第五十一話 晩御飯を共に
買い物を終わらせた俺たちはやや急ぎ気味で部屋に戻った。のんびりと買い物をしていたら意外と時間が経ってしまっていたようだ。
「あぁ、その缶詰は戸棚に入れといてくれ。あと、ナチュラルに俺の本棚を物色するな」
「うん? あぁ、てっきり冷蔵庫かと」
「料理の上手い下手以前の問題が発覚して、俺は動揺を隠せないぞ?」
「ふふっ、冗談さ。いくら僕でも冷蔵庫と本棚の違い位は分かっているつもりさ」
「つもりかぁ......うーん」
流石にこれは冗談だった様で、冬姫は手を洗ったあと必要な材料を冷蔵庫から取り出しテーブルに並べ始める。
「さて、陣先生。しっかりと僕をリードしてね?」
俺が普段使っているサロンを腰に巻きつけるとこちらにウインクを飛ばしてきた。
「先生って程の腕前じゃあないが、まぁ頑張る......さ」
「どうしたんだい?」
いや、改めて冬姫を見てみる。
抜群のスタイルの良さと凛々しさを醸し出す艶のある黒髪。対面する人物に穏やかな心情を植え付ける優し気な目元。
ブレザーは動きにくいため着てはいない。白いシャツのみだ。それがより彼女の美点を強調している。
「そ、その......陣? あまり見つめられると困るんだけど......」
少し恥じらうように身体を揺する。短めのスカートからは健康的な太ももがすらりと伸びている。その付け根の部分......つまりお尻なわけだがハッキリ言って大きい。
「あ、あぁすまない......これからお尻を作るんだったな」
「ちょっと待って。僕はここへ何を作りにきたんだ!?」
俺としたことが!?
「何でもない。忘れてくれ」
「そんな凛々しい顔で言われてもお尻って言った時の気持ち悪い表情は忘れられないよ?」
「~~~~ッッ」
俺は羞恥のあまり冷蔵庫とぶつかり合い、一体化する事で逃避行を試してみた。が、試みは失敗に終わる。
さて、気を取り直して調理に取り掛かるか。
テーブルに置かれた玉ねぎを手にし、皮を剥きはじめる。
「あ、無かったことにしようとしてるね」
「先ずは玉ねぎをみじん切りにします。俺は大きめのが好きなのでそこそこ形を残して切ります。あと、先生の不祥事は忘れなさい」
手にしたメモ用紙に俺の言葉を書き込みはじめた。
「で、切り終えたらレンジで軽く熱を通す。その後はすこし放置して熱を冷ましておく」
「ふむふむ。これは陣のオリジナルかい?」
「いや、まぁハンバーグの作り方なんて人に寄るだろ。繋ぎを一切入れない人とかもいるし。最終的に美味く食べれたらそれでいいと俺は思ってる。だからこれが絶対というルールじゃない」
「なるほど、人に寄って細かく違ってくるんだね」
「もっとちゃんとした料理教室とかに通うのが一番いいんだがな、まぁそこそこ美味くはなるさ」
「そこは初めから信用しているよ。あなたが教えてくれるんだもの」
さらさらと流れていたペンがひたりと止まる。音の止んだ方へと目を向けると彼女が随分と朗らかな顔をしていた。
「......昔から思ってるけど、お前のその俺に対する絶対の自信は何なんだ?」
「僕は僕の取捨選択に自信がある。だから信ずるに値するあなたを疑う事なんてない。ただそれだけさ」
照れたようにほほを軽く掻く冬姫。色白な彼女の頬が浅く桜色に染まる。
「......続けるぞ。挽肉に塩、黒コショウをまぶす。少し多め位が良い。あとナツメグも少々。これは肉の臭みを消す」
なんだかこちらまで熱に侵されそうになったため目線を切り、手元のボウルへと移す。
「手を開いたり握ったりを繰り返しながら暫く練り混ぜる。全体が混ざったら底からかき混ぜるように練る。......ここからは一緒にやろう」
あらかじめ二つに分けていた挽肉をもう一つのボウルに移し彼女自身にやってもらう事にした。実際自分でした方が分かりやすいし経験は何よりも得難い。
「うん......ちょっと冷たいね」
「あまり悠長にしていると体温で肉に熱が通ってしまうから迅速にな」
俺の指示通り手をグーパーさせ肉を混ぜ、全体を練る。次第に粘りが出始めた為新たな指示を出す。
「それぐらいだな。後は適量を手にして成形していく。真ん中は火が通りづらいから少し窪ませる。こんな感じ」
冬姫の目の前で軽く種を手にして形作る。彼女も見よう見まねで手元のボウルから種を取り出しせっせと形を整える。
二人ともしっかりと手を洗い、コンロの前へと移動する。大きめのフライパンに火をかける。しっかりと熱されたフライパンに適量の油をしき、先ほど成形した種をそっと並べ、
「先ずは強火で両面に焼き目を付ける。その後は蓋をして弱火で十分程蒸し焼きだな。こうすることでしっかりと中まで火が通るはずだ」
