34話 第二の回帰者(?)
「ダークホースだわ……」
歓声が鳴りやまぬ館で、ローレ様から金色の花を受け取ったレティアさんは、げっそりとした顔で自室に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。
祈りの儀式でローレ様が金の花を咲かせ、それをなぜか私(中身レティアさん)に渡したのだ。しかもローレ様は、力を失う前の私が帝国のために尽くしていたことを延々と演説し――恥ずかしさで顔が焼けるほどだった。
花を手に、ローレ様の隣で演説を聞いていたレティアさんの顔が、ひきつっていたのを私は見逃さなかった。
儀式が終わり、私とウィル様が待つ部屋に戻った途端、レティアさんはふらりと倒れ、いまに至る。
「ねぇ、本当にローレに好かれている理由、心当たりないの?」
枕を抱えたまま、レティアが私に訊ねる。
「あ、ありませんっ。あったことすらないと思います」
私の答えに、レティアはため息をついた。
「そうよね。記憶を遡っても接点が見つからないし。デーンに調べさせたけど、あのローレって聖女、今回が帝国初来訪らしいのよ。なのにどうしてあんなにリネアのことを知っているのかしら。全く分からない」
頭を抱えるレティアさんに、アレス様は肩をすくめる。
「らしくないですね。私の時のように、直接問いただしに行けばいいのに」
確かにアレス様の時は直接問いただしていた。レティアさんがそれをしないのは、少し意外だ。
「ねえ、アレス、気づいてないの? あの子、神族の力を宿してるわ。バックに神族がいる可能性がある。不可解な点はそこが絡んでいるかも」
レティアさんの言葉に、アレスの顔色が変わる。
「神族、ですか? 生粋の神族がまだ生き残っているというのですか」
「はっきりとは言えないけど、可能性はあるわ。もし上位の神族が関わっているなら、下手な事をすれば、いま私が宿っている魂を異世界の不純物として“粛清”してくるかもしれない。面倒なことになる」
そう言ってレティアさんは頭をかく。
「上位神族とやり合うなら、本来の身体での戦闘力が必要。魔法をリネアの身体でフルに使うには魔石が大量に要る。デーンから魔石は集められるようになったけど、神族と互角に戦うにはそれでも厳しい。リュックいっぱいの魔石を背負い、戦いながら補充し続けないと勝ち目がない――そういう話よ」
言いながら、レティアさんは枕に顔をうずめた。
「……最初から“戦う前提”なのが凄いな」
ウィル様がじと目で呟く。
「まだ“気配を感じる”という段階でしょう? なぜここまで神族を想定するのですか」
「たとえ力が僅かに継承された程度でも、最悪の事態は想定しておくべきでしょ。魔族なら多少の魔力差は経験で補えるけど、神族は戦闘経験が少ない。下手に刺激するのは危険よ」
その言葉が終わる――瞬間。
ぽわっ。
「え!?」
ローレ様からもらった花と一緒に、レティアさんの身体が光り始めた。
「ちょ、待って!?」「レティアさん!!」「なっ!!」
私が驚き、アレスが手を伸ばし、ウィルも手を伸ばす。だが――光が収まると、そこにいたはずのレティアさんの姿は消えていた。
***
「確かにリネア様はよく祈ってくださった」
「それに比べて、カミラ様は祈り名目で領民に金銭を要求する。そのせいで祈ってもらえない領地があり、実りが少ないらしい」
王宮の舞踏会。控え室のあちこちから、ひそやかな噂が漏れ聞こえる。
皇妃ミネルバはため息をついた。先の豊穣祭でリネアがローレから黄金の花を受けたことで、流れが大きく変わってしまったのだ。カミラ本人やアンヘル皇子が不在だからといって、皇妃の耳にカミラの悪評が届くのは好ましくない。アンヘルまで「リネアの方がよかった」と言い出す始末だ。
(火消しを頼まないと……それから、リネアの評判を下げることも重要ね。豊穣祭は終わったもの。リネアとウィルを早めに北部送りにして、悪評を立て直さないと)
皇妃が騎士団長を呼ぶと、金髪で整った四十代の騎士が現れる。
「はっ」
「すぐにリネアとウィルを北部に送るように指示してちょうだい」
「は、かしこまりました」
***
「やはり、私の結婚相手はリネアだったのではないか……」
皇子専用の執務室で、アンヘルがぽつりと呟く。部下たちは気づかぬふりをして聞き流した。
リネアがローレに称えられているとき、アンヘルの目が輝いていたのを彼らは覚えている。昔、街中で見かけたピンク髪の少女を「運命の相手かも」とふざけて言ったこともあり、今さら相手にしても仕方ない――と判断したのだ。
