29話 歩く災害(特に暴力)
「これが……私、ですか?」
部屋の鏡に映る姿を見て、私は思わず息をのんだ。
そこには淡いピンクの髪をした少女が立っていた。可愛らしく、どこか儚げな微笑を浮かべている。
「うむ。どうやら魂の定着は無事のようじゃな」
今回のために来てくれたデデ様が満足げにうなずく。
「どう? 気に入ってくれた?」
レティアさんが微笑む。
あれから――デーンさんがレティアさんの作った魔剣を高値で買い取ってくれて、上質な魔石とドールの材料が手に入った。
そのおかげで、私は“魂を宿すための人形”を完成させてもらい、デデ様の力によって、この身体に魂を移されたのだ。関係者の集まった自室で私の魂はドールにはいったのである。
ふわふわのピンクの髪、あどけない顔立ちに澄んだ青い瞳。
身体は少しだけ前の私よりも小柄で、白い聖衣が眩しいほどに似合っていた。
まるで物語に登場するお姫様のようで――胸の奥が温かくなる。
何より、“声を出して誰かと話せる”ことが嬉しかった。
「はい! すごく可愛いです!」
「それはよかった。ドールを作る時は“イメージ”が一番大事なの。元の世界の知り合いをモデルにしたのよ」
レティアさんは、少しだけ寂しそうに笑った。
私は、モデルが誰なのか尋ねかけたが……やめた。
なんとなく聞いてはいけない気がしたから。
「はい。とっても、素敵です」
レティアさんは、ほっとしたように微笑む。
その笑みを見て、私は――きっとその人が大切な存在だったのだと悟った。
レティアさんがこの世界に異世界転移してしまった理由はわからない。
でも、もし私があのとき命を絶たなければ、彼女がこんな危険な魔法を使うこともなかったのかもしれない。
そう思うと、胸が少し痛んだ。
「つか……本当に魂が入ったんだな。すげぇ。マジで動いてるぞ」
ウィル様が目を見開いてうめく。
「当然でしょ? 私が誰だと思ってるの?」
「……歩く災害」
「なんで向こうの世界の通り名を知ってるのよ!」
「……マジで呼ばれてたのかよ」
冗談のつもりだったウィル様が、引き気味に呟く。
私は思わず笑ってしまった。
「ま、それはさておき――リアナ。この身体は魔石で動くの。定期的に魔石を補充するのを忘れないで。
魔石を入れておけば魔法の出力も上がるし、戦闘モードに切り替えれば身体能力も一気に強化されるわ」
「せ、戦闘モード……ですか?」
「そう。異常なまでに力が増すモード。普段からそれだと日常生活に支障が出るから、ON・OFFを切り替えられるようにしてあるの。
戦闘モード中は力加減を間違えると、コップ一つ粉々にしちゃうから要注意ね」
「は、はい! 気をつけます!」
私は両手を握ってみたけれど、特に変化は感じない。
「試しに、これ持ってみて」
レティアさんが鉄の棒を渡してくる。
「まずは通常モードで、曲げてみて」
言われるままに力をこめる――けれど、びくともしない。
「じゃあ次、戦闘モード」
うなずき、腕に埋め込まれた小さなスイッチを押す。
カチリと音がして――感覚が変わった。
軽く手を動かすだけで、鉄の棒がぐにゃりと曲がる。
「す、すごい……!」
「やべぇな……」
「……いやはや、なんとも」
「これは、すごいのう……!」
周りの皆が感嘆の声を上げる中、アレス様だけが呆れ顔だ。
「ふふ。大賢者レティア様の名で作るドールよ? その時に作れる最高のものを目指したわ。
出力リミッターを外せば――山ひとつ消し飛ばすことも可能」
「……凶悪兵器では?」
デーンさんが引き気味に呟く。
……私もそう思う。
「恐ろしいですね。軍事利用は可能なのですか?」
アレス様の冷静な問いに、レティアさんは肩をすくめた。
「できなくもないけど、このレベルのドールを作れるのは私くらいね。研究しても量産は無理。だから、安心していいわ」
確かに――レティアさんの錬成は一瞬だった。
あれを真似できる人なんて、そうはいない。
「とにかく、豊穣祭が終わったら北部へ行く予定だから、それまでにこの身体を使いこなせるよう特訓よ」
そう言って差し出された手を、私は両手で握りしめた。
「はいっ!」
レティアさんの笑みは、どこまでも優しく、どこまでも頼もしかった。








