26話 お化けなんて嘘さ!(涙目)
(なんで、なんで今更あの女がでてくるんだ……っ!!)
グレ枢機卿は自室のソファに座りながらぼやいた。
あの後、グレ枢機卿は医者に診てもらい、自室に戻った。そばには身の回りの世話をする者達がいるが、いまでもあの時の恐怖はぬぐえない。
(大丈夫だ……こんな昼間に幽霊がいるなんてこと……)
そう思って、紅茶に手を伸ばした途端。
ガシャン!!!!
身の回りの世話をするメイドのすぐ後ろで花瓶が割れる。
「え!?」「何事!?」
メイド達がざわざわと騒ぎだし、護衛もずかずかと入って来た。が。
ぺたぺたペタ かたかたかたかた
花瓶の水が誰もさわってないのにぺちゃぺちゃと音をたてて、跳ねだし、近くの本棚がかたかたとゆれだす。
「一体なんだこれは!?」
「い、いやぁ!?」
騒ぎだす護衛達と、メイド達。
「どういうことだ!!だ、だれかなんとかしろ!!」
枢機卿が叫ぶが、護衛が剣をふっても、メイドがぶんぶんとトレイを振り回しても何かにあたる気配はない。
ただ、何かが部屋中を歩き回っている足音だけが響き渡り、メイドが顔をまっさおにし、慌てて出口にむかえば、ドアが閉まったり開いたりを繰り返す。
「い、いやぁ!!」「たすけて!!」
「枢機卿、わ、わたしの後ろに!!」
部屋の中央に固まってお互い抱き合うメイド達に、枢機卿を後ろにして剣を構える護衛。
そんな中。
「静かにしてください!」
部屋に入ってきたのは大神官アレスだった。その後ろには、銀髪の少女の姿がある。
小柄な少女は独特な衣装を着ており、たしかあれはガルザ族特有の衣装だ。
「あ、アレス大神官。なぜここに」
グレ枢機卿の護衛がすっとんきょんな声をあげ、
がしゃん!!!
再び部屋に飾ってあった法衣をかけていたハンガーが落ちて、その場にいたものたちの悲鳴があがる。
「これはまた随分性質の悪い悪霊がいたものじゃの」
銀髪の少女がそう言って、何やら丸い石のついたブレスレットを取り出した。
とたん。
がんっ!!がんっ!!がんっ!!
箪笥のドアがものすごい勢いで開閉する。
「一体どこでこんな悪霊をひろってきた?いまはとりあえずこの場から追い出すことくらいしかできぬが、それでもいいのかアレス」
「はい、かまいません。とりあえずこの霊現象をとめてください」
アレスの言葉に銀髪の少女が頷いた。
***
「枢機卿。貴方に茶髪の少女の霊がとりついているそうです」
枢機卿の部屋には部屋全体を囲むような魔方陣がかかれ、ろうそくの明かりがともされていた。
その部屋のソファに座った状態でアレスが枢機卿に尋ねる。
アレスの隣には銀髪のガルザ族の少女が座っていた。
「まさかメリルか!?」
グレ枢機卿は思わず立ち上がる。
そう――リネアが座っていた場所にいたのは間違いなく焼身自殺したメリルだった。
(あの女が俺を呪い殺そうとしているのか、いや、まさか、そんな)
グレ枢機卿は目の前で焼身自殺して飛び掛かってきたメリルを思い出して震えだす。
確かに焼身自殺までしたのだ、神殿という聖域でも悪霊化してもおかしくない。
「こやつはメリルというのか。お主この少女を手籠めにして、裏切ったのじゃろ?聖域である神殿で悪霊化するなど、よほど強い恨みがなければ無理じゃ。そしてこの少女が悪霊化したのは、お主が他にも同じような事をしているからだ。その少女たちの無念や恨みをこの少女が全て吸い取っておる」
「だが、自殺までいったのはメリルだけ……」
グレ枢機卿が言うと、ガルザ族の少女は首を横に振る。
「たとえ生きていても恨みや無念の念は生まれる。本来ならそんなもの程度で悪霊化する心配はないが、問題はそなたにはそれを吸い取る存在がいたことだ。メリルはそういった無念を飲み込んで力をつけてきた。おそらく今回もリネアとかいう聖女にちょっかいを出そうとしたのではないか?彼女の恐怖と、メリルのトラウマを刺激して、完全に悪霊化したのじゃろう」