「思っていたよりもハンバーグは簡単だね」
「そういえば......お前、弁当にミートボール入れてたよな? あれも手作りだったろ? 作り方は殆ど似た様なものじゃなかったか」
「......少し父さんに手伝って貰ったんだ。早朝に起きてきた途端『見ていられない!』って部屋からキッチンまで飛び出してきたよ......」
謎が解けた。時間がかかっていたとはいえ、あれ程のクオリティーはこの無知からは出来ない。彼女の父親が頑張ってくれたのか......。
「騙すつもりはさらさら無かったんだけど......あなたに褒められたくって......」
ばつの悪そうな顔でしゅんと縮こまる冬姫。その表情をみて俺もどこか居心地の悪さを感じる。
「まぁ......けど、その気持ちは素直に嬉しいよ......。ありがとう」
「お礼を言うのはこっちだよ......ありがとう」
気恥ずかしくなった途端、タイマーがけたたましくなった。気が付けば蓋をしてから十分程経ったようだった。
蓋をあける。白い煙が視界に広がると共に肉の焼けた匂いが立ち込める。食欲をそそる良い香りだ。蓋に滴った水滴がフライパンに落ち、パチパチと祝福を上げる。
「ふふっ......。こうしてみるとあなたと僕のハンバーグが一目瞭然だね」
彼女の作ったハンバーグはお世辞にも綺麗な形とは言えなかった。しっかり成形してなかった為か端は少し崩れ、肉汁が零れ落ちている。対して俺はもう何度も作っているから安定して全て同じ形だ。
「俺さ......」
「うん」
「こうして友達と一緒に手料理作ったことなくて......その、冬姫のハンバーグ......食べても......いいか」
自分の手料理なんてもう飽きるほど食べた。誰もいない部屋で気ままに作り、手を合わせ、黙々と食べ進む。テレビから聞こえる音はどこか幕を隔てて聞こえた。
彼女と一緒に料理して思ったが......他人の作ったものって凄く美味しそうに見える。勿論俺は自分で料理するのは好きだし、苦痛を感じたことはない。けれどやはり、人とこうして話し合いながら作るというのは特別だ。
「......陣。僕があなたの期待を裏切るとでも? あなたの言葉を否定するとでも?」
「やめろよその言い方!? なんか意味深なんだが!?」
「ちょっと揶揄っただけさ......。交換」
「交換?」
「代わりに陣の作ったものを僕にくれないかい? 交換さ」
「いや、初めからそのつもりだが......」
皿によそったハンバーグを互いの前で交換すると、向かい合う形で席に着く。俺の家にあるダイニングテーブルは俺が一人暮らしだから当たり前だがやや小さめだ。隙間を埋めるように互いに近づき合う。
冬姫と晩飯を一緒に食うなんて、何時振りだろうか。思い起こすのに時間がかかる程には遠い過去だ。
一口頬張るたびに目を開き、美味しいと零す彼女を見ているとなんだか懐かしさに意識を持っていかれる。
『陣はしょうらい何になりたい?』
『ヒーローに決まってる!』
『ヒーローって......?』
『舞桜がいつも読んでる絵本に出てくる王子様みたいなの! なんでも出来て、皆から尊敬されるすげーの! だからなんでも一番になるよ!』
『そっかぁ......陣は王子様になりたいんだ――』
ガキだったあの頃の俺は、羞恥心なんてものと無縁で、馬鹿みたいな事を馬鹿丸出しで言いふらしていた。冬姫は大人だったんだ。そんな馬鹿を憐れみて、身をかがめて、寄り添ってくれた。
嫌われているという現実を直視する場面はいつかはやって来る。
身体は大きくなった。心はすり減っていった。劣等感ばかり積もる。
あいつも、冬姫も、氷川も皆いつかは俺を置いていくんだろう。同じ方向を向いていたとしても、歩幅は違う。どれだけ頑張っても一番にはなれない――。
「――ん! 陣!」
「あ......」
からりと音がなった。俺が箸を落としたのか......。
先ほどまでの顔とは一転変わりこちらを心配そうに見る冬姫の顔が視界に広がる。
「どうしたんだい? 突然ぼうっとして......」
「あ、あぁ。すまん何でもない。ちょっと考え事をしてて」
なんでも無い様に手を振り誤魔化す。それで冬姫はもう何も言えず押し黙ってしまった。
いかん、つまらない事を考えていたな。気持ちを切り替えよう。
「昨日残していたおかずがまだちょっとあるから食うか?」
「本当かい? なら頂こうかな。......あぁ、ごはんなら僕がよそうよ。それぐらいなら出来る」
「まって。それ炊飯器じゃない」
「このレンジの裏にあった本の事なんだけど」
「俺のお宝を的確に探し出す超能力抑えてくんない!?」




