第四十六話 手作り弁当は如何程 二
「ん......? 冬、舞桜。お前の弁当はどうしたんだ」
先ほどからニコニコと俺の食う様を楽し気に見つめるばかりで一向に自分の食事を始めない冬姫。俺は思うままに疑問を口にした。
「いや、その......。僕は昼食をあまり食べないんだ。だから、気にしないで」
焦る様に手を振り何かを誤魔化す冬姫。俺はじっとその様子を見つめる。
「陣? そんなに見つめられたら、その......困るじゃないか。ここは学校で......いくら人気が無い所とはいえ......」
なにかを勘違いしているのか突然羞恥に塗れ頬を染める。
「そういうつもりじゃねーよ!?」
なんだこいつは、脳内思春期真っ盛りか!
――妙な間が空いた。この階は生徒の使用する部屋が少ない為、喧騒がどこか遠くから聞こえる。
うーむ。多分、俺の予想は当たっている事だろう。参ったな......これじゃあなんというか......本当に、彼女の深い部分まで踏み込んでしまいそうだ。
気が付かないままでいた方が安寧を保てていた事だろう。けれど気が付いてしまった今、知らぬ存ぜぬを通す程、俺と冬姫の間柄は希薄ではない。
「確かに僕と陣の間柄は幼馴染であることは変わりないけれど、そろそろ僕たちの関係にも動きがあってもいいんじゃないか? だってもう長い事こうして関わりあっている事だし今更友達というのもおかしな話だろう?それに」
「舞桜」
「それに御幸とは最近どうなんだい? あれ以来全く関わりがないと聞いたよ? 正直今のこの関係は心苦しいよ。僕だってそうなんだ、君たちだってそうに違いないだろう? だったらさ」
「舞桜!」
「わひゃッ! ......はい」
思案しているうちに冬姫は何かのスイッチが入ったようで俺の声がなかなか届かなかった。こいつのこの癖は昔より酷くなった気がするな、うんうん。親の顔が見てみたいぜ全く......。あぁ、そういえばこいつの父親とはゲロ友だったな。何回もゲロを吐く顔は見たよ。見飽きたよお前の父親の顔。
俺はそっと立ち上がると、床を強く踏みしめながら冬姫の傍に寄る。
「あ、あああの? じんじん、陣? どうしたの顔が怖いよ? 僕なにか怒られる様な事言ったっけ? だとしたらごめんね!? あの、下着とか......見る?」
「見ねーよ!! 男子高校生舐めんな!!」
嘘本当は少し興味があります。
黒目が上下左右に目まぐるしく動き回る冬姫。綺麗な黒髪には光の輪が宿っていた。切りそろえられた髪も揺れ動くせいで散らばり、何本かは汗と一緒に顔にへばり付いていた。
ずいっと顔を近づける。シャープな鼻梁はどこまでも歪みなく真っ直ぐだ。垂れ気味の目尻にはすこし涙が溜まっている様に見えた。
「あの、ああの......陣?」
俺は今最高に不機嫌な顔をしているだろう。こいつの黒目の大きさを見ると自分の三白眼を嘆きたくもなる。傍から見ればロンゲのチンピラに絡まれる学園の美少女だ。ここが人目につかない所で本当に良かった。
「手ェ......出せ」
これでは本当に恫喝である。勿論そんなつもりはない。
「えっと......そのぉ」
またももじもじと濁そうとする冬姫がじれったく、少しばかり強引にその両手を引っ張る。
「......やっぱりだ」
綺麗なしろい素肌が俺と触れ合う。すこし熱っぽい気がしないでもない。
彼女の指先に目を向ける。左手の指には、幾重もの絆創膏が張られていた。パッと見では気が付かないように肌の色と随分と馴染んでいる。大きく切った部分もあるのだろう、所々血が滲んでみるだけでこっちまで痛みを感じてしまいそうだ。
「あっ......」
「本当はこの弁当を作るのに、何回も挑戦したんだろう......目に隈が出来てんぞ」
そっと彼女の眼の下あたりを指でなぞる。くすぐったそうに顔に皺を寄せる表情が面白い。
「......こんな簡単なお弁当すら僕は満足に作れないんだ。何回も何回も作って、やっと満足いく仕上がりに出来たと思った時には、もう登校の時間だった。登校前にコンビニで自分の分を買ってくることすら忘れるぐらい、僕は舞い上がっていたんだね......」
なるほど、だから朝っぱらから俺の机に居たのか......。
なぜだか叱られたように肩を小さくすぼませる冬姫。
「過去、あなたにフレンチトーストを振る舞った事を覚えているかい?」
「当たり前だろ」
あんなもの忘れたくても忘れられないぞ。未だにお前の父親のゲロ顔がフラッシュバックするんだからな!
「あなたに言われたその言葉は、嬉しくもあり、呪いでもあった。あなたの期待を裏切りたくない一心で度々料理をしてみたは良いものの......御覧のありさま、才能とやらはどうやら無かったようだ。今では君の方が何歩も先を行っている。悔しいさ......あなたの憧れは僕の物なのに......それすら無くなってしまってはあなたはもう、僕には......」
「なんでもっと早くに言わなかった」
「え?」
「お前の飯が無いってなんでもっと早くに言わなかったんだよ......。もうおかずもご飯も少ししかないじゃあないか」
「あの、陣? 話を聞いている?」
「しゃーねー。それじゃあ今日の帰り、俺の家に寄れよ。晩飯は豪華にしてやる。そこで学べばいい。大層なもんはもてなせないがな。だから、黙って、残りはお前が食べるべきだ」
俺はパイプ椅子をがたがたと引きずって窓側へ寄せる。大きな素振りでそこに座るとアルミで出来た窓枠に肘をつけてぼうっと外を覗く。
「――ありがとうな......。まさかそこまでしてくれるとは思わなかった。あと、ごめん。気が付くのが遅かった」
数年気が付くのが遅かった。俺の何気ない一言が、まさか彼女をそこまで雁字搦めにしているとは露知らず、のうのうと彼女と過ごしていた。こうやって灰色の俺は数々の失敗をしてきたのだろう。
「陣......。遅い事なんて何もこの世にはないよ。今からだってまだ、間に合うから」
左耳に届いた透き通る様な声音は、やけに優しく、俺を抉った。