その言葉と共に、がたんっ!!!と枢機卿の部屋の結界よりそとの廊下においてあった、花瓶が床におちた。
「ど、どうすれば、どうすればいい!?」
命はもちろん枢機卿という立場にいながら、そのように悪霊にとりつかれたとなれば大問題だ。
今回の件はメイドや護衛に難く口止めをした。
彼の側近中の側近で、家族の面倒を見るという口実に人質にとっている者たちなのでよほどのことがない限り外にもれることはないだろう。
だがこの怪現象が他の人の目に触れてしまえば、少女たちに手をだして悪霊に取りつかれてたとして枢機卿の立場は地におちる。
「なんとかしてやれないことはない……が、それにはかなりの金額が必要じゃがよろしいか?」
ガルザ族の少女が言うと、グレ枢機卿は、
「も、もちろんです!!どうかよろしくお願いします!!」
と、深々と頭を下げるのだった。
***
「で、枢機卿は幽霊信じたの?」
お菓子をぱりぱり食べながら、レティアがリネアに問う。すでにガルザ族に伝わる霊感のあがるペンダントのおかげでレティアでもリネアと意思疎通できるようになっていた。
「ばっちりです! いっぱい動かして脅かしてあげました!」
リネアがふんむーと言わんばかりの勢いでうなずく。
「さっすがリネア。修業の成果がでてるわね」
「って、霊体をこのような使い方をするとは……」
ギルディスがあははと冷や汗をかきながら言う。
「いやぁ、お主のおかげで我は儲かったぞ。ここにくるまでの駄賃もあの枢機卿からがっぽり頂けた。ビビり散らかしておるからな、かなりふっかけても簡単に合意しよった。これからもがっぽりとれそうじゃな!なので遠征費分の請求はその分は差し引いてやろうぞ」
そのギルディスの後ろでは、ガルザ族の巫女で銀髪の身長の低い美人、デデの姿がある。霊のことを聞くためにギルディスに頼んで呼び出してもらったガルザ族の巫女だ。
そう、リネアが脅かしてグレ枢機卿に幽霊がいると思わせ、アレスの紹介でガルザ族の巫女であるデデがグレ枢機卿をお祓いすると約束したのだ。
「それで授業料もチャラになったりしないかな♡」
「それはそれ。これはこれ。我の給金はガルザ族の生活を賄うためにもつかっておるからな。稼げるときに稼がねばならぬ」
そう言って、デデは椅子にぴょんと座った。
「まぁ、あの男に悪霊化しかけてるメリアの霊がついてるのも確かなのだからけっして詐欺ではないし。それを祓ってやらねばならない」
「あれ、本当に憑いてるの?」
レティアはお菓子をばりばり食べながら聞く。
正直グレを脅すために、デーンに枢機卿の過去を調べさせて、それらしい怪異をでっちあげただけだった。実際に幽霊がついていたのは予想外だった。
「ああ、あの男に言った事は嘘ではない。メリルの霊に恨みが集まっているので、本当に悪霊化するのも時間の問題だ。今はギルディスでさえ視えないので、本当に弱い力だがな。あれが見えるレベルに成長したらまずい。それをまとめて払ってやらねばならぬ。聖域の神殿にいて消えぬ霊というのはなかなかいないぞ」
そう言ってデデは目を伏せた。
ギルディスにも見えないレベルの霊の無念まで察してしまうほどの力は、常人がもてば気が狂うレベルだろう。出張料に多額のお金がかかるというのはこういった怨念対策なのかな?と、レティアは興味をひかれるが、とりあえずまずやらなければいけないのはカミラへのざまぁである。
その話は今回置いておこうと思う。
「それじゃあ、報酬はグレ枢機卿がたっぷり祓うと思いますので手配通りお願いしますね。デデ様」
レティアが言うと、デデはにんまり笑って「まかせるのじゃ」と、ウィンクするのだった。