リネアはウィルに婚約され、北部へ行く。アンヘルの興味は別のところへ移るだろう。アンヘルはそういう男だった。
部下は気づかないふりをして、書類にペンを走らせた。
***
「やっと二人きりになれましたわ」
魔方陣の外で、ローレがうっとりと呟く。
(油断した)
魔方陣の中央に佇むレティアは思う。神族の気配を感じるなら、もう少し警戒すべきだったのに。自ら仕掛けた“花”に細工があるとは予想していなかった。
光とともにワープさせられたらしく、レティアは見知らぬ部屋に転移してしまったのだ。
「これが狙いだったの?」
周囲に結界が張られ、脱出不能であることを確認してレティアが問うと、ローレはふふっと笑う。
「はい。そうです。……ところで、貴方はリネア様ではありませんよね? 誰ですか?」
ローレは目を細め、瞳に怒りの炎を宿す。
(魂が違うのがばれたか)
「何のことかしら?」
レティアが魔法をそっと展開しつつ答えると、ローレが先制で魔法を放ち、レティアの頬をかすめた。つーっと血が伝う。
「これは貴方が以前使ったティーカップです」
ローレが差し出したのはティーカップ。そこからほのかな魔力の光が浮かぶのを見て、レティアは目を細める。
(魔力判定で“別人”認定か。身体が違っても魂の根幹たる魔力の色は変えられない。わずかに本来の魂色が混じる――けれど……)
「あきらかに、昔のリネア様と魔力の色が違います。本物のリネア様は今どこにいるの!?」
「何故それを貴方に教える必要があるの? そもそも貴方はリネアの何なの? リネアに尋ねたけど、『貴方なんて知らない』と言ってたわ」
レティアが挑発すると、ローレの顔が青ざめる。
「え、もしかしてリネア様と懇意にしてらしゃいます?」
「当たり前でしょ。じゃなきゃ影武者なんてやってない」
「えーと……あの、いますぐお返ししますから、今までのことはなかったことに――」
もじもじと弁解するローレに、レティアは言葉を重ねる。
「誘拐しておいて、『なかったことに』なんて思えると思っているの?」
その言葉に、ローレは泣きそうな顔になるのだった。
「え? じゃあ、貴方、時間が巻き戻ったっていうの?」
泣きながら「どうかリネア様にはこのこと内緒にしてくださーい」と土下座するローレに、レティアは話を促すと、ローレは“回帰者”であると告げた。
「はい。なぜか十年、時間が巻き戻っていました。信じていただけるか分かりませんが」
「ふむ。じゃあ、魔力判定が使えた理由は?」
「今から七年後、その方法が発見されます。ワープも七年後、西部の天才魔術師によって開発されます。世間一般には極秘にされていますが西部の聖女だった私はその手法を密かに教わっていました」
(なるほど。魔力判定なんて現時点のこの世界にこの技術はない。未来からきたというほうが納得ができる。神族が自らの正体を隠すために嘘をついてると五分五分ってところかしら)
レティアは頷き、ローレに問う。
「で、十年後はどうなっている?」
「時間が戻る前のリネア様は、アンヘル殿下と結婚していました。その時、東の聖女に陥れられ、無実の罪を着せられて裁かれそうになったとき、私を助けてくださったんです。それ以来、ずっとお慕いしておりました」
ローレはぐしぐしと涙を拭う。
「で、時間が戻った理由は分かる?」
「全く分かりません。ただ、巻き戻る前と大きく違う点は、リネア様が力を失っていて、カミラが聖女になっていたことです。そこに理由があるのではと調べたら、リネア様が神殿で虐げられていることが分かりました。だから、リネア様を助けるために、こうして呼び出したのです」
ローレが魔方陣を指差す。
「なるほどね。で、未来の詳しいこと、教えてくれる?」
「私の分かる範囲でなら。ただ――」
「ただ?」
「私がリネア様と仲良くなれたのは五年後です。それまでは交流がなく、別大陸の話だから把握していない部分があります。大まかなことなら話せますが、よろしいですか?」
「ええ、構わないわ。それと」
「それと?」
「このことは誰にも言わないで。リネアを守るために約束よ。そうすれば、今回の誘拐も“なかったこと”にしてあげる」
レティアはローレににっこり微笑んだ。
ポイント&ブックマーク&リアクション&誤字脱字報告ありがとうございます!!
完結確定したので毎日更新に戻します(´▽`ʃ♡ƪ)
最後まで見守っていただけたら嬉しいです~☆*: .。. o(≧▽≦)o .。.:*☆








