31話 オタク特有の早口
「いらっしゃいませ、聖女リネア」
出迎えたのは、ローレと西の神殿に仕える数人の聖女たちだった。
呼び出された場所は、帝都の外れにある西方神殿の支部。帝都直属の神殿に比べれば質素だが、壁や柱は西の大陸特有の白洋石で造られ、光を受けてきらめいている。装飾こそ控えめだが、その静かな輝きがかえって神聖さを引き立てていた。
「ようこそ、リネア様」
笑顔のローレが声をかける。
リネアと共にいたアレスの視線の先には、菓子がずらりと並ぶ長いテーブル。
豪華な茶会の準備が整っている。
傍から見れば、まるで祝賀の宴。
けれど、リネア――正体を偽るレティアの胸中は穏やかではなかった。
「どうぞ、お好きなものを召し上がってくださいね」
にこやかにすすめるローレに、レティアは少し硬い笑みで「ありがとうございます」と返す。
ローレの機嫌は上々だが、その後ろの聖女たちは明らかに不満げ。
居心地の悪さに、レティアはアレスと目を合わせ、そっとため息をついた。
ローレの差し出した菓子は、リネア(本物)が好んでいたものばかり。
その徹底ぶりに、レティアですら感心してしまう。
最初は「お前のすべてを知っている」という牽制かと思ったが、どうやら本心からの敬慕らしい。
カミラに力を奪われる前のリネアの働きを称え、目を輝かせて語る姿には打算がない。
ローレは、自分もリネアの姿に憧れて聖女を志したのだという。
嫉妬混じりの視線を向ける他の聖女たちを見るに、その言葉はどうやら本当らしいのだが……。
(……媚びを売って得になる相手でもないのに。なんなの、この展開)
「豊穣の祈りだけでなく、各地を回って実りを願う祈りを続けておられたとか。
あれほど献身的な方を、私は他に知りません。本当に、尊敬しています」
ローレの熱を帯びた口調に、レティアは曖昧に笑った。
悪意で向けられる敵意には慣れている。
けれど、こうした無条件の好意にはどう対処していいかわからない。
「本当に今日は来ていただけて嬉しいです。
会議でお目にかかれず残念でしたが……こうしてお会いできて、光栄です」
黒髪のローレが頬を染めて微笑む。
仕事ぶりを見ただけでここまで入れ込むものかと、レティアは内心首をかしげた。
――が、世の中には声を聞いただけで”推し”と惚れる人間もいる。そう思えば、ありえなくもない。
それでも、居心地の悪さは変わらない。
悪意マシマシな相手のほうが、まだ気楽に対応できる。
しかも向けられている好意は、レティア自身ではなく“リネア”なのだ。
相手の理想像を壊さぬよう、慎重に言葉を選びながら会話を続けるのは、正直――拷問だった。
(……やばい。早く帰りたい)
「セスレの薬草を実らせた祈り、あれは感動いたしました」
頬を染め、恍惚と語るローレ。
――違和感があった。
レティアは笑顔のまま、心の奥で眉をひそめた。
ローレの話の中には、リネア(本物)の記憶にない出来事が混じっている。
他の聖女の功績と混同しているのか、過剰な美化か、それとも……。
(試されてる? でも、貶めるにしては遠回りすぎる)
答えの見えない違和感に、レティアはわずかに目を細める。
「さて、リネア様がお帰りになるお時間です」
神官がローレの耳にそっと告げる。
「あら、もうそんな時間。……申し訳ありません、私ばかり話してしまって」
「いえ、とても楽しい時間でした」
レティアは立ち上がり、丁寧に頭を下げる。
ローレが差し出した手を取り、微笑んだ。
「ぜひ、またお会いしましょう」
「はい。今度はゆっくりお話できれば嬉しいです」
恨めしげに見つめる聖女たちを横目に、レティアは完璧な笑みを浮かべた。
***
「ローレ様は、いったい何をお考えなのかしら。
力を失った帝都の聖女を、わざわざ歓迎するなんて」
食器を片づけながら、巫女の一人が口をとがらせる。
もともと帝都神殿と西部神殿は犬猿の仲。
カミラも、そしてかつて帝都の巫女だったリネアも、この地の者たちには評判が悪い。
「そう言わないの。ローレ様が歓迎するなら、私たちも従うしかないわ」
そう答えた巫女がふと手を止める。
「……どうしたの?」
「リネア様のティーカップだけ、なくなってる」
訝しげに顔を見合わせる二人。
***
「……やっと手に入れたわ」
ろうそくの灯が揺れる薄暗い部屋。
床に描かれた魔法陣の中央に、ローレはティーカップをそっと置いた。
「これで、やっと……全部、そろったのね」
うっとりと呟きながら、祭壇の上を見つめる。
そこにはティーカップと怪しげな花や水晶などが飾られていた。
「ああ……これで、ついにコンプリートよ……」
ローレは恍惚の笑みを浮かべ、指先でそっとカップの縁をなぞった。








