが、護衛の数はたった四人。
皇族の旅としては、あまりにも質素だった。
泊まる宿も、町民が使う普通の宿ばかりだ。
けれどウィルは、初めての長旅がよほど楽しいらしく、道中を満喫している。
「ずいぶん楽しそうね。北部は長年、皇室と揉めている領地よ?
そこへ実績のない皇族が食料支援の指揮官として乗り込んでも、歓迎なんてされないわよ?」
レティアが呆れたように言うと、ウィルは胸を張って笑った。
「もちろん分かってる。でも、不遇なのは今さらだろ?
少なくとも、リネアやレティアと会うのにコソコソしなくていいし、ずっと一緒にいられる。それだけで十分だ」
そう言って笑うウィルに、リネアの頬がぽっと染まる。
それを見て、レティアはため息をついた。
「……それ、本人の前で言う?」
「え? なんでだよ。二人は俺と一緒が嫌なのか!?」
「そ、そんなことありません! うれしいです!」
慌てて否定するリネアに、ウィルが満足げに笑う。
その空気に、レティアが苦笑いを漏らした。
「でも……北部に行くと、食料支援は“聖女が来たから”と打ち切られるはずです。
そうなれば、ウィル様やレティアさんへの風当たりも強くなります……大丈夫ですか?」
リネアの不安げな言葉に、レティアは肩をすくめる。
「そんなの今さらよ。むしろ“ざまぁ相手”が増えるだけで上等じゃない」
「おう、俺も平気だ。なんとかするだろ――こいつが」
ウィルが親指でレティアを指す。
リネアは思わず笑い、そして頷いた。
……そのとき。
ガタンッ!
馬車が、森の中央で急に止まった。
「なんだ!?」
ウィルが剣の柄を握り、身構える。
リネアも戦闘モードのボタンを出そうとしたが、レティアが止めた。
「大丈夫。ここで力は使わなくていいわ」
そう言ってレティアが馬車を降りると、外は暗殺者ギルドの集団に包囲されていた。
アレスが張った結界が、馬車を守っている。
「どうなってる!? 誰の差し金だ!」
ウィルが剣を抜いて叫ぶ。
いくら皇妃に冷遇されていても、皇族を暗殺すれば反逆罪。
そんな無謀を誰が――と思った瞬間、レティアがぶりっこ口調でこう答えた。
「もちろん、わ・た・し!」……と。
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「リネアが暗殺者に襲われたですって!? で、無事なの?」
帝都の皇妃の私室で、報告に来た騎士団長へミネルバが問う。
「はい。負傷はしましたが、アレス様の対応で無事でした。
現在、現地に調査員を派遣しています。……ただ、使われた闇ギルドが問題です」
「まさか……」
「はい。『黄昏の闇』です。
このギルドを動かせるのは、皇妃様の利になる立場の者だけ。
敵対する依頼主なら、依頼した時点でこちらの指示通り暗殺されるはずです」
その言葉に、皇妃の顔色が変わった。
つまり――犯人はアンヘル、カミラ、もしくはグレ枢機卿や皇妃を信望している貴族だ。
「依頼主は分かっているの?」
騎士団長は首を横に振る。
「秘密主義が裏目に出ました。指示役は全員、現地で護衛に殺されたようです」
「暗殺者を殺せる護衛なんて……まさか」
「アレス大神官です。ここまで強いとは想定外でした」
皇妃は唇を噛みしめる。
「……わかったわ。誰の指示か分からない以上、夜盗の仕業にしなさい」
「はっ」
騎士団長が深く頭を下げる。
皇妃は心の中で、次々に名前を思い浮かべた。
(アンヘル? それともカミラ? あの子はリネアの北部行に異様にこだわっていた……。
でもローレの件で怒っていたから、気が変わって暗殺を目論んだとしても不思議じゃない。
とにかく――捜査は有耶無耶にしておくべきね)
(それにしても、厄介だわ……)
手にしていた審議書を、皇妃はぐしゃりと握りつぶす。
(リネアが負傷した以上、食料支援の打ち切りも難しくなる……。
まったく、余計なことをしてくれたわね。誰の仕業か、調べなくては)
皇妃は紙束を丸め、壁に叩きつけた。
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――話は少し遡る。
「こんなことをして、ただで済むと思っているのか」
死体が転がる執務室のような部屋で、暗殺者ギルド、黄昏の闇のギルドリーダーが呻いた。
「さて、どうでしょうか?」
狂気を宿した瞳で笑うデーン。
その足元には、すでに息絶えたギルド員たちの亡骸が転がっていた。
「皇妃がお前を許すものか! 北部の領主と繋がっていることは分かっているんだぞ!」
リーダーが叫ぶが、デーンは穏やかに笑う。
「初めから皇妃に逆らうつもりの人間に、そんな脅しが通じるとでも?
悪名高い“黄昏の闇”のリーダーがこの程度とは……失望しました」
「な、なんだと……!」
「貴方も暗殺部隊と共に現地で死んだ――そういう筋書きです。
さぁ、逝ってください」
デーンの背後から、副リーダーが姿を現した。
「ま、まさか……お前……!」
リーダーは悟る。
――この依頼自体が罠だったのだと。
「今までありがとうございました、リーダー。
あとは私が引き継ぎます」
その言葉と同時に、リーダーの首が宙を舞った。
「まったく、自分で暗殺者ギルドに依頼して、そのギルドを乗っ取るとは……やることが大胆なお方だ」
ごろんと落ちた首を見つめて、デーンがつぶやくのだった。








